第36話 少しずつ波乱が巻き起こっている人々
そのパーティには、もはや活気もチームワークも存在していなかった。意思の疎通もほぼ行われなくなり、食事も2組に分かれてする程に。
探索は、しかしそれに反して順調だった。強い敵と鉢合わせていないというラッキーもあるが、何より前衛が安定しているのが強みであろうか。
そのパーティの壁役を担うのは、実は急造のアタッカーだった。
女生徒であるが、何と言うかスタイルが抜群である。かつては太り気味の容姿で、本人もかなり気にしていたと言っても誰が信じようか?
とにかく細木は、自分の現状に酔いしれていた。
「今の戦闘も楽勝だったね、寺島君? でももう少し、パワーのある武器が欲しいなぁ……自作のハンマーじゃあ、耐久性に問題もあるしねぇ?」
「そ、そうだね、細木さん……今度の補給地点に期待しようよ……」
言葉を返す寺島だが、その体格に反してめっきりと影が薄くなっている有り様である。更に薄いのが、後衛のポジションの斎藤先生と南野である。
細木の突然のブレイクに、戦闘に参加する暇も与えられず。特に南野は、あれからマネキンや人形の類に出会えておらず、《人形使役》による戦力補給も出来ていない。
斎藤先生も同じく、前衛が怪我をしないとその真価は発揮出来ないと言う。
それ故の前衛と後衛間の亀裂、と言う訳でも無いのだろう。何しろこのパーティには、以前はもっと人数が存在していたのだ。それが減った事のストレスも、多大に影響している筈。
裏切りの行為をしでかした、生徒指導の教諭達。オーガに殴られて死亡した生徒2人……そして更には、こちらから切り捨てたとても頼りになる存在だった生徒。
それが確実に、しこりとなって両者間に存在するのは確かな模様。
4人で再スタートを切ったこのパーティだったが、勝算があった訳では全く無かった。感情の暴走の結果の顛末であり、そのツケは早速最初の戦闘でやって来て。
コボルトの小集団に襲われて、何と全滅しかける惨事に。
何しろたった1人の前衛が、かつて在籍していた春樹と較べると、頼りない寺島しかいないのだ。多数の敵と相対すると、当然その半数以上は素通しとなってしまうのは仕方が無い。
その結果、格闘経験のない後衛陣が襲われる破目に陥って。
それを切り抜けられたのは、まさしく奇跡でしかなかった。子供染みた体格の敵だった事も幸いしたが、自棄っばちの相討ち戦法がたまたま上手く作用した結果だ。
こちらも相当の手傷を負ったが、敵も何とか近距離からの魔法攻撃で沈んで行って。気付けば敵と味方の流す血の池の中、何とか命だけは助かったという感じ。
そして治療に、甚大な時間を割くに至って。
パーティに異変が起きたのは、簡易拠点で一泊した翌日だった。起き出して来た面々が、細木が急に痩せているのに気付いたのだ。それはもうグラマラスに、以前の面影の欠片も無く。
彼女の説明によると、使用を
つまりコイツは、本当の効能は別の所にあるらしく。
要するにこのスキル、燃焼した体内エネルギーを直接パワーに転換してくれるっぽい。蓄積も可能で、ただし燃費はあまりよろしくないみたい。
それでも短時間の戦闘において、想像を上回るパワーと言うのは絶対である。細木は
何しろ一撃必殺のパワーを持つに至った彼女に、誰が逆らえよう?
「それにしても……後衛の2人は、相変わらず何にもしないのね? 荷物運びに雇われているつもりかしら、こっちの負担になっている自覚があるのかしらね?」
「ほ、細木さん……それは言い過ぎじゃないかな。魔法でしか倒せない敵もいるんだし、怪我した時は治療して貰えるんだし……役割分担は、やっぱり大事だよ?」
「それもそうね、自分で荷物運ぶのもいい加減面倒臭いし……完全に足手纏いになった時に、スッパリと切ればいい話だしね!
