第2話 [スターマインの壁]

 この部活は、活動内容の都合上大会というものが存在しない。

 eスポーツではないため交流会のようなイベントはいくつか存在しているが、スポーツの大会などと違い本番でタイムを競ったりすることがない。

 タイムを競っている場所はオンライン上であり、録画してある一番早い記録がそのままランキングとして残るのである。

「で、羽土さん。今日は何やってるの」

「聞いて驚け見て笑え」

「その枕詞久しぶりに聞いたな」

「爆弾兄弟RPGだよ。初代版の」

 "爆弾兄弟RPG"2000年初期に発売された爆弾兄弟シリーズの5作目、RPGとしては初の作品となるがその完成度は非常に高く、以降シリーズとして4作品ほど出ている。

 舞台は作品ごとに異なるが、一作目の舞台は遊園地。

 花火師の兄弟がひょんなことから招待状を受け取り、遊園地「UTOPIA」に遊びに来る。そこからオープニングのムービーが始まり探索やチュートリアルバトルが始まるのだが、遊園地を探索していたと思ったら地下の迷宮を探索したり、最終的には宇宙まで行ったりと、とにかく無駄にスケールが大きくストーリーも感動的で、シリーズを通して一番の人気作となっている。

 数年前リメイク版が新機種にて登場したこともあり、発売から20年以上たった現在さらに盛り上がりが増し、初代版に至っては未だに新しいグリッチが見つかるというとても面白いゲームだ。

「結局最後の大技が超苦手だからここ練習しなきゃなんだけどね」

「それ失敗したら全部台無しになっちゃうもんねー、プレッシャーもすごい」

 最後の大技、通称"スターマイン"。フィールドで行えるバグ技を複数組み合わせ、クラッシュはしないよう処理落ちを起こし、水面の床を抜けるというもの。連射花火に文字られてそのような名前で親しまれている。

 もちろんその技が一番難しいだけで、他にも難しい技はたくさんある。つい最近発見されたものも、ほんの数ドットの隙間を無理やりすり抜けるというもの。発見した経緯は説明を読んでも意味がわからなかったが、その技で短縮できる時間がかなり大きいのがとても魅力的である。

「そういえば今日自販機で新作のジュース売ってたよ。面白そうだったから思わず買っちゃった。桜君飲まない?」

「え、あぁ。ありがとう」

 そういって受け取った缶には"白菜ソーダ"と書かれていた。

「え、ナニコレ。まじで。てか旨いの?」

 良いから早く飲んでみてよ。と、質問には一切答えてくれず羽土さんに催促され複雑な気持ちになりながらも一口、思い切って飲んでみる。

 どろっとした舌触りに何とも言えない土の匂い。そして鼻に抜ける青臭さと、ほのかに感じる炭酸の刺激、さらに白菜本来の甘みと、白だしのアクセントがなんとも・・・

「いや不味いが!?」

 だよね~。などとのんきな返しをされる。よくよく思い返すと彼女は飲んだともおいしいとも言っていないのである。

「まぁいいや。慣れればおいしい、と思うし。ありがたく頂戴するね」

 幸い量はそこまで多いわけではないので割とすぐ飲み切れそうだった。というかこれいくらしたんだろう。量と値段を考えるとなんか逆に申し訳なくなりそうだったので一旦忘れることにした。

 さて、折角だし録画の準備でも。そう思って機材をセッティングしていると

「すいませーんおくれました!いやー、前に持ってくるって言ってたカセットすっかり忘れちゃって家まで取りに戻っちゃいましたよー。あ、これお詫びです。自販機で新作のジュース売ってたんで桜先輩是非飲んでください」

  勢いよく扉を開けて入ってきたのは長谷川葵だった。走ってきたのか額は汗で濡れていて、普段外にハネている短い青い髪はピッタリと張り付いていた。

 そして、本日二本目の白菜ソーダだった。

「またかよ!!」

 思わず叫んでしまいそうになったがここは一旦我慢して

「お疲れー、それね、さっき飲んだよ。おいしかったから長谷川さん飲みなよ」

 と、少しだけいたずらしてみる

「あ、おいしかったんだ…」

 頼む羽土さん。少し黙っててくれ

「え、これおいしかったんですか!ならよかったです。お詫びなので先輩是非飲んでください」

 そう言ってキラキラした目でこちらに"白菜ソーダ"を勧めてきた。

 しまった…。

「あ、ありがとう…」

 奥で羽土さんが肩を震わせているが今のは俺が悪いので突っ込まないことにしよう。

「え、えと、葵ちゃん。なに取りに帰ってたの?」

 二本目の白菜ソーダを飲む俺に気を使ってか、羽土さんが話題を切り替えてくれた。

「これです!以前桜先輩に頼まれて探してたカセット、店の倉庫の奥の方にあったんですよー!」

 長谷川さんがカバンの中から取り出したのは爆弾兄弟RPGの米国版。外国版のカセットを日本で手に入れるのはそもそも大変なのだが爆弾兄弟の米国版は発行部数も少なかったため手に入ったのは奇跡に近い。

「たまたま店にあったからあれですけど、これ外国版のカセットですよね?またなんでこんなものひつようなんですか」

 長谷川さんの家はゲームやビデオを扱っているお店を営んでおり、レトロゲームも相当数扱っている。子供のころからよくゲームを買いに行っていたので、もしやと思って聞いてみたところ奇跡的に在庫に存在したというわけだ。

