第2話 招集理由

「お前達、よく集まってくれたな」

「そりゃあ、あんたに呼ばれたらさすがに集まるぜ。Sランク冒険者の称号のおかげでこの国の中でならどこでも特別待遇だし、強い魔物が出たら呼んでもらえるしな」

「待遇に満足してくれているのであれば良かった」

「おう! 特に文句はないぜ」


 エドガーが今話しているのはこの国の王だ。国王とこんなに気安く会話をしていいのかと思うが、Sランク冒険者にはそれが認められている。さらに今三人がいる場所は王宮にある小さな応接室で、周りには最低限の使用人と国王の護衛しかいないのもこの態度の理由だろう。


「エドガーは少しは陛下に敬意を払え。陛下、ご無沙汰しております。Sランク冒険者という格別の待遇により、充実した素晴らしい日々を過ごせております」

「Sランク冒険者は国の宝だからな。当然のことだ」

「それで陛下、今回は何の召集ですか? もしかして他国に行ってもいいとか! 他国のSランク冒険者と戦えるとか!」


 ニックは大きな黒い瞳を輝かせている。この可愛い顔で強い者と戦うのが好きとは、人は見かけによらないものだ。


「本当か!? 俺はずっと外に行ってみたかったんだ!」


 Sランク冒険者は国の宝であるので、国内から出ることは禁止されている。国には格別の待遇をしてもらっているという恩もあり、この三人はこの決まりを今まで守ってきた。しかし他国に行ってみたいという欲や、他国の強い者と戦いたいという欲がなくなることはない。


「エドガー君、遠くの帝国にはドラゴンを一撃で倒す双剣使いがいるらしいよ!」

「ニック、それは本当か!? ドラゴンはさすがに俺でも苦戦するぜ。俺もまだまだだな」


 ドラゴンとは海を渡った先にある、この国がある大陸より何倍も大きな大陸からごく稀に飛んでくる魔物だ。その強さは一国をも滅ぼすと言われていて、この国でも対処できるのはここにいる三人しかいない。

 しかし三人でもかなり苦戦する相手なのだ。それを一撃で倒すとなれば、この三人よりも強いということだろう。


「ほう、そのような人物がいるのか。ぜひ会ってみたいな。して陛下、此度の招集はその者に会いにいくのが目的でしょうか?」


 頼みの綱のアーネストまでが、双剣使いに意識を向けてしまった。王はまだ招集の目的を何も口にしていないのに、勝手に帝国の双剣使いに会いにいくことで目的が決定されそうだ。


 この三人は悪い者達ではない。その強い力を悪い方向に使うのではなく国を守ることに使っているのだから、とても素晴らしい三人だと言えよう。

 しかし、いかんせん揃いも揃って戦闘馬鹿なのだ。まだ理性はあるので戦闘狂とまでは言わないが、強い魔物が出たと聞けば何においてもすぐに駆けつける。もし出国を認めたならばすぐに他国の強者の下へ決闘を挑みにいくのだろう。海を渡りドラゴンが住む渓谷を目指す者もいるかもしれない。


 そんな三人は味方でいてくれるのであればとても頼りになるのだが、とにかく自由奔放でこうして話し合うのも大変だ。現に今この国の王はこの場で一番偉いはずなのに、完全に三人の勢いに飲まれている。


「お前達、少し落ち着いてくれ。此度の招集の目的は帝国の双剣使いなどではない」

「そうなのか? じゃあなんで呼んだんだよ。他に強い奴の情報なんかあったっけか?」

「うーん、僕は知らないかなぁ〜」


 王がこの三人を招集する時は強い者が現れた時ではなく国に危機が陥った時なのだが、今までの招集は国に凶悪な魔物が現れた時だけだったので、三人は強敵と戦える時に呼ばれると誤解しているようだ。


「強敵と戦ってもらうために呼んだのではないのだ。いや、確かに強い敵とは戦うことになるだろうが、それが目的ではない」

「では陛下、私達は何をすれば良いのでしょうか?」

「お前達には……聖女アーシュラを助け出してもらいたい」


 王が硬い表情でそう告げると、三人はさっきまでのふざけた雰囲気を一変させて、かなり厳しい表情を浮かべた。


「それってどういうこと? アーシュラが誘拐されたってこと?」


 聖女とは数十年に一度だけ世界中の何処かに生まれると言われている存在で、真っ白な髪色がその特徴だ。

 聖女は強い癒しの力を持つので、聖女がいる国は魔物の被害が例年の半分以下に抑えられ、作物の収穫量は倍ほどに増えると言われている。さらに聖女がいる限りその国では疫病も流行らないのだ。


 そんな聖女が現在存在しているのはエドガー達の国と、海を渡った先にある遠い大国の二つだけ。

 どちらの聖女も王宮で大切に保護されていたのだが……


「一週間前の深夜、何者かによって王宮から連れ去られたのだ……」

「なんでそんなことになったの? だってアーシュラが住む離宮には僕がバリアをかけておいたから、悪意がある者は絶対に入れないはずだよ。それに王宮にも王宮所属の魔法使いがバリアを張ってるでしょ?」


 ニックはいつもの可愛い笑顔の面影もないほど厳しい表情を浮かべている。いや、これは怒っている。

 聖女アーシェラはとても心優しく素敵な少女で、ニックはバリアを張る関係で何度か会ううちに仲良くなり、二人は友達なのだ。


 エドガーとアーネストもアーシェラとは何度か会ったことがあり、その心優しさに好感を持っていた。


 よって三人はあの心優しきアーシェラを誘拐した相手が憎く、怒りを抑えきれていない。今この場で一番災難なのは、至近距離で三人の殺気を受けているこの国の王だ。王とは一見煌びやかに見えるが、その実は大変な仕事なのである。


「……それが、なぜ連れ去られたのかは未だわかっていないのだ。ただバリアが破られた形跡はなかったため、アーシェラが自ら外に出たとしか……」

「アーシェラが僕達を裏切ったとでも言うの?」


 アーシェラが自ら国を出た可能性を示した途端に、ニックの殺気が数倍に増幅した。殺気だけではなく魔力も漏れているので、弱い者は今この場にいるだけでも辛いだろう。


「そ、そんなことを言っている訳じゃない。ただアーシェラは心優しい子だ。バリアの外で傷ついた動物がいたとか、倒れた使用人がいたとか、そんなことがあればすぐバリアの外まで駆け出してしまうだろうと思ったのだ」

「確かに……アーシェラならあり得るね」

「では陛下、アーシェラは今推測したような方法で王宮から連れ出されたと仮定しましょう。しかし大切なのはその後です。どこに連れ去られたのかは調査してあるのですよね?」


 アーネストは調査していなかったら許さないというような厳しい表情で、王に詰め寄った。物理的には詰め寄っていないのだが、精神的に追い詰めるような雰囲気を醸し出している。


「も、もちろん調査してある。王家の諜報部隊に指示し、アーシェラの行方を捜索した。その結果、東の隣国へ連れていかれたというのが結論だ」

「東の隣国? だが隣国へ行くには国境門を通らなきゃ無理だろ? それ以外なら暗黒山を越えるしかないじゃねぇか。まさか……」

「ああ、そのまさかだ。アーシェラを連れ去った者達が暗黒山に入ったところまでは形跡を追えた。しかしその後はもう魔物の痕跡と混じって分からなかったそうだ」


 東の隣国との国境は、暗黒山という深淵の森よりも危険なエリアとなっていて、その山が一部途切れるところにある国境門でしか国家間の行き来ができない。よって東の隣国とは、今まで戦争も起きていなければ貿易もほとんどないという、関係性が希薄な国なのだ。

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