第3話
『こんなところでおっぱじめるんじゃねーよ!』
叫ぶ野次馬達の声に「全くだ」と、ただ同意した。しかし、そのおかげで上手く逃げ切れたのだから、あまり強く文句を言うつもりは無かった。
混ざり合う人混みに上手く紛れ込み、店から大分離れることができた。店主と思われる人物が途中で諦めて店に戻ったのも、確かにこの目で見た。飛び交う悲鳴や怒号でまともに耳が聞こえなかったが、店主の悔しそうに吐き捨てた言葉を、口の動きで読み取った。
蠢く人混みの中で、軽く変装するように少し服の着方を変えて髪型も変えた。店主はもう追いやしないだろうが、念のために用心しておく。こうすれば、仮に誰か見つかったとしても数秒ぐらいは逃げる隙ができるだろう。
×
人混みはトイフェルを更に奥へ、そして確実に外に向かって押し出す。開けたところに出れば、直ぐに鴉に見つかってしまうのだろう。たった数時間の自由だったが良いものが得られたので、まあ良しとしよう。
得物の存在を確かめるように、銃の輪郭をなぞるように指を滑らせた。銃と同時に、側にあった弾もくすねており、寝床に帰ったら手入れをしようと計画を立てた。
「(手入れ用の道具も探さないと)」
分解する為の道具や磨く道具、使えない部分を修理する為の道具。色々と大変そうだ。
——と、
「——ぐっ?!」
ぐい、と身体が後ろに強く引かれてつんのめった。どうやら、自身の背に付いている翼が、壁か固定されている何かに引っ掛かったらしい。急いで外そうと足掻くが、外れない。おまけに、後ろから押し寄せる人達の圧力が酷く、翼の付け根が千切れそうになる。
『何立ち止まってんだテメエ!』
誰かの野次と、拳がとぶ。どさくさに紛れて、誰かに蹴られた。トイフェルは、身体の殆どを覆う鱗のお陰で防御力は高い。しかし、それは刃物辺りの話だけであって、打撃は普通に痛い。
バランスを崩し、トイフェルは汚れた地面に転がる。何かが千切れる音や砕ける音が脳内で響いたので、恐らく、また折れたに違いない。沢山の人の足が、自身を踏みつけて行く。
「……(クソ、痛い、痛い…)」
こんなに、痛い思いをすることが今までにあっただろうか。
痛みで意識が霞み始める。じくじくとした痛みが、翼の付け根から拡がるのを感じた。なんだか、背中が生温かい液体で濡れている気がする。ああ、考えるのも億劫だ。
——トイフェルは、意識を手放した。
「………(誰かの、声が……聞こえ、る)」
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