第17話 おらさ、ダーリンとか、わがんね

 翌日、昨夜あれからどうなったって?


 レンなら俺の隣で寝てるよ、再犯的に。

 女性の生理メカニズムを俺はよく知らないが、俺達男子には朝勃起なるものがある。


「んん、竜馬」


 何枕元で可愛い声出してやがる。と言うか……――ぎゅう。


「あ……嗚呼っ!」


 この時の詳細は後日譚として語ろうと思いました、まる。


「お早う御座います」


 リビングに向かうと、高薙さんがレンのお母さんと一緒に朝食の席で待っていた。


「昨晩はお楽しみだったようですね、ご両人」

「やめてくれー、俺にだって純情はあるんだ」

「貴方の純情はすごく脆そうですが、朝ごはんが待っていますよ。早く食べないと遅刻します」


 ですよね? 時間を確認すると登校まで残り三十分、何気にやばいかも。


「お早うレン、顔が赤いけどどうしたの?」


 小母さん、貴方の娘はやらかし体質ですよ、本気で。


「な、なんでもねぇべ。それよりも母さん、早く朝ごはん用意してくれさ」

「えぇ、今日は初日だし、奮発したわよ」


 と言い、小母さんが俺達に差し出しのはかつ丼だった。

 頂きますと、合掌してからかつ丼に箸を伸ばせば、高薙さんの箸が進んでない。


「朝から重いって?」

「いえ、その……将門くん、半分食べますか?」


 別にいいけど、そうなると俺も胃もたれするな。


「高薙、おめえさそんなんだからガリッガリなんだぞ」


 指し箸はやめろレン。

 いいじゃないか、スレンダーな体型の方が高薙さんは様になってる。


 朝食を摂り終えた後は、各人部屋に戻る。

 これからVR登校するのだから、人目につくリビングでは邪魔になるしな。


「竜馬、入るぞ」


 レンは今朝の痴態を反省したのか、ノックしてから俺の部屋に来た。

 そして勉強机に腰掛けている俺の隣にアームチェアを持ってくる。


「これから三年間、またよろしくな」


 レンは屈託のない笑顔でそう言って、今朝の失態を消してしまう。


「……俺の方こそ、三年間よろしくお願いします」

「じゃあ行くかぁー」


 俺達は高校から支給されたVRデバイスを使い、いざ、VR登校を開始する。

 刹那の間にして部屋の景観が明竜高校の校舎のものへと変わる。


 そこは新緑が薫る丘陵の上に存在する校舎だった。校舎自体の造りは割と模範的というか、一般的な学校の範疇を出ていない。最近だと前衛的な造りの校舎も少なくないなか、真っ白な壁と透明な窓ガラスの校舎肌は落ち着いて勉学に励むことが出来そうだ。


「竜馬、おらの制服姿はどうだ? 様になってっか?」

「このやり取りは昨日しただろ、似合ってるよ」

「そんじゃさ、張り切っていくべー」


 俺達のクラス割りだが、レンと高薙さんが同じクラスなのに対し。

 俺は一人ぼっち……ぼっち! まぁいいけど。


 校舎の正面玄関をくぐって、俺は二人と別れぼっちの教室に向かった。


 ……なぜか、心臓が妙に高鳴っている。

 それも余りいい高鳴りじゃなく、駆け引きしている時のスリリングなもので。


 俺が次に引くカードは、ジョーカーのような予感がする。


「おっす竜馬!」

「うぉ!?」


 心臓の動悸を抱えていると、誰かが背中を思い切り押した。

 俺はバランスを崩し、一歩二歩堪えたが、三歩目であえなく倒れる。


「な、何?」

 が起こった。今一瞬、心臓の爆弾が炸裂したぞ。


「ごめんごめん、まさかこけるとは思ってなかった」

 そう言い、俺に手を差し伸べたのはエルフ耳の美少女で。


「柊木! もしかして君のクラスここ?」

「もちろん」


 ……はは、そうかい。

 神は俺とやり合うつもりのようだ、そうかい。


 差し出された手を掴むと、柊木は破顔していた。


「これから末永くよろしくお願ぃします!」

「嫌だ」

「どうして?」

「柊木の中身がおっさんだからだ」

「僕、悪いおっさんじゃないよ?」


 否定するところ違くね?

