第19話 おらさ、青春とか、わがんね

「妹よ、無事新入りを確保して来たぞ」

「おー、ナイスですぞ兄者……て、竜馬、目死んでるね」


 どうしたの? と柊木は小首を傾げていた。


 案内された映像研究部の部室はアリーナとは真逆の方向にあって。

 ここに来るまで結構な距離を歩かされた。


 映像研究部、略して映研。

 その部室には部長である柊木時貞ときさだを始めとし、四人しかいなかった。


 なるほど、これは俺達が入って来なかったら廃部になるわ。


「竜馬」


 と、自称三十路ニートのおっさん美少女、柊木はいつの間にか俺に肉薄していた。

 なんだよおっさん、といつもの調子で聞こうとしていれば。


「ずきゅううううううううううん!」


 部長に続き、柊木までも俺の唇を強引に奪う。

 部室の妙な機械を手に取っていたレンはその光景に絶句しているようだった。


「こ、こらぁ! おらの竜馬に何するだ!」

「いやいやいや、クラホさん、彼は人類の宝だと思わないかい?」

「人類の宝?」

「そう、従順で、誠実で、童貞で、背も高く、お金持ちなのに彼女なし童貞」


 なぜ童貞と二回も言ったし。


「彼のステータスからして、決してありえない。竜馬は貴重な人類の宝なのだ! 我々は同じ人類として、この国宝級の童貞を共有し合うべきであって」


 と柊木がごたくを抜かしていると、レンが手近にあったモーニングスターをぶんぶんぶんと勢いよく振り回し始めた。レンの顔を見ると殺気に満ちている、それもヤンデレ風味に。


「さっきから何わけのわからねぇことほざいてるだ、竜馬はおらの許嫁だ。誰だろうと手出す奴はそれなりの覚悟を持ってくんろ、おらに殺されてぇのか、おらを怒らせたらおめえ達の明日はねぇと思え」


 迫真の表情でモーニングスターを回しながら俺の所有権を主張するエルフ耳の美少女、その姿も記録しておきましょう――パシャリとな。


 レンに脅し文句を言われた柊木はと言えば、どこからか大盾と長剣を取り出す。なんかよくわからないけど柊木の顔には負けられません、勝つまでは! と言った英気に満ちている、その姿も記録させて頂きます――パシャリとな。


「やる気か柊木」

「ここは一度拳を交えてみるのも、一興じゃあないかねぇ?」


 二人のエルフ耳美少女が龍虎相打つように睨み合っている。

 もちろん撮りますよ――パシャパシャパシャパシャと。


「……って待ってくれよ二人とも、無駄に争う必要ないだろ?」

「止めるでねぇ竜馬! ここで殺っておかないと」


 レンは必死の形相で危険な発言を繰り返しているが。


「柊木、お前は俺の前で裸になる勇気はあるのか?」

「あはは、あってたまるか」

「じゃあこの勝負はレンの勝ちだ、レンは本気で俺を想ってくれてる」


 そう言うと、レンはぶん回していたモーニングスターを下ろして、飛びつくように俺に抱き付いた。


「そういうことだ柊木、おらと竜馬の愛はもはや永遠なんだべさ」

「その永遠の愛とやらに、僕は嫉妬したよ。竜馬は元々僕のものだったのになー」


 そして双方は矛を収め、事態は一旦終結した。

 敗北した柊木は肩を落とすと、柊木のお兄さんである部長が優しく抱き寄せる。


 エルフ耳の兄妹愛か……いいっすね――パシャリと。


「妹よ、満足したか?」

「悔しい、悔しいよ兄さん」

「そうか、その悔しい気持ちがあれば、いつかきっとあの男娼も振り向いてくれるはずだ」


 他人を男娼呼ばわりするな、一部の好事家が群れるだろうが!


「それで、えっと部長」

「待ちたまえ竜馬くん、話があるようなら座って話そうじゃないか」


 と言われましても、部室の中は物でごった返している。

 四人が無作為に座って話せるような場所がなさそうだ。


「ああ、失敬。部室にある物は映研のOBが適当に残していったゴミだ。だからデリートしても構わんぞ」


 部長はそう言うと俺とレンに部室へのアクセス権を渡して来る。


「まぁ、そのOBが来た時のことを考えて、一応データは保管しますよ」


 と、俺はデバイスを弄って部室内に乱雑に置かれていたオブジェクトを片付けた。


「にしても物がなくなると途端に殺風景になりましたね、それじゃあここは一つ」


 さらに俺は部室のデータを弄り、内装を異世界物のMMOに出てきそうな木造りの一室に仕立て上げた。エルフ耳と言えば異世界が定番だしな。


「おお、アクセス権を渡しただけでここまでやってのけるとは、さすがは竜馬」

「おだてたって何も出てこないぞ柊木」


 俺達四人は部屋の中央に置いた円卓上のテーブルに対面し合うように座る。


「部長、映像研究部の活動内容を教えてもらっていいですか?」

「映研の活動内容? それは最初に言ったはずだろ」

「聞いてないです」

「ならば再度教えよう」


 部長は一度座った席を立ち、靴底を鳴らして円卓の周囲を回る。


「にっしっし、どうやら兄者は切れちまった、兄者が切れると怖いぞー」


 妹の柊木と合わせてこの兄妹は俺の中ではアホと確定している。


「明竜高校映像研究部、思えばその歴史は21世紀にまでさかのぼる。ある時は例年の如く開催される映像に人生を懸けた高校生達のビューティホーバトル、『ドキ、高校生による全国映画トーナメント』略して『ドキ映』に出場し、優勝経験もあった」


 部長は俺の肩に手を置き、次に隣にいたレンの肩にも手を置いた。


「しかし……我らが映研はすっかり衰退してしまった。我ら映研はドキ映に出場することもなくなり、いつしか学校からこう呼ばれるようになったのだ――映研? 何それ美味しいの? と」


 つまり。


「映研は学校関係者から認知されてない、非公式の部活だったんですね」

「いやいや、映研はちゃんと学校から活動許可を得ている」

「じゃあ? 大会にも出ないってことはつまり」

「そう、映研はお遊びサークルみたいなものだ」


 部長からその説明を聞かされ、俺達は即時入部届を提出した。


 お遊びサークル、それは帰宅部よりもむしろいいかも知れない。


 例えば両親への言い訳の材料としても効果するだろうし、実にいいよ。


 部活も決め、ログアウトすると、隣にいたレンと目が合った。

 レンは視線が合うなり、目を細めて弾けたような笑顔になる。


「思ったよりも高校生活、楽しめそうだな竜馬」

「そうだな」

「高校にいる間は思いっきり青春しような」


 青春ですか、青春、青春……青春ねぇ?

 と、青春について思案していると、レンは俺に覆いかぶさるように組み付く。


 彼女は俺の膝の上に座って、惚けたような視線を送り。


 俺達はどちらからとも言えないキスを交わすのだった。

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