第53話 対ラグビー部チーム戦



 ラグビー部チームの大将の治療と休憩のため、次の俺たちとの戦いが始まるのは20分後となるらしい。中途半端ではあるが、クレームを申し出るほどでもなく。

 時間が空くという事で、3戦目の予定の宗川兄妹チームは闘技場を出て行ってしまった。兄妹の顔がやたら不服そうだったので、ひょっとしたら戻って来ない可能性も。

 対人戦で負けるってのは、意外と心にダメージが来るモノだしな。


 俺も剣道をしていた頃に、嫌と言う程に味わっていた感覚だ。その気持ちは痛いほど分かるが、不貞腐れていても始まらないのも事実である。

 せめて装備を整えるとか、他の施設を利用して格闘技術やスキルを磨くとか。サポートの充実している施設にいる内に、何かしらの手を打って欲しいと切に願う。

 同じ学校の同級生だしな、探索中に野垂れ死んでなど欲しくは無い。


 同じチームの女子に関しては、過半数が蒼褪めた顔色をしていた。大半がスポーツ部所属とは言え、簡単に対戦者の関節を外す人間を、目の当たりにした事は無かったのだろう。

 まぁ、それに関しては俺は何も言えないかな。ウチの道場の師匠は、何事も経験だと絞め技を嬉々として掛けて来るような老人だったしな……。

 確かに経験にはなったけど、トラウマにもなったよ、師匠。


「古河谷先生と何をコソコソ話していたの、ハル? ってか、あの先生は戦いには参加しないんだね……迫力のある人だから、闘っても強そうだけどなぁ」

「こんな目先の戦いより、チーム運営とかの大局観的な話をちょっとな……俺たちを拉致った陣営は、チーム同士仲良くして欲しくなさそうな感じだろ?

 それは俺たちにとっても損だから、情報共有とか積極的にして行こうって」


 なるほどそれは大事だねと、納得顔の玖子だったけれど。話を良く分かっていない静香も、訳知り顔で表情を作って近付いて来るのはいつもの事だ。

 仲間外れにされたくない、何と言うか寂しがり屋の処世術的な? 俺的にはウザいと思う事もしばしばだが、これが静香の個性でもあるから仕方が無いと大昔に諦めている。

 そんな奴が才能の塊と言う不平等も、早くに慣れてしまえれば良かったんだけどな。


 ついでに次の団体戦の作戦について話し合うも、玖子は相変わらず搦め手を嫌うと言うか。真っ直ぐな性格なのは仕方無いとして、少しは臨機応変と言う言葉を噛み締めて欲しい。

 そんな訳で、話し合いは議論にすらならずに終焉の方向へ。結局チームの並び順は、前回と同じと言う捻りの無さに決定して。

 俺の一番手は良いとして、バレー部女子は相変わらずの顔色の悪さだったり。


「そんなに緊張しなくていいぞ、2人とも。俺たちで何とか勝ち越して、そっちにバトン渡すから……それより例の作戦の事、しっかり頼んだぞ!?」

「あっ、うん……残りHPの割合いを、声に出して知らせるやつね? 確かにダメージ軽減制だと、自分と敵の残り体力とか把握出来ないもんね。

 分かった、しっかり大声で定期的に知らせるよ!!」


 女子バレー部の宮島が、そう応えながら拳をぐっと握って来た。何の事と、またもや仲間外れになりたくない静香の乱入……コイツはいつも圧勝だから、声掛けの必要性は限りなく低いんだけどな。

 それでも懇切丁寧に、作戦内容を説明し始める持木ちゃん。仲いいのかな、やけに静香の事を気に入っている素振りが見受けられるけど。

 まぁいいや、そんなやり取りをしている間に時間が来た様子。




 古河谷先生は相変わらず、自分のチームの生徒に関しては放任主義を貫くみたいだ。セコンドに就く様子もなく、嶋岡部長と闘技場施設の端っこで密談を続けている。

 佐々品さんも呼ばれているようで、どうもスキルの多様性についての説明なんかも加わってるっぽい。って事は、ラグビー部チームの中に合成スキル持ちは皆無なのかな?

