不遜と歓喜
ここでもし、結人がその学校に愛着でも持っていたら少しは躊躇ったかも知れないが、結人自身がまるでそんなこともなく、しかも最終的にマウントポジションをとり後はぼこぼこに殴り倒すだけになってたことで自分の勝利を確信してたのもあって逃げる形になる訳でもなかったこともあり、『オレはどこでもかまわねーよ』と吐き捨てた為に、結人が入院している間に手続きは済まされ、今日に至ったというわけだ。
そういう諸々を思い出しているのかいないのか、結人は淡々とアパートの周囲を歩き続け、三十分ほどでまた戻ってきたのだった。
だがその時、不意に一号室のドアが開き、あの
「こんにちは」
と穏やかな感じで声を掛けてきた。それに合わせて沙奈子の方も、黙ったままだったが頭を下げて挨拶をしてきた。しかし結人はそれには応じず、ぎろりと威嚇するように二人を睨み付ける。にも拘わらず当の二人はそれを意にも介さずにもう一度頭を下げてそのまま歩いてどこかへ出掛けて行ってしまった。
「……?」
この時、結人は、表情は変わらず不遜な感じではあったが、実は内心、戸惑っていた。二人が彼に見せた態度が原因である。
それと言うのも、これまで結人がそうやって睨み付けた相手は怯えて目を逸らすか、『生意気なガキだ!』と激高して睨み返してくるか怒鳴りつけてくるかだったのだ。なのに山下達と沙奈子の二人は、間違いなく彼の顔を見た筈なのに平然とそれを受け流し、怯えるでも憤慨するでもなく立ち去ってしまった。それは彼にとっては信じられない出来事だった。
だがどういうことなのか確認しようにも二人はどこかへ行ってしまった。その場に一人取り残された結人は、何か腑に落ちないものを感じつつも、織姫の待つ部屋に戻るしかなかった。
そしてその日の夜、織姫の携帯に着信があった。山下達からだった。
「はい」と電話に出た彼女に対して、山下は言う。
『結人君、ハンバーグは好きかな』
唐突な質問に戸惑いつつも織姫が、
「はい、割と好きな方だと思います」
と応えると、山下が、
『それは良かった。実は沙奈子が手作りハンバーグを作ったんだ。それで二人にもどうかと思って』
と。せっかくなのでお近付きのしるしにということだったのだ。
「いいんですか!? じゃあ、伺います!」
夕食についてはこれから考えようと思っていたところへの思いがけない申し出に、織姫は歓喜した。しかも『沙奈子ちゃんの手作りのハンバーグ』をご馳走してくれるという。これまでにも何度も話を聞いて一度食べてみたいと思っていたところだったのである。
目を爛々と輝かせ、彼女は結人の方に振り返って言った。
「結人! ハンバーグ食べに行こ!!」
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