第三十四話 助太刀
時は少しだけ遡り…。
近づいて来るふた方向の鱗王軍の気を、小桜山から探っていた小天狗は、林の方の気の中にいきなり現れた人間の気に驚き、それも女性の気であることに更に驚いた。
すると突然、林の上に白い煙が竜巻のように巻き上がり、鱗王軍の気の一つがその場を離れると、別の一つの気が消えた。
その直後、その中で一番大きな気が強くなり、人間の気も強くなった。
気の大きさだけで勝敗が決まる訳ではないが、明らかに人間の方が不利だと思われる。
小天狗は居ても立ってもいられなくなり、
(行ってきていいっすか?)
そう白露に尋ねた。
(もちろんじゃ、早う、手遅れになる前に)
当然だが、白露も人間の気を感じ取っており、心配をしていた。
「銀嶺郎くん、ここ頼むね!」
そう言うと、小天狗は腰帯の右側の木刀を抜くと、助走も無くふわりと飛び上がり、号砲で飛び出すように宙空を蹴った。
小天狗は人間の気を感じる方向へ、ひと蹴りひと蹴り、まるでスケートを滑るかのように、一直線に宙空を駆け降りて行った。
「やっぱ小天狗さんスゲぇ〜!」
小桜山から一気に駆け降りてきた小天狗であったが、新緑の生い茂る林は気の主たちの姿を隠し、正確な居場所を目視で確認することが出来なかったので、気を探るために宙空で一度立ち止まった。
すると、一度離れて戻ってきた追手の放つ気が、怒りを纏い急激に強くなって、人間の気の方に襲いかかろうとしているではないか。
小天狗は思い切り宙を蹴り、木刀を構えると林の中に突っ込んだ。
奇しくも、小天狗の視界に飛び込んできたのは、鉤爪を付けた腕を振り上げて、叫びながら人間の娘に襲いかかろうとしている、人型だが人とは違う頭の乗った異形の姿であった。
小天狗は突っ込んだ勢いのまま、鉤爪の腕に木刀を振り下ろした。
考えるより先に動いたため、手加減することにまで頭が回らず、小天狗は木刀を振り下ろした体勢のまま、
(折れたよな…今の当たった感触…)
初めての経験に動揺していた。
(でも、この場合仕方ないよな…ウン、あっちは殺す気で襲いかかってたし、人助けだもん、仕方ない!)
と、強引に自分を納得させた。
そして顔を上げ、改めて鉤爪の追手をちゃんと見た。
折れた腕を押さえ、聞いたこともない言語で、叫びながら苦しんでいたのは、黒っぽい艶やかな鱗に覆われた、服を着た大きなトカゲであった。
「うわっ⁉︎マジで、トカゲじゃん…」
小天狗は生理的な気持ち悪さで、思わずそう口に出したが、目の前で苦しんでる鉤爪に対し、少し申し訳ない気持ちもあって、もう一人のリーダー格の追手への意識が、おろそかなっていた。
しかし、強い気の固まりがふた方向から、自分に向けて飛んでくるのを感じ、自分の身体を気で数メートルの高さまで弾き上げた。
小天狗からすれば自分の油断で、飛んできたモノが何かわからなかったため、予備動作無しで跳び上がっただけであるが、リーダー格の追手と鬼灯からは、小天狗が消えたかのように見えた。
気を見ることが出来る小天狗は、空中で一旦静止すると、リーダー格の追手の武器を観察、円盤状の武器が気で誘導されていることを確認した。
(銀嶺郎くんのムチみたいな使い方だな)
その時、円盤状の武器が再び小天狗目掛けて飛んで来た。
小天狗がそのまま真っ直ぐ上空に向かって逃げると、円盤も追ってきたが、ある所でピタっと止まり、リーダー格の追手は円盤を手元に戻した。。
(射程限界はここまでか、結構長いな)
小天狗は次の攻撃を警戒しながら、再び鬼灯を庇うように前に降り立った。
「大丈夫?怪我してない?」
リーダー格の追手から視線を外さずに、小天狗は鬼灯に声をかけた。
そして、足元の鉤爪の追手を見て驚いた。
鉤爪の首には深々とクナイが刺さり、すでにこと切れていたのだ。
「これ、キミがやったの⁉︎」
この敵たちを相手に闘っていたとはいえ、鬼灯はどう見ても自分より年下の女の子である。
「ああ、コイツの意識がアンタに向いた隙に、トドメを刺した」
(タメ口かよ⁉︎)
クナイを使ってるってことは忍者なのであろう、緑と茶と黒の糸を編みこんだ、迷彩効果がありそうな、目立たない半袖の道着のような着物に短袴、革製の手甲と脚絆を付けていた。
動きやすそうな格好で、受ける気からも身体能力の高さを感じたこともあり、運動部の女子っぽい印象を持ったため、その口調にはちょっとガッカリした。
「それより、アンタ誰?剣士隊で見たことないんだけど」
「俺?俺は尾上小天狗」
小天狗はぶっきらぼうに答えた。
「尾上っ⁉︎こっ黒曜丸隊長のお身内の方ですか?」
鬼灯は急に態度と話し方を変えた。
(黒曜丸さんのファンかよ…わかりやすっ)
まぁ、ツッパリくノ一が、美形武闘派ヤンキーに惹かれるのは、当然の流れかと小天狗は納得し、
「一応そんなとこ…後で説明するよ」
そう言ってから、黒曜丸のしつこさを思い出し、まずいことを言ったかもと、少し後悔した。
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