第3話 王からの依頼
「暗黒山に入ったなんて……アーシェラは無事なのかよ!」
「それが、分からないのだ」
「僕が……僕が犯人もろとも隣国を荒野にしてくる」
ニックは無表情でそう宣言して立ち上がると、部屋の出入り口に向かって歩き出した。無表情は恐ろしい。先ほどまでの怒りの形相が可愛く見えるほどだ。
「ニック待て」
「嫌だ。アーネストだってアーシュラにこんな酷いことされて怒ってるでしょ?」
「確かに怒っている。だが隣国を全て荒野にするのはさすがにニックでも無理だろう? それで犯人達を見逃したら最悪だ。ちゃんと犯人の目星をつけてから動いた方がいい」
アーネストが淡々とそう口にすると、ニックは少しだけ冷静になったのかもう一度ソファーに戻ってきた。
「でも犯人の目星って隣国の王族じゃないの?」
「まあ、十中八九そうだろう」
「なら隣国の王宮を吹き飛ばせばいいじゃん」
「それだとアーシェラを助け出せない。ニック、少し冷静になれ」
「……確かにそうだね。ごめん」
ニックはまだ十代の少年だ。その類稀なる魔法の才から十二の時にSランク冒険者になったが、まだ若いからか感情に振り回されてしまうところもある。
アーネストは貴族の子息として生まれSランク冒険者となったので、こういう場では冷静に状況判断ができ頼りになる。
エドガーは自分の頭がそこまで良くないことを認識しているので、こういう場ではあまり口を挟まず方針が決まるのを待っているのが常だ。そして実戦では一番に暴れる。
「それで結局はどうやってアーシェラを助ければいいんだ?」
「陛下は何かお考えがあるのでしょうか?」
「ああ、考えがあるからお前達三人を呼んだのだ。まず隣国はアーシェラを我が国から連れ去った。これは我が国と全面戦争も辞さないという意味に等しい。ということは、隣国との国境門を超えた先には敵兵が何万と召集されていると推測できる」
この王の推測は当たっている。隣国は聖女を自国に留めることが出来れば良いので、とにかく敵が入り込まないよう国境付近は厳重に警備されていて、すぐ近くには大きな砦まで建設されている。隣国の聖女を奪うために何年も前から計画していたのだ。
そもそも聖女が現れたことは公表しないのが普通なのだが、収穫量が格段に増えて国が豊かになり、魔物の被害も減るとなれば誰にでも聖女が現れたことはわかる。
隣国の王はエドガー達の国に聖女が現れただろうという情報を聞きつけ、すぐに聖女を奪う計画を立てたのだ。
なぜ隣国と全面戦争になる可能性があるのに聖女を奪う計画を立てたのか。その理由の一つは暗黒山だ。暗黒山は聖女を奪う際の一番の障害であったが、逆に一度自国に奪ってしまえば聖女を守る自然の壁になる。
そして二つ目は大飢饉だ。エドガー達の国は聖女のおかげで豊かな実りを享受していたが、隣国は長く続いた日照りによる水不足で不作の年が続き、餓死者が増えていた。
しかし王家の資産は潤沢であったため、その資産を使い隣国から食料を輸入すれば簡単に飢饉は凌げたはずだったのだ。問題だったのは隣国の王族が自己中心的で、自分が贅沢をすることしか考えていなかったところ。
自分達の金を平民に使うなどあり得ないという考えで、飢饉に喘ぐ平民を救おうとするどころか納税が減っていることを怒る始末だった。
そのような者達が考えることといったら一つだけだ、何処かから奪ってくればいい。隣国にいる聖女など一番に標的にされるのは当たり前だった。
そのようにして今回の聖女誘拐事件は起きたのだ。
「確かにその推測には賛成です。さすがに私達三人でも何万もの敵兵と戦うのは厳しいですね……」
「それは分かっている。さらに隣国にもSランク冒険者はいるのだ」
「確か二人いるのでしたか?」
「僕知ってるよ。槍使いと大楯使い。いつも二人で一緒にいるって聞いたことがある」
「俺も知ってるぜ。二人なのに一人のような連携ですげぇ強いんだよな」
槍使いと大楯使いはこの三人と違って、二人一組で最強の力を発揮できるタイプの強者だ。
「お前達三人はその二人に勝てるか? 多分アーシェラは隣国の王宮にいて、その二人が護衛についているのだろう。この二人に勝てなければアーシェラの奪還は厳しい」
「へへっ、俺を誰だと思ってんだよ。槍使いだか大楯使いだから知らねえが、俺が倒してやるぜ」
「僕が消し炭にするよ」
「私も問題ありませんね。大楯使いなど私と相性の良い相手です」
そう言って自信満々に笑った三人の笑顔は怖かった。敵に対して同情してしまうぐらいには凶悪だ。
そしてそんな笑顔に内心引いているのはこの国の王。しかしそんなことはおくびにも出さず、殊勝な態度で頷いているのだからさすが王というものだ。
「頼もしいな。では三人には暗黒山を抜けて隣国に入り、さらに隣国の王宮に侵入しそこからアーシェラを救い出してほしい。そして無事にこの国の王宮まで連れ帰ってもらいたい」
「かしこまりました。しかし陛下、王宮には何万もの軍勢はいないのでしょうか? 王宮の周辺などにもいる可能性があるのでは?」
「可能性はあるが、そこまでの軍勢はいないだろう。私の推測ではSランク冒険者がアーシェラの側についていることで、その分必要がなくなった軍勢を国境付近に配置しているのだと思う。実は隣国にいる諜報部隊からの報告があったのだが、かなりの人数が国境門付近に配置されていて、王宮が手薄になるほどの人数だそうだ」
この国の王、先ほどからかなり推理が冴えている。実際にSランク冒険者を絶対的に信頼している隣国の王は、王都や王宮の兵を少なくしてその分を国境門付近に配置しているのだ。
しかし隣国にも暗黒山を超えられる者がいるのならば、エドガー達の国にもいるのだろうと何故考えが及ばないのかと不思議に思うが、もちろん隣国の王もその可能性は考えていた。
しかし王は自国のSランク冒険者を信じていた、いや、信じすぎていたのだ。実は隣国のSランク冒険者の二人は、その場で強い敵と一対一で戦うのであれば力を十分に発揮できるのだが、長距離の移動や複数の敵を相手取るのは苦手である。
それゆえに二人は隣国の王に向かって、自分達でも暗黒山は超えられませんと宣言したのだ。それによって隣国の王は絶対に暗黒山を超えてくることはないと信じてしまっている。その思い込みが仇となるのも知らずに。
しかしそうなると誰がアーシェラを隣国まで連れて行ったのか。そのカラクリは転移陣だ。実はこの世界には世界中の至る所に古代遺跡があり、その古代遺跡から稀に強力なアーティファクトが見つかる。
隣国にも三ヶ所の古代遺跡があり、その一つから十年前に転移陣が見つかった。研究者が必死に解析を試みた結果、一回限りだが転移陣を起動すると、対になる転移陣へ五人までなら転移できるということが分かったのだ。
今回は暗黒山の麓でこの転移陣を使い、王宮の一室まですぐにアーシェラを連れ去った。
「では私達は暗黒山を抜けて隣国に入り、できる限りバレないように王宮に忍び込みアーシェラを救い出せば良いのですね。そして帰りも暗黒山を抜けてくればいいと」
「そうだ。引き受けてくれるか?」
「もちろんだぜ」
「アーシェラは絶対に僕が助け出すよ」
「必ずやり遂げます」
そう言って笑った三人の顔は、今度は頼もしいものだった。
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