第23話 高利貸と強奪



 制止の言葉を掛ける間もなく、その蛮行は既に行われた後だった。耳に残る、肉体が壁にぶつかって潰れる嫌な音。それを行った怪物に、自分の意思を封じられたまま掴み掛かる水本。

 体格差は、まさに大人と子供……いや、力士に挑みかかるチビッ子園児に似ていた。張り手のように繰り出された潰し技に、水っちはまるで対処出来ず。

 首を変な方向に曲げて、2人目の犠牲者は壊れた人形のように崩れ落ちた。


「――――――っあっ!!!!」


 体が一瞬に熱くなり、俺は恐らく何か叫んだのだろう。喉元に違和感があったが、それ以上に視界が変な色に染まって行くのを他人事のように感じつつ。

 時既に遅しなのを知りつつ、身体は目の前の敵を倒せと行動を起こしていた。ポーチの中の尖り物を、敵の急所目掛けて連続スローイング。

 辛うじて、スキルの《投擲》を発動させる理性は働いていた。


「寺島っ……水っちを引っ張って、斎藤先生の所まで連れて行け! まだ助かる、諦めるな!!」

「わ、分かった……!!」


 オーガの片目が潰れていた、見れば俺の投擲したフォークが突き刺さっている。奴の殺意も、お陰でこちらに向かって来ている様子。

 これで寺島は、ある程度は自由に動ける筈……自分の中の冷静な部分では、水本も尾崎も、完全に致命傷を負っていると判断していたのだけれど。

 我儘な子供のように、それを否定して怒りに変えている自分もいて。


 我ながら、アドレナリンの巡りが凄い事になっている。向かって来るジェット風船のような指の掴み技を、槍でいなしつつ獣のような咆哮を上げて。

 相手の視界を、一部潰してやったのが意外と効いている。元々奴は、スピードの無い、パワー任せの攻撃を得意にしているのだろう。

 あしらうのは難しくないが、こちらの攻撃も致命傷には程遠い。


 怒り任せの攻撃を幾ら叩き込んでも、相手は歯牙にもかけていない様子。それでも苛立ちは募っているようで、時折癇癪かんしゃくのように平手打ちが飛んで来る。

 水っちを潰した技だ、あれを喰らうと一気に戦闘も人生も終わってしまう。時間の経過とともに、俺も少しずつ冷静になって来た。

 このままではジリ貧だ、体力切れと共に俺も殺される可能性が大だ。


 衰弱の呪いも、思ったより遥かにこちらを拘束していた。普段よりずっと動きが悪い、こちらの攻撃が全く効いて無いのも道理だ。

 こちらも身を削らないと、どうも戦局を優位に持って行けない感じ。などと考えるより先に、身体が動いていた。掴み掛かろうと突進して来るオーガの、股の間に飛び込んでのさそり蹴り。

 つまりは足の踵での金的狙いだ、これが上手くヒット!


 急所への攻撃がよほど効いたようで、オーガは前屈みになって悶絶の表情。これでようやく急所を狙える、転がりながら奴の横手へと移動して。

 必殺の《光弾》を、オーガの耳の穴目掛けてブッ放す。


 今度の奇襲は、残念ながら的を外してしまったようだ。しかも逆襲を喰らった、光弾が顔にさく裂した反動で、やつが大暴れし始めたのだ。

 片手で顔を覆い、もう片方の手を乱暴に周囲に向けてぶん回して。そのランダムな動きに、こちらも対応出来ずに思いっ切り被弾して。

 あわや大惨事……いや、軽く数メートル吹き飛んだけど。


 壁に激突した拍子に、思い切り頭も打ったようだ。意識が暗転しそうになるのを、無理やり根性で引き戻して。それよりオーガのぶん回しが被弾した、左腕の状況の方が深刻かも。