それで文句無いよね、だってこのパーティの掟だもんね?」
明るい口調で言い放つ細木に、斎藤先生と南野は返す言葉もない様子。仲間を切り捨てたのも事実だし、その結果仲間を全滅に導きかけたのも本当なのだ。
それでも斎藤先生は、切り捨てた訳ではないと反論を試みていた。生徒を裏切ったと言う負い目を認めたくないのだろうが、どう言葉を
仕舞いには、憎しみに似た視線を向けられる始末。
「大人って
今頃、皆轟君たちどうしてるかな……モンスターに襲われて、死んでなきゃいいけど」
「だってそれは……いくら先生でも、そこまで責任を持てないわ。自業自得と言うものよ、先生は悪くない……」
「黙って、斎藤先生! 皆轟君も悪くない、生き延びようと必死だっただけ。私たちを気遣ってくれてた分、斎藤先生よりは随分と立派なリーダーだったけどね!
努力していた人を悪く言うのだけは、あなたがまだ先生を気取るなら止めて頂戴!!」
木製のチェストを前に、彼女たちは一様に緊張の面持ちだった。片手で抱えられるサイズの宝箱は、実は探せば結構通路の至る所に隠されていたりして。
ここまでの道のりで、メンバー間でお遊び感覚で発見数を競って来ていたモノの。静香の召喚した双面の獣、通称“フーちゃん”が参加を決め込んで以来。
大幅に、彼の1人勝ちという結果に。
それでも誰もフーちゃんに文句を言わないのは、召喚主の静香を思いやって……では無く、誰もそれで損をしないからに他ならない。
それどころか丸儲けである、何故ならパーティに自称“怪盗”の
彼女もバレー部の一員で、ポジションはセンターらしい。
高身長の彼女は、スポーツ少女らしく短髪で、今はチェストの前に陣取って鼻歌を歌っていた。彼女の集中の儀式らしいが、何故か『ル〇ン三世』のオープニング曲である。
バレー部エースの
それ以上に、相手の裏をかくのが天才的なのだとか。
「頼むよ、持木ちゃん……この前みたいに、《開錠》セットし忘れちってた、テヘッ♪ みたいな凡ミスやらかさないでよ?
あれ聞いた時は、本当に肝が冷えたんだからね?」
「大丈夫、あの時もちゃんと成功したでしょ? そもそも《トリックスター》ってスキルにも、そっち系の効果があるのかもね?
良く分からないスキル技だけど、私が持ってるスキルの中じゃ、一番重いからなぁ……役に立ってると、心情的には思いたいですよ?」
バレー部同士の軽口を聞き流しながら、このパーティのリーダーを任されている真野宮玖子は、油断なく周囲の監視を怠っていなかった。
そこまで念を入れなくても、静香の召喚したフーちゃんの野生の勘は、人間のそれを遥かに上回っている。それでも好事魔多しと、玖子は自分の心を
つまりはここまで、至って順調に来ているとの評価なのだが。
メンバー達が、バカっと開いた木箱に喝采を上げた。中身も結構な数のアイテムが入っていたようで、どう分けようかと白熱した議論が巻き起こる。
パーティ間の仲も悪くは無い、むしろ良過ぎる位である。
持木ちゃんだって、鍵開けや罠発見以外にも大事な前衛役である。佐々品桐子が《等値交換》で出してくれた小剣と盾を手に、必死に戦ってくれている。
持木ちゃんの戦闘スタイルは、何と言うか軽戦士そのものだったりする。スキル的には《トリックスター》と《ブロック》スキルを主力に、器用に楯役もこなしてくれる。
そして時折見せる、クリティカルな一撃がとにかく凄い。
戦力的には静香ソロでも相当なモノなのに、召喚獣のフーちゃんが加わってからは余剰気味な気もする今日この頃。パーティに決定的な治療師がいないので、敵を見付けたら即殲滅は作戦的には順当とも言えた。
佐々品を始めとする、戦闘能力を持たないメンバーも、荷物持ちをしたりキャンプで頑張ったりと協力的なのは助かっている。大半がスポーツ部なので、相互協力能力は皆が当然備えている感じ。
こんな異界の地で、我儘も漏らさずみんな凄いと玖子は思う。
むしろ、心の奥底を占める寂しさが厄介なのかも知れない。これだけ人数がいて賑やかではあるが、自分たちは間違っても家族カテゴリーではない。
だからまぁ、レズ行為が
