Road of the Lord

@star505

第1章 星を見た者たち

第1話 おぼろげな目覚め:Road

「最早これまでか…」

ある男が、呟きと共に閃光に消えていった。



美しく、広大な湖。周りは緑の木々に囲まれており、爽やかな風に揺れていた。

そこに、あごヒゲを生やした中年の男が、鼻歌交じりにやって来る。魚釣りに来たようで、長い竿とバケツを持って、ゆったりとほとりまで歩いていた。

「今日も清々しい気分だ…ん?」

男が足を止める。よく見てみると、浅瀬の方に誰かが倒れている。若い男だが、全身傷だらけで、上半身は裸になっていた。穏やかな湖の光景にはあまりにも不相応で、中年の男は慌てて駆け寄った。

「おい!あんた、おい!大丈夫か!」

若い男の体を揺らしてみるが、何の反応もない。

「息はしてる…生きてるぞ!」

彼が死んでいないことに一安心するが、明らかに重傷であり、急いで手当する必要があった。

「とりあえず、村まで運ばねぇとな…」

中年の男は、若い男の肩を貸し、歩き始めた。

「良いガタイしてやがる…少し重いが、そんなこと言ってらんねぇ…!」


中年の男・デップは、若い男を連れて村に戻った。村人たちは皆驚いた顔をしていたが、男の手当に力を貸してくれた。そして、男はデップの家のベッドに寝かされることとなった。

「…」

デップは男の顔を見つめる。白い髪、整った顔立ち。こんな青年が、どうしてこんな目にとデップは気の毒に思った。

「…はっ!」

男が突然目を覚ます。そして体を起こそうとするも、痛みに顔を歪め、動けなかった。

「お!気がついたか!」

デップの表情が喜びに変わる。

「はぁ…はぁ…」

「まだ動いちゃ駄目だ。安静にしてろ」

男が流す汗をタオルで拭ってやる。彼はデップの方に首を向けた。

「ここは…?」

「俺の家だ。あんた、湖のほとりに倒れてたんだ。全身傷だらけだから焦ったぜ。あ、俺はデップ。あんたは?」

「…」

デップは軽く自己紹介をするも、男は黙り込んだ。

「…分からない」

「えっ?」

「俺は、自分の名前が分からない。名前だけじゃない。自分のことを全く覚えていない。どうして倒れていたのかも…」

「何だよそれ…」

デップは困惑した。男が目を覚ましたのは良いものの、自分のことが全く分からないときた。

「記憶喪失…なのか?」

重傷を負った時、記憶まですっ飛んでしまったのか。だが、どうすることもできない。そこで、ある物を思い出した。

「そうだ、あんたのズボンにこれが入ってたんだ」

デップは側にあるテーブルの上から、ある物を差し出した。

「ペンダントなんかな?」

いくつものビーズが、縦が5センチメートル、横が3センチメートル程の長方形の金属板に繋がれていた。特筆すべきは、そこに奇妙な文字のようなものが刻まれている点である。

「なんか書いてあるみたいだけだよ、俺にゃ何て読むのか分からない。あんなボロボロだったけど、これにだけは傷が付いてなかったんだよ」

「これは…」

男はゆっくりと手を伸ばし、ペンダントを受け取る。そして、そこに書かれている文字を見つめる。

「…」

「あんたにも分からねぇか」

「ロード…」

「ん?」

「俺には何故か、この文字が読める。これは「ロード」と読む」

「ますます謎が深まるなぁ…」

記憶喪失だと思われるこの男が、デップが読めなかった文字を読んでみせた。

「ロードか。あんたの名前かもしれねぇな」

「そうかもしれない…」

「なぁ、名前が無いってのも不便だしよ。しばらくの間、ロードって名乗ったらどうだ?もし違ったら、後から変えれば良いしよ」

「…そうだな」

「よし!今からあんたはロードだ。宜しくな!」

「あぁ。俺の方も、助けてもらった礼を言わないとな」

若い男──ロードとデップが握手する。

「しばらくは、ウチに泊まりな。この村のことも説明しなきゃだしよ」

「ありがとう、助かる」

ロードは微笑んだ。


その後、数日でロードの体調は回復していった。常人よりも遥かに強い回復力で、あのボロボロな姿が嘘のようであった。

その間、ロードはデップたちから様々なことを教えられた。村は「レクイ村」といい、豊かな自然に囲まれた村である。村人は30人程で、木造の家がほとんどである。機械のたぐいはあまり見受けられず、携帯電話やパソコンといった物は無かった。これは、レクイ村がある「ディナル国」全体に言えることである。ディナル国は、いくつかの村と豊かな自然がある国で、昔ながらの生活を重んじていた。他の国が存在する大陸とは遠く離れた島国で

