屋根裏

びびび

屋根裏

 初めはネズミだと思った。

 少しでも風と寒さをしのげる場所を探して、ちょいと騒がしい室外機に飛び乗り、横穴を見つける。この家はどうやら夜中でも暖房がついているし、家主もうるさくなさそうだとあたりをつけて忍び込んだに違いない。ミシミシと屋根裏が軋み、丸っこくて爪のとがった足音も聞こえる。慌てているような、不安で居ても立っても居られないような足音は、ネズミにしか有り得ない。

 春先にしては外の寒い日で、私も夕方は鼻と指先を赤くして帰ってきたから、ネズミには大いに同情した。まああまりうるさくなければ、いや多少うるさくても一日くらいは大目に見てやろう、有難くちょっと休めと本を取る。

 無名の作家の推理小説だった。大体こういうのは、凝った名前の奴が死ぬか犯人である。例えば鈴木太郎。こいつは凝っていないようでいて実は平々凡々という大きな特徴を持っているので、変に実在しそうな人名よりは犯人になりやすい。とか脳みその先っちょで遊ぶように読んでいく。

 その間も、意識はどこか屋根裏にいっている。

 部屋の大きさをはかるように端から端へ四角を描くように走ったと思えば、何周かしてピタ、と止まる。しばらくするとまた走り出して、止まる。また走り出して、今度は長いなと思うと、やっぱりやがて止まる。

 そういうことを繰り返しているうちに、最初は憐れんで許してやったこの一泊も、なんだか恩を仇で返されたようで許せなくなってくる。こいつを泊めてやる義理はない。

 そうと決まったら、私は即座に傍にあったほうきを掴み、天井めがけて柄の部分を一発ドスンと刺した。くすんだ木目と目が合う。古い家屋なので、叩いていない他の部分もみしっと言った。

 ネズミは静かになった。何の音もしない。突然の静謐に驚いた耳が他の音を探すが、やはりすべてが沈黙していて夜が一気に広くなる。

 さあ、出ていくがいい。一度お前に心を開いた家主は、お前の態度の所為で手のひらを返したのだ。何の音もしないのはそれはそれで不安だから、もう一度だけガタガタと走ってから、もうそのまま出ていくがいい。

 しかし、いつまで経っても無、無、、、、、、、、、、、、無。

 無のれっかがどんどん置いてけぼりにされて、無数の点として続いていく。

 無、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。

 しばらくそうして突っ立っているうちに、何だか気味が悪くなってきた。

 私は、天井をほうきの先でさわさわと撫でる。久しぶりの音に感じる。ネズミは一切音をたてない。もういないのだろうか。

 このままでは気持ちが悪くて寝られない、と意を決して屋根裏を覗く事に決めた。

 幸いなことにそこの天井の小さい板を押してずらせば、ちょっと頭を差しこんで中を見るくらいはできる。 

 何だか気が大きくなっていたので、虫とかお化けとかの可能性を考えることもなく、若干の憤慨のままにむんずと頭を差しこんだ。

 む。

 暗くて何も見えないながらに、分かった。

 闇に溶け込んで、私の開き切った瞳孔にずるりと流れ込んでくるものがある。

 あ、と思うと私の耳の中で大きな音で何かが暴れ出した。端から端に、走り回っている。あ、あ、と私は小さくあえいだと思ったが、その足音にかき消されて何も聞こえない。 

 ドタバタ、ドタバタ、地鳴りを耳で直接受け止めているような堪えがたい騒音。

 目を開けているのか閉じているのか、ただ脳がどこかに落ちて行く、、、。


 はっと、私は布団で目を覚ました。

 騒音はなくなっている。適度に昼間の音がする。

 天井の板は、いつも通りはまっている。

 暖房がつかなくなっていたので外の室外機を見に行くと、私の耳の一対と、金一塊が挟まって、ガタガタ音を立てていた。


 

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屋根裏 びびび @mikaaaan

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