 そんなことをしている裡に――キーンコーンカーンコーン……。

 始業の予備チャイムが鳴り、柊木はスルーして席に着いた。


「隣同士とは奇遇だね」


 しかし神のお裁きは依然つづいているようで、俺の隣席は柊木だ。

 まぁいい、授業が始まりさえすればさすがに声すら掛けられないだろう。


 しばらく堪えるように待っていると、担任と思わしき人がやって来た。


「あー、私の名前は餅鬼もちおにと申します。君達の担任となった訳ですが、残念なことに、私は明竜高校の変人として有名です。その由来を説明すると、元々私はこの学校の一生徒でした」


 俺は背筋を伸ばし、担任の話に真摯に耳を貸した。

 他の生徒も大半はそんな感じだったけど、柊木は机の下で片足組んでいやがる。


 さすがは中身がおっさんなだけある。

 と、柊木に意識を取られていると、担任は小さく一拍した。


「と言う訳で、今から君達をテストさせて貰います」


 え? 早速抜き打ちテスト?


「と言っても簡単な内容ですよ、今私が説明した明竜高校の変人としての由来を用紙に記入してください。制限時間は10分、それでは始め」


 ……やばい、クラスの雰囲気やら柊木が気になって全然聞いてなかった。


「これは君達の集中力を計る一環でして、入学早々、担任の話に耳を貸さない生徒がいないことを私は切に願ってますよ。ですので一言一句当てに行かなくていいです。要点だけ書いてください」


 餅鬼先生はやや長めの天然パーマを弄って、クラスの回答を見守っているようだった。


「……――」

『どうしました? 手が進んでないみたいですが』


 餅鬼先生から飛ばされた個チャを見て、思わず背筋が凍ったわ。

 たぶん、ここは素直に白状した方がいいのだろうな……くそ。


『ごめんなさい、クラスの様子が気になって上の空でした』


 と、用紙に記入すると。


「ぶっ……くく」


 先生の笑いを取れた、よし!


「はい終了です、なるほど。君達一人一人の性格がよく見てとれました。まぁ今回のテストで不正解だった子は今後の晩かいに期待しておきますよ。それでは自己紹介に移りましょうか」


 あーい、とりあえず第一印象悪いでーす。

 隣にいる柊木おっさんは口元を『ω』にして、にやついている。


 § § §


 簡易的な自己紹介を済ませた後、昨日渡されたカリキュラムを全員で共有するように読み上げさせられた。まぁここまでは普通の高校の範疇かな。隣に居る柊木は終始舐め切った態度で、自己紹介の時も――


「皆さん、初めまして、朕は柊木クレハと申しますざます……朕はこの学校で運命の出会いを果たし、大変満足しているでざます。これから何卒よろしくお願い申し上げるざます」


 芝居掛かった口調で語尾をざますにするという舐めプだったわ。

 カリキュラムの説明が終わると、担任の餅鬼先生は朗らかな顔をしていた。


「では、本日の授業はここまでとなります。質問のある方はいらっしゃいますか?」

「はい!」


 と、勢いよく挙手したのは隣にいる柊木だった。


「あー、はは、何でしょう?」

「この学校での恋愛はどこまで許されますか!?」

「基本的には自由ですよ」

「結婚も認めてますか!?」

「認めませんそんなの、日本の法律に反しますので」


 柊木はクラスの印象とかお構いなしで、ぐいぐいと攻める。

 その攻め方だと次のヘアピンカーブは曲がり切れないぞ。


「え? 私は中身三十路のおっさんですので、問題ないんじゃ?」

「……はは、柊木さん、校長の愛娘である貴方が入学早々問題発言とは、どうなんでしょうね」


 な、なにー!? あの速度で突っ込んで、っていう妄想は置いといて。

 柊木はこの学校の校長の娘だったのか。


「質問は以上になります!」


「はい、結構です。それでしたらこの後、皆さんには部活動の紹介が待っていますよ。と言う訳で全員起立、今から私について来てください」

 

 言われ、クラスメイトは椅子を引いて席を立った。

 柊木は俺の隣にナチュラルに付け、勝負をけしかけて来る。


「柊木さん、入学初日のご感想は?」

「花丸満点だね、だって」


 だって? そうだよな、入学初日から好き勝手し放題だもんな。

 その容姿でその性格に加え校長の娘というポジション。

 人生に悩みなんてないんだろうな。


「ダーリンが、僕の目の前にいるからね」

「やめてよね!」


 誰がダーリンだ。



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