 確かにモロ戦闘集団の雰囲気だし、さもありなん。


 そして向こうの先鋒も、さっきと同じく特待生の長身ハーフ野郎だった。俺より確実に拳1つ分は背が高い、その割には体重的にはそこまで差が無い気がする。

 まぁ、他のラグビー部の面々に較べて、筋肉の重厚感が薄いって話なだけで。瞬発的な動きに関しては、恐らく図抜けているんだろうなって雰囲気は感じる。

 そして獲物を狩る的な、視線もまた肉食獣っぽいのがヒシヒシ。


 俺が同じく先鋒だった事が、嬉しくてたまらない感がアリアリである。確かに雰囲気は、陽気なラテン系の血が通ってるぽいガブリエル有働。

 先ほどの戦闘では、前半は宗川兄に対して苦戦していた感はあったけど。油断を払拭して鎧を着込んだ後半戦では、完全に敵の長所を潰していたっけな。

 戦いにおいては、圧倒的に正しい戦術だと思う。


「うちのボスと何を話していましたカ、皆轟? キミはウチの部でも有名人よ、武人としてはとても優れていたのに勿体ナイってね……先輩のシットで才能が潰されタと皆が言ってマス。

 ……まぁ、今はワタシが《騎士セット》で潰しますケド?」

「評価が高くて光栄だよ、ガブリエル……天使の執行人ってか? 身に余る光栄だな、そんな悪い事はしていないつもりだけどな?

 逆にお前ん所の顧問の先生に、色々と異世界の情報を提供してたんだぜ?」

「ハハ~ン、ボスも大変ね……こんな異世界にマデ、生徒の修学旅行の付き添いに選ばれて? ワタシたちの気分では、既にミナサンこの環境に適応してマスよ?」


 凄いな、ラグビー部……こっちの世界に、既に適応してるのか。ウチのチームの女子とは大違いだ、まぁ男女のメンタルの強さの違いって部分もあるだろうけど。

 辛く厳しい部活動を通して、結束を固めて来た部員同士で一緒にいるってのは、確かにプラス要素には違いない。女子バレー部もその点は同じだが、外的要因が強烈過ぎた感じか。

 つまりモンスターとの戦闘とか、命に係わるあれこれとか。


 向こうの世界の日常生活では、なかなか体験出来ないストレスである。それに早急に慣れろと諭すのは、無理があるのも充分に承知している。

 それでも探索については、まだまだ先があるのも事実。一緒にやって行く上では、何とか頑張って慣れてくれと言うしかない。

 おっと、そんな事を考えている内に先鋒戦が始まった。


 今回は、最初からフル装備で油断の類いは無さそうなガブリエル有働。それにしても装備セットを含むスキルって、物凄く便利で羨ましいな。

 全身を覆う騎士の装備は、革と金属プレート交じりで頑丈そうではある。同時にスピードも生かせるようにか、そこまで重くは無さそうだ。

 なるほど騎士セットだ、構える長槍の威力は凶悪そう。


 宗川兄との対戦では、その防御力と得物の長さを活かして終始有利に戦っていたっけ。ただの制服と、しかも武器を持たない宗川兄にすれば、針の付いてない釣り竿で魚を釣ろうとするようなモノ。

 スキルの性能差とか相性とかって、考えてみれば怖いな……。


 スタート時には結構離れていた両者だったが、長槍の射程は全く関係無かった。鋭い突きが連続で襲い掛かって来て、俺は思わず仰け反ってそれをかわす。

 続いての横薙ぎも、同様に後退しながら回避して行き。


 全く反撃の余裕を与えずに押し切ると言う作戦は、圧倒的に正しいと俺も思う。この団体戦に限らず、戦いとは技術の見せ合いでは無いのだ。

 多少汚いプレーを混ぜ合わせても、勝ちさえすれば良い……高校生同士の試合でも、勝負へのこだわりが強ければそんな感情が入り込むのも当然だ。

 俺もおおむね、その考え方には賛成のクチである。


「おいおいガブリエル、初戦の余裕はどこに行った……? そんなガチガチの装備で固めて、まるでこっちを怖がってるみたいだぞ!?

 宗川兄を相手に、裸拳勝負で負けそうになったのが余程堪えたのか?」

「あれはヨぃ勉強になったネ……格下相手でモ、舐めテ掛かると痛イ目に遭う。今度は始めかラ、チームのため二全力で戦うネ!

