とある日常

第1話

「……また、か」


 トイフェル・フェアブラントは、ほぼ蜥蜴のような姿をした、ただの一般マホドーラ人だ。自我が芽生えて生まれてからかれこれ19年ほど、周囲と同じようにちょっとした悪いことや、少しの暴力をしながら生きてきた。


 はっきり言って、マフィアでもアナウンサーでも無い、ただの平々凡々な一般人のはずだ。それなのに、どうしてだか、鴉に付き纏われている気がしてならなかった。


 それはつい最近のことではなく、『気がついた時には既に』という状態だった。気が付いた時から、視界の端々、移動する先々、そして自宅にも。毎日、首の後ろが白い鴉に付き纏われていた。


 トイフェルは鴉のことが大嫌いだった。


 何故だか分からないが、初めて鴉を見た瞬間に沸き起こった怒りのような悲しみのような強い感情が、トイフェルの中から離れないでいた。理由も分からずにコントロールもできないその感情が、大嫌いだった。



×



「……ふぅ、」


 鴉の視線監視から、ようやく逃れられた。少し薄暗くて狭い裏路地に入れば暗くて視野が狭くなる為に、鴉は追跡を止める。長い間、ちゃんと考えを巡らせながら逃げ続けていれば、流石に鴉のことを理解できるようになる。


 追跡者を撒くのが段々と上手くなっている気がして、トイフェルは内心だけでほくそ笑んだ。仮に表情筋を動かして笑おうとしても、蜥蜴のこの顔では、十分に笑うことはできないだろうけれど。


「……どうしよう、かな」


 トイフェルは当てもなく呟く。折角手に入れた、僅かな休息をただ潰すのは勿体無い。兎に角どこかへ移動してみようと、そう歩き出したその途端



『さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。』


『楽しい楽しい、戯曲の始まりだよ~』



 路上で音楽を奏でながら紙芝居を行っているらしい、見せ物屋の声が聞こえた。



『面白いから、見ないと損だよ~』



 どこの芸人だって、どんなにクソッタレな内容でも、同じ事言うだろ、と心の中で返しながらトイフェルは見せ物屋の前を一切足を止めることもせずに、通り過ぎた。


 アコーディオンやチェロのレトロな音楽が流れ出し、なけなしの小遣いを握った子供達が、見せ物屋の前に集まり出す。


 金を受け取った見せ物屋はただ同然の菓子を配りながら、今から語り出す演目を声高々に読み上げる。



 演目名を聞き、トイフェルは少し溜息を吐く。



——悪魔のようにクソッタレな、案山子の御伽話だ。

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