『自身』の在り処

第13話

「あ、そろそろ行かなきゃ」


 少し針の歪んだ掛け時計を見(掛け時計は家具では無いらしい》、アンジェラは立ち上がる。アンジェラがこの廃墟ここまで来た理由は、ただの時間潰しだった。曰く、「そこら辺の店より良いを出してくれるから」。


「あれ、もう行くの?」


思ったより早い退出にジャックは思わず声を掛けた。


「引き留めてくれるの?珍しいわね」


赤い目を細めてアンジェラは笑う。


「でもごめんなさいね。どんなに素敵なダーリンクソッタレな案山子くんの誘いでも、面白いネタ私への注目度と比べればゴミ同然よ」


「……うん、そうだねぇ」


彼女の中では承認欲求を満たす事が、何より最優先のようだ(勿論ジャックは知っているけれど)。


「色々取材の準備をしなきゃいけないの」


 だってそろそろスクープの宝庫エルシャ祭りの時期じゃないの、とアンジェラはまだ見ぬ視聴率の取れるネタ注目度の糧に想いを馳せる。


 それもそうか、とジャックは納得する。大量殺戮イベントエルシャ祭りは、マホドーラにあるイベントの中で特に盛り上がるネタだ。実のところ、エルシャ祭り以外にマホドーラで何か他のイベントがあるのかどうか、ジャックは知らない。


 さっと荷物をまとめ、「何かまた面白いことあったら聞かせてね」と、アンジェラは廃墟から去っていった。



×



「……『身体が腐り始めている』、ねぇ」


 ジャックは客人の居なくなったソファに座り、先程自身で吐いた言葉を呟く。


 ジャックは意識があった頃からずっと、クソッタレな案山子この姿だった。そして、独りだった。『両親』らしき存在は居なかったし、気が付いた時には、既に青年の大きさだった。


 何処からか転生させられたのかはもう覚えていなかったが、己の醜さに酷く狼狽えた記憶はあった。


「……(きっと、自分の容姿に大変自信があったナルシストか何かだったんだろうな)」


 ジャックは身体の向きを変え、ソファに横たわる。作り物の目蓋を閉じて『自身』について思考を巡らせることにした。しばらくは仕事も無いし、何もせずにただ考えるだけの時間があっても良い筈だ。


「……」


 ……そういえば、仕留め損ねた獲物の兎人アバズレ女が居た事を思い出した。まあ、どうせ何時でも殺れるので放置しよう。


 部屋が随分と静かになった。いつのまにか、レイヴンも廃墟から居なくなっていたようだった。

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