 皆轟には悪いけど、お前の強さに興味ハ無いネ!」


 興味は無いらしい、つれない事で寂しい限りだ。こちらは長物を振り回す敵を前提の、良いトレーニングにしようと思っていたのに。

 今後の探索で、そんな相手に出遭わないとも限らないのだし。ダメージ軽減アリのこの団体戦の舞台は、思考を巡らせれば訓練の一環と捉えられなくも無い訳で。

 こちらとしては、向こうのスキルを堪能してみる予定だったり。


 案の定と言うか、焦れたガブリエル有働は《旋回突き》と言う技を繰り出して来た。これは恐らく、長槍スキルを上げて行って覚える必殺技の類いだろう。

 ガブリエルが元の現実世界で、実は長槍使いの達人だったって設定でない限りはその筈。長物の扱いも様になってるし、スキルって本当に偉大だと思う。

 そして奴の身体能力も、相乗効果的に作用しているのかも。


 結構な重さの筈の全身鎧を纏っていても、奴の動きにそれ程の遅延は伺えない。これが長丁場ならまだしも、短時間の戦いでは不利益にはならない感じ。

 逆に、防御力の恩恵で思い切った攻撃が繰り出せるとも。


 俺の所持する短槍との、射程の違いは割と致命的ではある。更にこちらの有利な距離に持ち込んでも、身体のパーツの急所を護る装備の防御を打ち砕かないとならないと言うハードルが。

 割と無理ゲー感はあるが、特に焦りは感じない。余裕では無い……現に荒ぶるような向こうの攻撃を、完全に避け切れずに何度か攻撃を浴びてしまった。

 軽症で済んでいるのは、感覚で分かるけど。


「皆轟君、2割減っちゃった……! 頑張って!!」

「ハルちゃん、負けるな~~!!」


 静香がうるさいのは相変わらずだが、今の攻防で俺のHPが2割も減じたらしい。軽傷で済んだってのは、こちらの間違いだったみたいで反省し切りである。

 こちらの装備はガブリエルとは雲泥の差、左手に盾こそ持ってるけど、あのパワーを受けて壊してしまうのも勿体無い。試合とは言え、所詮は命は掛かっていないのだし。

 ここはひとつ、前から温めていた作戦を試してみるかな?


 俺はおもむろに盾を舞台下に投げ捨て、代わりに《氷魔法》で氷の剣を創り出す。空いた左手にそれを掴めば、簡易二刀流の完成である。

 同時に《剣術》スキルも、スロットを弄ってセット済み。たった今思い付いた戦術では無く、昨日の午前中からの訓練で練習していた攻撃力アップ戦法である。

 実は道場時代にも、遊びで二刀流はたしなんだ事はあったりして。


 飽くまでも遊びの範囲だが、実は《剣術》スキルは本当に優秀で。それ任せの戦法なのだが、左手での氷の剣の扱いも実はなかなかのモノだと判明して。

 この長物使い相手の戦いで良い感触ならば、今後《剣術》スキルを伸ばすのもやぶさかでは無い。そんな感じの実戦投入なのだが、道場時代の修練も合わさって、左手だけでも剣の操作に不便は無い感じ。

 もっとしっくり来ないかと思っていたけど、何か調子良い。


 今も迫り来る敵の長槍を器用に流し受けて、そのままの勢いで相手の突き出した指先に攻撃を与えている。半身の体勢からの回転を加えた、右手の短槍の突きは逆に装備に弾かれる始末。

 うん、硬い敵って素直に厄介だな……ってか、俺の得意技のひとつの小手返し面の応用技が、普通に左手のみで出来てしまった。

 思わぬ衝撃に、攻撃に集中していたガブリエル有働も驚き顔。


「実戦なら、今のでお前の指は数本飛んでたぞ、ガブリエル。剣道って基本は対人戦用だからな……相手が鎧を着込んでいても、無力化する手段は幾つも存在するぞ?

 スキルは確かに便利だけど、信用し過ぎるのも怖いって覚えておけよ」

「……いらぬお世話ネ、皆轟! ポイントでは、まだまだコチラの優勢ネ!?」


 スポーツ的にはそうだろうが、実戦ではその理論はお門違いも良い所である。何故なら、指を失うだけで人間は武器を握れなくなってしまうのだから。

 武芸とは、突き詰めれば急所狙いで相手を行動不能にする事に尽きる。体力を幾ら奪おうが、敵に反撃を許す程度のHPを残してしまえば、一発逆転もあり得る訳で。

 こちらの世界にも、そんな不条理は幾らでも存在する。


 それを相手に解らせてやるのは、ある意味俺の優しさでもある。焦り混乱するガブリエル有働は、案の定段々と動きが乱雑になって来ていた。

 こちらの思惑通りである、俺も相手の踏み込みに合わせて、二刀流で相手の長物を封じ込めに掛かる。上から抑え付けるようにクロス受け、鍔迫り合いの様相で武器に意識を向けておいてから。