国と言えない程に国土は狭く、人口もとても少ないが、人々は悠々と暮らしていた。

「でも、俺たちは不便だと思ったことはねぇ。他の国がどうかは知らんが、俺たちはこれで良いと思ってる」

「私も同じ気持ちよ。皆もそう。この生活を気に入ってる」

デップに賛同するのは、ルンという若い女性である。彼女はデップの隣人で、よく彼の家に来ていた。

「俺も、いつか故郷のことを話せればな」

ロードは静かに目をつぶる。しかし、そこには暗闇が広がるだけで、過去のことは何一つ浮かんではこない。

「いつか、きっと思い出せるわ」

ルンが笑みを浮かべる。それを見たデップも同じく微笑んだ。

(優しい人たちだ)

ロードは内心でそう思った。怪我の手当から始まり、村人たちは記憶が無い彼に気さくに接してくれていた。

(だが、このままここに留まる訳にはいかない)

村はとても心地良く、できればずっといたいとさえ思わせる。しかし、ロードの心には、自身の謎を解き明かしたいという思いがこみ上げていた。たとえ手がかりは無くとも、じっとしているよりは、歩き出したいと思えたのだった。

「デップさん、ルンさん。俺は、この村を出て、旅をしようと思う」

「旅?」

デップが尋ねる。

「旅って、行く宛はあるのか?」

「無い。だが、この国に何の手がかりも無かったとしても、俺は自分が何者なのかを明らかにしたい。ただ待っているのではなく、動きたい」

ロードの蒼い瞳には、強い決意が宿っていた。

「そうか。あんたがそう言うなら、俺は止めはしねぇ。この国には他にもいくつか村がある。まずは、そこに行くといい。とりあえず、一番近い村までは俺が案内するぜ。そこには知り合いがいるんだ。この村にも負けねぇくらい良い所だぜ。あんたのことも助けてくれるはずだ」

