第28話 おらさ、殺人事件とか、わがんね
翌日、昨日部長からショッキングなニュースを耳にした。
時計を見れば十二時を回っている、今頃高薙さんはどうしているのだろう。
高薙さんは、今はもう見知らぬ間柄じゃないし、心配と言えば心配だ。
変に思い詰めてなければいいのだが。
「竜馬ぁ~? 竜馬さいい加減起きねーか?」
「レンか? 俺はとっくに起きてるんだけどな」
全身の激しい痛みで、動けないだけだ。
昨日早く寝た俺は七時には目が覚めていた。
全身を襲う筋肉痛は俺にベッドから離れるなと言っている。
しょうがないから寝た状態でVR登校し、今まで宿題していた所だ。
レンに筋肉痛事情を説明すると。
「したらおらがマッサージしてやるべぇ」
「いい、素人のマッサージは怖いから……柊木はどうしてる?」
「知らね、今朝は妙に静かでな、おら以外見た記憶がねぇ」
じゃあ高薙さんも今は一人か……。
「なぁ、レン」
「なんだ?」
「女性が、男を誘う時って、どんな心境なんだ?」
「なしてそんなこと聞くんだ? あの時のおらの気持ちでも知りてぇってか?」
いやそーいう意図じゃないけど。
「……んまぁ、おらも女のことはわがんね。けど、何かしらの覚悟はあったんじゃねぇんか?」
「やっぱりそうだよなぁ、ありがとう」
痛みを押して上体を起こすと、びきっ! となってベッドから落ちそうになった。
「危ね!」
レンがとっさ的に俺を抱き留めてくれて……顔にレンの胸の感触がする。
やっぱりこいつ、意外と胸あるな。
「すまんレン」
「これくらいどうってことねぇ、リビングさ行くのか?」
「うむ、もう大丈夫だから」
たどたどしい足つきで部屋を出て、リビングに向かうと本当に誰もいない。
高薙さんと部長、お互いに顔を合わせ辛いんだろうな……。
「竜馬さ、昼食はどうする? おらが作れそうなのは卵料理ぐれぇだし」
「卵冷蔵庫にあったっけ?」
「どうなんだろうな? ちょっと確認すっか」
三泊四日を想定していたGWのキャンプ、食材はたしか使い切ったはず。
思えば昨夜は晩御飯もとってなかったし、お腹がへった。
この時、俺とレンは事態が思わぬことになることを露ぞ知らなくて。
レンが冷蔵庫を開けると。
「――うわぁあああああああああ!」
「どうしたー?」
レンは悲鳴を上げていた。
「部長さが、冷蔵庫の中にいて」
は?
「おらも何言ってるかわがんねけど、部長、息してねぇだ!」
は? はぁあああ!?
昨日の高薙さんの一件で、死んじゃったのか?
レンを疑わう訳じゃないけど、俺も痛む身体を押して冷蔵庫に向かった。
「……」
すると、冷蔵庫の中には本当に部長の死体があった。
固唾を呑みこみ、とりあえず救急隊か警察を……!
「りょ、りょ、竜馬、どうすれば」
「待ってくれ、今救急隊に連絡してる」
思わず手が震える、部長の死体が詰められている冷蔵庫を見ると、肌が青白くて。
一瞬だけど、部長と目が合った気がした。
「いけませんよ将門くん」
と、高薙さんが後ろから現れ、俺の携帯デバイスを取り上げる。
「な、何、高薙さん?」
「……ふぅ、その冷蔵庫に、彼の死体を置いたのは私です」
「っ! どうしてそんなことしたんだ!? 痛っ」
高薙さんに事情を問い質そうと大きな声をあげると、筋肉痛に響く。
「彼は、私と許嫁関係にあることをいいことに、肉体関係を強要しました。これは当然の報いかと」
いや、で、でも……と困惑していると、レンが俺の手を取って勢いよく引っ張った。
「逃げるぞ竜馬! 死ぬ気になって走れ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれレン、身体が痛く、て」
「今ここで逃げなかったら、おら達、殺されるぞ!」
くそ!