「ちょっとマニアックな話になるんだけどね、できるバグ技が色々と違うんだよね。例えば序盤のアイテムの値段が外国版の方が安いからアイテムを使ったバグ技を多用できたりとか」

 こういった話はRTAでは珍しくない。日本版と外国版では出来るバグ技が全く違うため、レギュレーションが分けられることもある。

「よく見つけたよねって話なんだけどさ、私日本語しか読めないよ?」

 そもそも高速でテキスト送りをして日本語すら読んでいるか謎なのだが

「ゲームの内容自体は全く同じだから羽土さんみたいに何週もしている人には何の問題もないと思うよ」

「まぁ、そっか」

 ただし注意しなくてはならない点もあり、例えば選択肢が日本版と逆になっていたりすることがあるのだが、爆弾兄弟は問題なかったはず。

 だったのだが

「桜君。言ったよね。私日本語しか読めないって」

「返す言葉もございません」

 早速プレイしてみたところ、羽土さんが「なんかおかしい。一秒くらい遅い」というので気になって調べてみた。案の定最速の選択肢が日本語版と逆になっていたのであった。

「よくわかりましたね。そういうのって感覚でわかるものなんですか?」

「そうだね。結構わかることも多いかな。なんか今の違うなーとか。けど一秒くらい遅いなんて相当やりこまないとわからないかな」

 後輩の純粋な眼差が辛い。どうしても感覚とかの話になってしまうのでうまく伝えるのが何とも難しい。あと羽土さんから何故か不機嫌なオーラを感じるが多分気のせいだろう。

 そうしてしばらく進んでいると

「桜君。大変です。このままだと自己ベストを更新してしまいます」

 緊急事態が発生した

「先輩、それって一大事じゃないですか!その、録画とか」

「大丈夫、落ち着いていこう。録画もしっかりしてある。あとはミスをしないようにい祈るだけ」

 羽土さんの顔からものすごい緊張が伝わってくる。

 しかし最難関ポイントはこの先

 スターマインを羽土さんは1度も1発成功を決めたことがないのだ

「さ、さくらくん。どどどうしよう!緊張して操作がー」

 ここはひとつ、センパイとして緊張を和らげる気さくな一言を

「今のタイム的にスターマインは2回までミス出来るね」

「ばっっかじゃないの?そこは緊張を和らげる気さくな一言を送るところでしょ」

「失敗したら白菜ソーダ」

 俺の渾身の気さくな一言に、「先輩、サイテーです」と長谷川さんに一括を喰らう

「サイテー。でもおかげでなんか冷静になれたわ」

 羽土さんは、少しリラックスした様子でクスリと笑う。

 緊張してパニックになっているのも見ててなんだかかわいらしいが、やはりゾーンに入ったように集中した真剣なまなざしが羽土さんはとても魅力的だ

 いやいや、そういうのじゃないから

「まったく。誰に言い訳してるんだか」

「先輩どうしたんですか?そろそろポイント付きますよ、なにかアドバイスとか」

「そうだな。このままいって、世界に名を刻もうか」

「だからどうしてそうなるの!!」

「だからどうしてそうなるんすか!!」

 アドバイスといっても、頑張れとしか言いようがないし、これは羽土さんのキメ台詞だからタイミング的には完璧だと思ったのだが、二人には不評だったようだ。

 ところで、世界に名を刻む。というのは実はただの比喩ではない。

 RTAのランキングは世界で競われている。中でも、ランキングtop100以内に入ると掲示板に大きく記載されるのだ。

 羽土さんはというと、前回のイベントから爆弾兄弟RPGを走っており、現在はランキング128位に記録されている。

 相変わらず顔は引きつっているが、羽土さんの緊張は少し和らいだようで今のところ順調に進んでいるように見える。

 スターマインの工程は大きく3つに別れている。

 まずはセットアップ、操作キャラと敵を良い感じの場所に配置する。

 次に良い感じにソフトに負荷をかける。この当たりは経験と感覚になるのだが、いくつかのバグをストックする。

 最後はそのストックを残したまま所定の場所に向かい壁抜けを実行する。

 この一連の動きをスムーズにこなすことでスターマインが成功する

 セットアップ、いい感じだ。この調子なら本当に一発成功も

「――ッ!!」

1回目、失敗

 大丈夫。まだなんとかなる

2回目、失敗

 そろそろ後がなくなってきた

3回目、ここで痛恨のミス

「うそでしょ!!」羽土さんが声を上げる

「少し早い!気持ちもう2フレーム遅くして」俺も思わず叫ぶ

4回目、画面が一瞬暗転する

「あっ」

 羽土さんの短い"あ"という声とともにエンディングが流れ始める。

 スターマイン成功だ

「わー、よかったー!てか私のセリフ取るなしー」

 羽土さんがムスッとした表情でこちらを見てくる

 余談だが、実はセットアップの工程が一番難しい

「あー、ごめん。超勝手だけど来月のスマイル動画私このゲームでリベンジしてもいい?」

 半年ほど前に行ったスマイル動画RTAマラソンでも爆弾兄弟RPGを走っていたため、今回は別のにしようかと本人は言っていたのだが、海外版を手にしたこともありどうやら火がついてしまったようだ。

「もちろん。期待してるよ」

 なんだかんだ今後の目標も決まったところで、時間的にも気力的にもいっぱいいっぱいとなり、今日は解散することとなった。

 早速記録更新とはいかなかったが、録画したデータは一応編集したいとのことで長谷川さん持って帰ることになった。

 しかし本当に海外版で走ることになるのならば、チャートは少し見直す必要があるかもしれない。

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