「ありがとう、デップさん」

「ロード…。あなたが行ってしまうのは少し寂しいけど、あなたの意志を尊重するわ。それに、色んな所を見て回るのは良いことだしね」

「ルンさん」

「またいつか、戻ってきてね」

「あぁ。約束する」

「で、いつ出発するんだ?」

「明後日にしようと思っている」

「そっか。じゃ、明日は釣りに行かんか?体も治ったことだしよ」

「釣りか…。良いな」

「私も行っていい?」

「おうよ!明日は楽しもうぜ」

「夜は、私の手料理をごちそうするわ」

「おお!楽しみが増えたぜ」


翌日。朝食を済ませた3人は、湖まで歩いていた。村から湖まではさほど遠くはなく、村人たちがよく訪れる憩いの場であった。

「美しい湖だ」

ロードが呟いた。倒れていた時の記憶は当然無いため、彼にとっては初の景色となる。

「あん時は怪我人が倒れててのんびりできなかったからな。今日こそはゆっくり魚釣りだ」

岸まで移動すると、停めてあったボートを動かし、3人が乗る。そのまま湖の中心部分まで漕いでいった。

「今日も風が気持ちいいわ」

ルンの栗色の髪が風になびく。湖に吹き付ける風は、特に村人が気に入っているものであった。

「まずは、魚の釣り方を教えねぇとな」

デップは、ロードに釣りの基本を教え始めた。餌の付け方や、魚が食い付いた時の力の込め方など。ある程度説明したら、実際に魚を釣ることになった。

「中々釣れないな」

ロードが竿を投げてから10分は経ったようだが、特に反応は無かった。

「まあ、そんなもんだ。釣りの楽しい時は、こうしてのんびりと待ってる時間なのさ」

「確かに、心が落ち着く」

それから5分程して、はじめてロードの釣り竿が揺れた。魚が食い付いたようだ。

「お、食い付いたか!」

デップが笑った。ロードは釣り竿をしっかりと握る。

「結構大きそうね…!」

ルンも注目する。

「踏ん張れよ、ロード!」

釣り糸は激しく動き回っていた。中々生きのいい魚のようだ。

「…はっ!」

だが、ロードは竿を勢いよく引き上げると、簡単に釣れた。ビチビチと活発に動く魚は緑色で、この湖でよく捕れる魚であった。大きさは50センチメートル程だろうか。

「おお!一発で釣っちまうとは、力持ちだな!そのガタイの良さは伊達じゃねぇ」

「はじめてなのにこんなに早く釣れるなんて…」

デップとルンは喜んでいた。

「どうだ?はじめての感想は」

「あぁ、楽しいな。まだまだ釣ってみたい」

「私も負けてられないわね」

それから昼過ぎまで、3人は釣りを続けた。ロードは全部で5匹を釣り、デップは8匹、ルンは6匹を釣った。

3人は家に戻ると昼食を済ませ、夜のごちそうの準備に取り掛かった。食材は、先程釣った魚の他に、村で採れた野菜などを加えた物で、デップが集めてきた。

料理はルンが担当したが、ロードの希望で彼も手伝うことになった。メニューは、レクイ村で古くから愛されている伝統的な料理だ。

「あれ、ロード…」

ロードの料理の手際はかなり良かった。素人のそれではなく、まるで何年もやってきたかのような動きであった。魚を包丁で素早く切り刻んでいき、ルンもそれには目を見張った。

「もしかして、ロードって料理人だったんじゃない?」

「かもな」

「これは美味しく出来上がりそう…」

彼の過去への謎がより深まっていく。

助っ人の予想外の活躍により、ごちそうは予定よりも豪勢なものとなっていた。

「うおっ。こいつはうまそうだぁ」

デップの目が輝く。

「ロードが手伝ってくれたのよ。凄く上手で、びっくりしちゃった」

「へぇ〜!すげぇじゃねぇか!」

「さあ、食べましょう!」

そして、3人は豪華な夕食を楽しんだ。特にデップは、ガツガツと勢いよく食べていて、ロードとルンは嬉しかった。

「うんめぇ!久しぶりにこんなうめぇもの食った!」

「ふふっ。ありがとう、デップ」

「おかわりくれ!」

茶碗を差し出し、ご飯のおかわりを要求する。

「まだ沢山あるわ。いっぱい食べてね」

ルンは米をよそぎ、デップに渡す。

「今日は楽しいな…」

和気あいあいとした雰囲気に、ロードの表情もほころんだ。この数日間、悲惨な状況から救われ、ロードの心には活気が宿った。明日には旅立つのが名残惜しいが、この村の出来事は、これからのロードの支えとなるだろう。


夜。ロードはふと目が覚めた。それから中々眠れなかったので、家の外に出てみた。

「…」

綺麗な星空だ、と思った。その中でも、青く輝く星が1つ見えた。

「あれは…」

「目が覚めちまったか?」

振り向くと、そこにはデップがいた。

「起こしてしまったか?」

「いや、俺もふっと目が覚めたんだ。…あの星がきになるか?」

デップは、青い星を指さした。

「あれはな、「邁進」を意味する星なんだ」

「邁進?」

「そうだ。恐れることなく、どんどん突き進んでいく。そんな奴を見守る星だ」

「そうだったのか」

「あんたを見守ってるみたいだな」

「俺を?」

「あぁ」

デップはロードに歩み寄る。

「あんたの過去がどうだったかは知らねぇ。でも、俺には何となく分かる。あんたのその真っ直ぐな瞳を見ると、なんかこう、確固たる意志ってのを感じるんだ。どんどん突き進んでいく、そんな感じが」

「…」

「この先、どんなことがあるか分からない。でも、これだけは忘れるな。あんたは、あんたの意志を大事にしろ。それがある限り、たとえ記憶が無くても、へっちゃらさ」

「ありがとう」

デップの笑みに、ロードも笑みで返す。

「さて、戻るか!冷え込んじまうと良くないしよ」

「そうだな」

2人は再び床に着いた。今度はぐっすりと眠れて、朝まで目覚めることはなかった。


こうして、謎の青年・ロードの旅が始まろうとしていた。


そして場面は、時を同じくしてこの世界にやって来た1人の女性の目覚めへと移る。


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