 こちらも突き出した足を、相手のそれに引っ掛けるように体重を掛ける。


 剣道には無い技だが、実戦を重視するウチの道場では普通に教えられていた技である。地面に転がった相手程、始末に容易いモノは無いとの師匠の談。

 無様に尻餅をついた、ガブリエル有働の心情とプライドは如何いか程か。それでも奴は、持ち前の運動神経と闘争心で素早く立ち上がって臨戦態勢に。

 そして味方から飛んでくるヤジに、怒りで顔が真っ赤の対戦相手。


「武芸って、これほどに奥が深いんだぞ? タダで貰ったスキルに、頼りっ切りがどれだけ怖いか分かったか、ガブリエル?」

「煩いネ、ここから怒涛の反撃ネ!!」

「皆轟君、今ので敵の体力が6割に減ったよ! このままいけば勝てるっ!」


 おっと、持木の報告によると相手を倒し際の一撃で、HP的にも逆転したっぽい。一方のラグビー部の部員の声援は、だらしないぞとかさっさと決めろとかヤジに近い有り様。

 オールフォーワンの精神はどこ行った、ってか俺が一方的に侮られているのかな? 確かに客観的に見れば、装備をガチガチに固めたガブリエルの優位は丸分かり。

 それに焦ったのか、奴は意外な戦法に切り替えた。


 いや、それはある意味ガブリエルの得意技とも言えるのか。武器の長物を囮に、奴は俺の腰目掛けてタックルをかまして来たのだ。この不意打ちに、俺は全く対応出来ず。

 ってか、まるでスピードを出し過ぎた自転車と衝突したような衝撃。ダメージ軽減の恩恵すら超える痛みが、俺の知覚をかき乱す。

 いやっ、まさかフル装備の相手にタックル受けるとは完全に予想外。


 そのままの勢いでマウントを取られたのは、いかにも不味い訳ではあるが。チーム女子連中の悲鳴はともかく、体力が5割を切ったとの報告は完全に想定外。

 やっぱ本業のタックルは恐ろしいな、奴のチームメイトの喝入れもこの攻撃を示唆していたのか? だとすると、ナイスチームプレイと言わざるを得ないな。

 すでに勝ちを確信した、ガブリエル有働の顔はすぐ目の前。


「マウント取ったネ、皆轟。この距離だと、お互いに武器は使えないケド……安心するとヨぃデス、ワタシはナックルの威力も保証付きヨ?」

「それは何よりだ、ガブリエル……武器もスキルも奥の手も、いざって時用に幾つか隠しておくのは武人としての常識だもんな。

 ところでお宅、この距離で魔法を喰らった事あるか?」


 自分の勝勢を信じて疑わないガブリエル有働の、そのハーフ顔の表情に束の間の疑念が湧いたのが見て取れた。幸いこの距離ならば、鎧の隙間も狙い放題だ。

 向こうの常識に捉われると、こんな逆転を喰らうという良い例だ。俺の放った《光爆》は、奴の重量級タックルと同じかそれ以上の衝撃を、相手に与えたっぽい。

 そりゃそうだ、彷徨さまよう鎧を倒した程の威力だもんな。


 続けざまの《光弾》で、俺に圧し掛かっていたガブリエル有働はその優位な位置を放棄。良かった、野郎に組み伏せられる状態なんて心の底から願い下げなので。

 女子チームの煩いほどの声援と、ラグビー部連中の驚き顔が舞台の上から良く見える。上体をようやく起こした俺は、続いて止めの《氷弾》を放つ。

 避ける様子も無く、そのまま沈んで行くラグビー部のエース。


 持木の報告を聞くまでも無く、奴のHPは綺麗に消失したっぽいな。自慢のスキルで出した鎧も、さすがに魔法防御力までは持ち合わせていなかった様子。

 だいたい予想は出来ていたが、念の為にと鎧の隙間を狙った一撃は、我ながら上出来だった。いや、あの体勢に持ち込まれたのは、全くの予定外だったのだけど。

 とにかく団体戦、まずは1勝出来て何よりだ。





 ――なかなかの強敵だったが、これで俺の面目も保てそう。









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