第27話 おらさ、許嫁とか、わがんね

 その後も色々どたばたしつつ、何とかお風呂から上がった。

 主な原因は柊木さんっす、お巡りさんあいつです。


「くそう! 僕の邪魔して何が楽しいのレンちゃん!」

「しっつけーぞ柊木! 竜馬はおめえみてな〇ッチなんか相手にしたくねぇんだ!」

「嘘だ! 竜馬はエルフ耳だったらオールOKのド変態さんだ!」


 誰か、俺に安息をくれ。


 お風呂からコテージに戻ると、高薙さんがリビングで本を読んでいる。以前、彼女と一緒にアンティーク物である本を要望されたことがあったけど、本当に好きなんだな。


「高薙さん、お風呂空いたよ」

「そうですか、まさかお風呂を汚したりしていませんよね?」

「してないから、安心して」

「では」


 ナチュラルに部長の入浴が最後になってしまった。

 すみません部長、とにもかくにも原因は貴方の妹です。


 全ての元凶である柊木は、高薙さんがお風呂に向かうとこう言っていた。


「……ねぇ竜馬知ってる?」

「何を?」

「高薙氏と、私の兄さんって、ガチの許嫁らしいよ」


 柊木の台詞にレンが少し驚いていた。


「そうだったのか?」

「うん、兄さんから聞かされただけだけど、どうやらガチっぽいね」


 かたや学校の校長の嫡男、かたや病院の院長の娘。

 なるほど、政略結婚としての図式は成り立つかもな。


「部長はそれを知ってて、黙ってたのか?」


 問うと、柊木は冷蔵庫にそなえられていたジュースを飲んでいた。


「そうみたいだねー、駅に着いた時、年貢の納め時か、って言ってたけど」


 え? あれそういう意味だったの?

 俺はてっきり奇天烈な部長の狂言だと思っていた。


「でも、二人とも気にした素振りはなかっただな」


 レンが今日の出来事を反芻して、二人の間をそう感想していた。

 柊木が二人の様子にある推測を立てる。


「きっと兄さんは知ってるけど、高薙氏は知らないんじゃないかな」

「いいえ、私もその話は両親から聞かされていますよ」


 た、高薙さん、いつの間に……。

 とうとつに背後に現れた高薙さんに、柊木は魂が口から出ているようだった。


「……両親から許嫁の話は聞かされました、その背景は私の高校受験にまでさかのぼるのですが、両親は私の進学先に明竜高校を指定したので、理由を聞いたのです。その時に彼――柊木時貞さんと、私は許嫁関係にあることを知りました」


 高薙さんは淡々と語り、ちらっとレンを見る。


「クラホさんに告白したのは、私の両親への反抗だったのです」

「そうだったんだな、なら尚更振ってよかったべさ。おらは誰かの言い訳の道具になんかなりたくねぇ」


 とレンが歯に衣着せずに言うと、高薙さんは少し笑っていた。


「そんな貴方だからこそ、一緒になりたかったのかもしれませんね」


 二人のやり取りに、百合百合百合! と柊木が興奮している。

 柊木はどんなカップリングだっていけちゃうらしい。


「ただ、今回のキャンプで初めて会うとは思ってもみませんでした」


 ぐ、高薙さんをキャンプに誘ったのは俺だ。

 高薙さんの同伴を部長に申し出たのも俺だし、やっちまった感がぱねぇ。


「で、兄さんを初めて見た高薙さんの第一印象は?」


 柊木が思い切って高薙さんの気持ちを聞いているが、小指立てるな。


「……何とも思いません」

「やったね兄さん! これは思ったよりも脈ありだよおおおお!」


 つまり柊木は高薙さんの言葉以上に部長は駄目だと言いたいのだな。

 柊木の部長に対する本心が知れてよかったよ。


「どこさ行くだ竜馬?」


 リビングから立ち去ろうとしたら、レンに聞かれたので。


「疲れた、もう寝る、俺はもう駄目だお休み」

「お休み竜馬、柊木のせぇで竜馬がぼろ雑巾になっちまったでねぇか」


 背後でレンが柊木に文句たれている、柊木は僕のせいじゃないよーとかって言い訳して、いつも通りの映研に戻っていた。にしても高薙さんと部長が許嫁関係だったとはねぇ?