実際、怪しい動きの者が数名出る始末。
バレー部には多いという話だったけれど、この持木ちゃんは玖子的には確定だった。主将の木乃香はグレーだが、何だかこちらを見る目が時折妖しい気がする。
幼馴染の静香が、仔犬のように丸まってスヤスヤと寝ていたのが唯一の救いである。この子が大人しいのは、寝ている時だけだと玖子は思う。
純然たるトラブルメーカー、長年の幼馴染を評した言葉で一番しっくり来るのがそれだ。
「えっ、私が貰っていいの……この前のも貰っちゃたし、他の人で良いんじゃないかな?」
「野木沢さんは、私たちパーティの切り込み隊長だからね! どんどん強くなって、私たちを護って貰わなくちゃ!」
「静香ちゃんって、強いのに可愛いよねぇ? ほっぺとか、凄くプニプニしてる……」
これこれ、静香にコナを掛けるんじゃない! 玖子は会話に割って入りながら、パーティの行く末に
そもそも静香だ、この幼馴染のトラブルメーカーが、こっちの世界でもやらかす可能性は大である。転移されたての、あのホームでもヤバかったし。
春樹のトラブルに、首を突っ込みそうになるなんて。
異世界召喚騒ぎまではさすがに責めないけど、せめてもう少し思慮深く行動して欲しい。静香があの春樹を大好きなのは知っているが、自分は大嫌いだと玖子の機嫌は途端に悪くなる。
自分勝手に剣道をやめたり、変な連中とつるみ始めたり。幼馴染を何だと思ってるんだか、あんな馬鹿野郎はくたばってしまえ!
……いや、それはさすがに言い過ぎた、あんな馬鹿でも死なれたら目覚めが悪い。
――などと混乱気味な葛藤を抱える、悩み多き
ようやくの事辿り着いた境地、つまりはスキルのセットP13に、山之内は感慨深い面持ちの様子だった。先ほど、早速セットを弄って本命の《破壊王》の性能を確かめたところ。
どうやらいきなり鎧一式を召喚可能らしく、いかついデザインの装備が目の前に出現して。大剣もセットになっているみたいだが、どちらもあまり実用的なデザインではないっぽい。
これを自分が身に着けて戦う姿を、山之内は全く想像出来なかった。
それでも
彼は思わず、咄嗟に鎧の装着を解除したのだった。
「……これは見込み違いだったかな、どうしよう……。生き延びるためには、結局は《死霊術》に頼るしかないのかな……」
思わず独り
頼りになるそいつ等だったが、今はセットから《死霊術師》と《死活術》を外した為に、極端に繋がりが薄れている状態。反抗こそしないが、スムーズな命令遂行は困難な様子。
セットを弄るのにも、色々と弊害があるみたいだ。
今やメインのこの2つのスキルの再セットまで、敵とやり合うのは御免こうむりたい。そう思いつつ、彼は今居座っている遺跡の小部屋を見渡した。
この周辺の雑魚は、つい先ほど彼のゾンビ軍団で壊滅させたばかり。恐らく危険は無いだろうが、どうも山之内の感覚に微妙に触れて来る、臭いと言うか意識を感じる。
さっきから、それが彼を落ち着かなくさせていた。
「くそっ、思い通りにはいかないな……それにしても何なんだ、さっきから漂って来るこの恨みの念は……?
ひょっとして、近くに死体でも転がってるのか……?」
《死霊術師》の彼には、いつしかそんな超感覚が備わっていた。全然有り難くない能力だが、新しい兵力を補充するのにはまさにうってつけではある。
暫く迷っていた彼だが、とうとう重い腰を上げてその思念の元凶を突き止める事に。スキルを再セットすれば、恐らくはこの思念の糸を辿るのは簡単だろう。
それでもその遺体たちを、彼は案外と楽に発見出来た。
遺体の損傷は激しかったが、山之内はそいつ等の身元を簡単に割り出す事が出来た。それもその筈、連中は彼の通っていた学校の教師だったのだから。
揃って生徒指導という、憎まれ役の役職に就いていたが、それ以上に生徒達には嫌われていた。山之内も同じく、この看守のような性格の連中は大嫌いだった。
そいつ等と、こんな対面を果たすとは人生って分からない。
戸惑いも束の間、彼は脳内でこの死骸の使い道を忙しなく模索し始めていた。今までモンスターの死骸しか使役して来なかったけど、スキル持ちの人間の使役って可能なのか?