俺はレンと一緒にコテージから抜け出し、山を下った。
「あそこに隠れっぞ竜馬! あと少しだ頑張れ!」
「俺のことはいいから、お前だけでも近隣の人に助けを求めろ」
「馬鹿言うな、おめえさを置いて逃げることなんかできねぇ!」
「いやそうじゃなくて、事態としてはもうそうした方が」
たしか、ここから数キロ離れた所に、もう一か所のコテージがある。
そこに助けを求めた方が一番確実で、一番解決へと向かうと思った。
恐らく、部長は絞殺されたんだと思う。
縄で絞められたのか、部長の首は点々とうっ血して、黒ずんでいた。
「頑張れ竜馬、この戦争が終わったらおらと結婚するんだろ?」
「嫌なフラグ立てるな」
俺も多少混乱していたけど、レンの後ろを必死について行った。
レンはコテージから少し離れた獣道を入る。
この獣道は宿泊しているコテージに併設された自然散歩コースだったはず。
存外、高薙さんの注意をそらせるかも知れなかった。
「あれ、二人ともどうした? そんなに必死な顔して」
獣道を少し行くと、柊木が何も知らない様子で散歩している。
「柊木!」
「おお、レンちゃん、何々どうした……っ」
レンが柊木にとっつくように捕まえると、事態はさらに急転直下する。
柊木は、急に喀血し、その場に倒れおびただしい血だまりをつくった。
「え?」
よく見ると、柊木にとっついたレンの手には血まみれのナイフがあった。
「……竜馬、落ち着いて聞いてくれるか」
「え……レンお前何したんだ?」
「部長さ殺したの、実はおらなんだ。高薙はおらの共犯さ」
「な、なんでそんなことになったんだよ」
「――さぁ、竜馬が原因なんじゃねぇか?」
俺が原因? いや、それよりも柊木が、と思っていると、レンは柊木のこめかみに再度ナイフを突き立てた――びしゃ! と、柊木の頭から血が噴き出るように飛び散る。
「……」
唖然として、余りの出来事に言葉を失った。
「竜馬、おらの願いはもうこれしかねぇ、一緒に死んでくんろ」
ごきゅ……喉を鳴らせると、背後に人の気配がした。
「安心してください将門くん、私も一緒に死んであげますから」
高薙さんだった。
「……待って」
とその時、レンに腹部を刺され、次いでこめかみを刺された柊木が声をあげる。
「やらせ、ない……竜馬は、竜馬は僕の、嫁、だから」
「柊木ッ!」
「ぎゃぁ!」
レンはわずかに動いていた柊木の左手をナイフで刺した。
するとレンは倒れていた柊木の前で片膝ついてめった刺しにしている。
「っ、っ、あ、っ、ぁ……」
「まったくこいつ、予定にないだこんな事態。竜馬はおめえの嫁じゃねぇ!」
ちょっと待ってくれよ……ちょっと、待ってくれよ!
「止めろレン!」
「往生際が悪いですよ将門くん」
レンを制止しようとしたら、高薙さんに後ろから取り押さえられた。
今の俺は無力だ、筋肉痛で全身が鈍くて、レンの凶行に血の気が引いていく。高薙さんのやさ腕にいいようにされ、ただただ柊木がレンにめった刺しにされるのを見ていた。
「……りょう、ま……は……ぼくのよめ」
「黙れっつってんべ!」
「嗚呼っ……りょ……うまは、ぼくのもの」
「こん死にぞこねぇが!」
「そこはらめっ!」
でも、柊木の奴、不死身すぎね?
さっきまでリアリティあった断末魔も、そこはらめ、とかって言っちゃってるし。
「はぁ」
高薙さんが俺の首元でため息をこぼし、ぞくりとした。
「いいぞ、もっとだクラホくん、もっと力いっぱい妹の身体を蹂躙するんだ!」
おい、部長がカメラ持って生き返って来たぞ。
§ § §
結果的に、先ほどのレンによる殺人事件は、映研の活動の一環だった。
部長が朝早くからみんなをリビングに集合させ、計画したことらしい。
俺は感心するでもなく、筋肉痛で悲鳴を上げている所に鞭を打たせたみんなを呪った。
「竜馬?」
「うっせぇ入ってくんじゃねぇ!」
部屋に閉じこもっていると、レンが脅えた感じでやって来る。
「そこまで怒ることでもねぇべ?」
「お前らにわかるのか!? 俺の身体の状態が!」
ボロボロになりすぎて後遺症も心配してるよ、俺は。
「だからおらがマッサージしてやるっつってんべぇー」
「素人のマッサージは嫌だってば! くそ」
とかって悪態ついていると、レンはベッドでうつ伏せになっている俺のお尻を叩いた。
「こん陰キャが、腐ってねーでおらの相手しろ」
「陰キャはお前もだろ! それに俺は腐ってなんかねーし」
今にして思えば、昨日から部長の様子は怪しかった。
丁度この部屋で高薙さんとの一件を話していた時の部長、一瞬笑ってたんだよな。
まさか翌日、自らを死体にでっちあげるとは思ってもいなかった。
「部長さ、今回撮った奴を学校に提出するって言ってたぞ」
「映研の活動の証として?」
「ああ、なんでも部員数そろえただけじゃ容認できないとか言われたらしくてな」
それすら部長が口から出まかせについた嘘だった可能性もある。
とにかく、俺は今日からあの人のことは一切信用しない一切!
そんな風に部長とその傀儡の映研メンバーを呪っていると。
「りょーうま」
レンが、動けないことをいいことに俺の背中に抱きついて笑っていた。
「これがおらの役得だべぇ~」
「うるさい」
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