 なんと言うか、俺達の周りでは怖いぐらいの偶然が続いている感じだった。


 身体の節々の痛みを押しつつ、ベッドに、掛け布団をかぶってあとは寝る。


 § § §


「竜馬!! 起きろ竜馬!」


 部長の声がする、何をそんなに慌てているんだってぐらいの声量で。


「なんですか部長」


 上半身を起こそうとしたが、腰がピキーンとしていたので無理だった。


「竜馬、俺はとんでもないことをしてしまった」

「……もしかして泣いてます?」


 なんだ、何が遭ったんだ本当に。


「俺は、高薙嬢を、穢してしまった」

「え? それって高薙さんを襲ったってことですか?」

「何を言っているんだ貴様は? 見損なうな、お前みたいなクズ男じゃあるまいし」


 誰がクズ男だよ!?

 怒りが原動力となり、ようやく身体を起こせたものの、時計はあれから二時間後を示していた。


「一体何が遭ったんです?」

「……――っ」


 聞くと、部長は両目から涙を流し始め、手で覆う。

 高薙さんを穢してしまった、とかって言ってたな?


「当初の俺にそのつもりはなかった、しかし、あろうことか風呂場で高薙嬢と鉢合わせしてしまい、俺は彼女に詫びを入れて立ち去ろうとしたのだが」


「すいません。部長の姿が見えなかったので、伝え忘れていました」


「……高薙嬢は、立ち去ろうとした俺の手を掴み、誘って来たのだ」


 誘ったって……セックス?

 いつも冷静沈着で、俺やレン以上に潔癖な高薙さんが?


「俺はそれに応じ、彼女のバージンを奪ってしまった」


 心臓がすごくドキドキしている、これはただ事じゃないぞと告げているみたいだった。


「話としては、そこで終わればよかった。だがしかし、事が終わったあと彼女は俺にこう言ったのだ――これで許して頂けませんか? と」


「許してって、何をです? 部長は裏で高薙さんを脅迫してたんですか?」


「馬鹿を言うな、貴様みたいなクズ男ではないのだし」


 二回も俺のことクズ男って言ったね!? 父さんにも言われたことないのに!


「俺も最初何を意味しているのかわからなかったのだが、彼女は続けてはっきりと俺との許嫁関係を拒んだのだ」


 えっと、じゃあ何で高薙さんは部長を誘ったんだ?

 わからん、高薙さんの心理が複雑すぎて、俺にはわかんないよ。


「別に俺だとて、許嫁に甘んじるつもりはなかったが、はっきり言って俺と彼女の両親に世間の常識は通じない。人格が屈折している難物だ。これは俺と彼女の一存で破棄できるような話ではないのだ……このことが彼女の親や、俺の親に知られたら、最悪俺は勘当され、今度はクレハが利用されるだろう」


 えぇぇぇぇ~、何それ?


「……高薙さんに確認取っていいですか?」

「構わんが、あまりうかつなこと言うなよ竜馬」


 えっと、たしかにどう聞いたものか。

 脱処女おめでとう、などと言った日には俺が頓死する。


 ここは面と向かって聞くのがベストだと思うが……どうしようかなぁ~。


「とりあえず明日でいいですか?」

「ならば俺はちょっと夜風に当たって、頭を冷やすとしよう」

「えぇ、心中お察しします、すいません力になれなくて」


 そう言うと部長は片手を上げて部屋を去って行った。

 高薙さん……君は一体どうしてそんな駆け引きに打って出たんだ。


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