それが果たせれば、強力な手駒になってくれるのは間違いないだろう。《死霊術師》も《死活術》もレベル3に到達している現状、それも不可能ではない気もする。
いや、恐らくは可能だろうと
「……先生方、のんびりと死んでいるところ悪いけど、働いて貰うよ……」
――彼は自分のツキに感謝しつつ、死体に向けてそう呟くのだった。
血飛沫をあげて、剛毛に覆われた腕が吹っ飛んだ。それは“勇者”明神の繰り出した、剣技での一撃の為せる業だった。彼はこの数日の探索で、確実に成長していた。
つまりはレベルアップだ、スキル《勇者セット》の恩恵で、彼の成長は他の探索者より格段に早かった。チート染みた能力も、勇者の恩恵と言われればそれまでだが。
成長とは裏腹に、彼らの探索内容は格段に遅かった。
「生徒会長、この敵って変ですよ? 倒した途端に、紙になっていきます!?」
「それって、式神的なアレ……? 今の鬼も、ひょっとして……?」
「気を抜くな、まだ敵が潜んでるぞ!?」
生徒会長とその一行は、急な敵の襲撃に大わらわ。それでも冷静に返り討ちにするその戦闘手腕は、ここ数日で格段に成長していた。
明神をはじめ、《狩人セット》を持つ坂崎と、《雷魔法》を操る柴内がメインの戦闘員ではあるモノの。《聖女セット》を持つ福良木の回復&支援能力も侮れない。
現行6名での探索は、ここ数日で確実に実を結んでいた。
それはつまり、進む距離以外に限っての話ではあるが。幸い、副生徒会長の福良木が《千里眼》と言うスキルを持っているので、進むルート選択に不安は無い。
もっとも、その副会長の我が儘で歩みが遅い訳ではあるが。
現在彼らは、突然の襲撃に遭遇していた。しかもいつもと様子の違う敵、混乱に拍車を掛けるように炎の波が突然に上空から降って来る。
慌てる面々だったが、生徒会書記を務める女生徒、
それだけで、呆気なく炎の雨は一瞬にして消えてしまった。
「
「はいっ、副会長……名前は
あっ、待って……称号があります……2つも!」
聞き慣れない称号と言うワードに、福良木が眉を
体の強くない生徒会書記は、よく貧血で倒れてしまう事があるのだ。今回もそれに似た症状だったが、幸い気を失うまでには至っていなかった様子。
気が付けば、いつの間にか戦闘は終了していた。
先ほどの男も、とっくに姿を
神楽坂の言葉が本当なら、アレも一緒に地下鉄ホームにいた人間と言う事になる。何故襲い掛かって来たかは不明だが、積極的に知り合いになどなりたくはない。
福良木はそう決め込んで、この件は忘れる事に。
「やれやれ、鬼武者まで出て来るとは……物騒な忘れ物をして行ったな、古事だと確か、切り取られた腕を鬼が取り戻しにやって来るんだっけ?」
「現代風のゲーム設定だと、敵のドロップって事になりますよ、生徒会長。取っておけば、どこかで高値で売れるんじゃないですか?」
「そんな不気味なモノは拾わないで頂戴、坂崎君。……それより、称号って何かしら?」
ゲーマーっぽい坂崎に訊ねたところ、色々とゲームにもよるらしいとの注釈の後に。つまりは一定の成績だか戦績をクリアした者に、与えられる二つ名とか呼び名の類いだとの事。
それがスキルの様に能力に直結するかは、これまたゲームによるらしい。ただのオシャレな飾りに過ぎない場合もあるし、能力を底上げしてくれる場合もあるそうな。
それを聞き終わると、福良木は抱え込んだ小柄な書記に視線を送った。
卒倒しそうになる程の称号って、一体なんだろうとの好奇心は確かにある。一方で、聞かないでおいた方が良いかなと言う、確信めいた思いも存在して。
明神が近付いてきて、心配そうに神楽坂を覗き込んでいた。生徒会のマスコット的な神楽坂だが、仕事も良く出来るし居てくれないと困るのも確かだ。
余計な負担は掛けたくない、福良木は心からそう思った。
「――さっき私達を襲って来た男、称号を2つ持ってました……『殺人鬼』と『同族殺し』です、これって確実に人を
――しかも恐らく、大量に」
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