第三十六話 対話
茂みに隠れ息を殺して、追手の傭兵たちと人間たちの戦闘を見ていたメルラは、空から降って来た人間のあまりの強さに、戦場で会った鬼神の如き人間を思い出し、自分を逃がすために残ったジレコの身を案じた。
それにしても、人間たちは何と連携が良いのだろう、空から降って来た方は、最初の一撃こそ強烈であったが、その後はもう一人の盾となって、完全に相手からの攻撃を封じ込め、相手が隙を見せたところをもう一人が仕留める、見事な攻防一体であった。
もちろん、空から降って来た方の人間一人で、追手の三人を相手にしても勝てたのであろうが、一騎当千の将の疲弊や消耗は、極力避けるのが正しい戦い方である。
と、メルラがまるで見当違いな戦術分析をしていた時、
(頼むから、出て来ないでくれよ!)
いきなり頭の中に声が響いた。
(何⁉︎誰なの?)
メルラは驚いて、頭の中の声に問い返しながら、辺りを見回した。
(あ!届くんだ)
小天狗は鬼灯に気付かれないように、メルラの隠れた茂みの方を見ないで答えた。
(だから誰なのですか⁉︎)
(落ち着いて、その場から動かないで聞いてもらえますか?)
(わかった…)
(自分は尾上小天狗、人間です)
(目の前にいる、後から来た人?)
(そうです、もう一人に見つかると…)
と、言いかけた途中…。
「どうかしました?まだ何か近くにいるんですか?」
何故かあらぬ方向を見て、黙ったままの小天狗を訝しんだ鬼灯が、そう聞いてきたので、
「いや、大丈夫、もう敵意は感じない」
と、周囲を探索していたフリをして、適当に誤魔化した。
「ですよね!私が追って来たのは、この三匹だけだったし、隠れてる奴でもいたら、またやっちゃってくださいよ!」
鬼灯にそう言われ、自分でも表情が強ばったのを感じた小天狗は、鬼灯に背を向けて、逆方向を探るフリをして
「そうだ!隠れてるで思い出した」
鬼灯はメルラが隠れた茂みの方を向き、
「ねぇ!金髪赤紫、まだそこにいる?」
と、メルラに声をかけた。
(え…?)
小天狗の目は点になり、
「知ってたのかぁ…?」
敵意のない鬼灯を見て、一気に緊張が解けてへたり込みそうになった。
(もう出てきても大丈夫ですよ)
小天狗が心の声をかけると、茂みの中から品の良い鎧を着た、赤紫色の輝く鱗に覆われた、金髪のトカゲ頭のメルラが出てきた。
(うわっ、テカってる…)
普通に話せていたので忘れていたが、メルラも自分の苦手な爬虫類タイプの人であったことに、小天狗は改めて気付かされ、思わず心を遮断しないで考えてしまった。
(テカってる…?私が?)
自分の本音のつぶやきをメルラに聞かれ、小天狗は慌てて、
(あ!すみません、その、なんていうか…ゴメンなさい‼︎)
真っ赤になって深々と頭を下げた。
「え?何??知り合い⁉︎」
いきなり、小天狗がメルラに頭を下げたのを見て、鬼灯は変な勘違いをした。
「いえ、初めて見たので、ちょっと失礼なことを言っちゃって…」
「え⁉︎言ったって、いつ?それより、鱗王の国の言葉話せんの?」
「あ、話せるわけじゃなくて…」
小天狗は自分の考えたことが、偶然メルラに通じたことを鬼灯に説明した。
「さすが黒曜丸さんのお身内!んじゃ、何で追われることになったのか、聞いてもらえますか?」
と、鬼灯は仕事モードに入った。
(あの…彼女が、貴方はどうして味方に追われて、命を狙われてたのかを聞いて欲しいって)
小天狗の問いかけに、メルラは一瞬心を閉ざし、少し考え込んで、
(命を助けてもらったとはいえ、敵国の将である私が、国の恥を答えて良いものか…)
と、表情からは読み取りにくいが、申し訳なさそうに言い淀んだ。
(言えない事情があるなら、話さなくても大丈夫ですよ。言葉がうまく伝わらないことにすれば、彼女も納得するしかないだろうし)
小天狗があまりに簡単にそう答えたので、メルラは逆に心配になり、
(良いのかそれで⁉︎仲間が困るのではないか…?)
(かもしれないけど、彼女とも初対面で名前も知らないし、そもそも俺、この国の人間じゃないんで)
それを聞いたメルラは、さすがに今度は、小天狗にもわかる驚いた表情をした。
(助けてもらっておきながら、名乗りもせずに失礼した。私はメルラ、鱗王軍の将校で、形式の上だけではあるが、さっきまで戦場で総指揮をとっていた…)
メルラの自己紹介は穏やか且つ理性的で、今さらではあるが、鱗王兵に対しての考えを改めさせられた。
(貴方のような人が指揮をとっていて、何故この国に戦争をしかけることに?)
(それは…)
再び言い淀み、メルラは視線を外した。
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