 治す時間が欲しいが、今や荒ぶるオーガは完全に皮膚の色を変化させての怒りモード。文字通りの赤鬼が、自分をここまで傷つけた相手を、ひねり潰そうと怒りをにじませている。

 奴の再度の咆哮は、その決意の現れか。


 こちらも黙ってやられる気は無いが、決定打になり得る攻撃力を持たないのは致命的だ。何かないかと周囲を見回し、それからふと、出しっ放しの架空スマホに視線が止まる。

 この中に無いだろうか、スキルを駆使すればこの消耗した身体でも反撃は可能な筈。ただし、こちらの迎撃メインの《罠造》でも、相手を足止めする程度の威力しかなかった。

 せめて、もう少し攻撃力の備わった罠でもあれば……。


 そう思って気が付いた、Lv2のままだと確かにそうだけど、Lv3ならどうだ? 或いは夢の世界から持ち出した《光魔法》のLv3に、この戦況を打開する攻撃呪文がある可能性は?

 どちらを選択するべきか……ポイントは充分に余っているけど、両方上げるには僅かに足りない。《光魔法》は、さっき当てた感じでは少し頼り無い気がする。

 果たしてその1つ上のレベルに、強力な攻撃呪文がある可能性は?


 極めて薄いかな……それなら《罠造》の奇想天外な可能性に賭けた方がマシだ。突進して来る敵を、何とか転がって避けながら、俺はスマホを操作して《罠造》のレベルを3に上げる。

 そのせいか、少しだけ力がみなぎって来た。転がって奴の張り手を避けながら、じっくりと狙いを定める。焦ってしくじったら元も子もない、MPだって有限なのだ。

 そしてまだ見ぬ、MP6消費の罠を発動!!


 それはMP消費2と同じく、トラ挟みの仕掛けだった。ただし、大きさと挟み仕掛けの数が違う。それは三段になっていて、捕獲と同時に破壊も出来るような凶悪な罠だった。

 それで左足を挟まれたオーガは、突然の痛みに絶叫を放つ。ご丁寧に地面に鎖で止められたトラ挟みは、奴の行動を妨げるにもピッタリ役立っていた。

 3つの挟みが食い込んで、相手は完全に自由を奪われている。


 勢いに乗って、今度はMP7消費の罠を作動させてやる。左腕がズキズキと、心臓の鼓動に合わせて痛むが構ってなどいられない。

 集中してターゲットを指定、それから起動だ。


 次の瞬間、信じられない事が起こった。オーガの頭上から、大きな金属製のタライが落ちて来たのだ。まるで大昔のコントのような、間の抜けたビックリ罠の如く。

 ただし、それが頭にぶつかった時の音は、やや硬質な響きを携えていて。どうやら水入りだった様子、それがひっくり返った途端に、怪物の身体を濡らして行く。

 いや……この臭いは、油か何か?


 そう思った瞬間、盛大に撒かれた油に火が付いた。この着火の仕掛けを含めての、どうやら罠だったみたい。再び絶叫を上げるオーガ、火を消そうと必死にのたうち回っているけど。

 この炎の勢いは、そう簡単に消せないのではなかろうか。自分でやっておいてアレだが、ちょっと引くほどの仕打ちの罠である。

 さすがMP消費7の威力、状況を打開するのに充分な威力。


 ようやくこちらも回復する暇が出来た、それから文芸部の2人の様子を確認しに行かないと……足取りは重いが、それは戦闘の疲労だけでは無いのだろう。

 これから知る真実、これが嫌で堪らない。




「寺島……2人の具合は……?」

「……皆轟君……」


 ただ首を横に振る寺島と、俯いたまま治療魔法を諦めている斎藤先生。水っちとオザキンの未来は確定されてしまった、もう後戻りは出来ない。

 2人の死体は、損傷が激しくて見るに堪えなかったのだろう。部長がしてくれたのか、制服の上着が丁寧に掛けられていた。

 俺はそれをまくろうとして、結局は途中で止めてしまった。


 やらなければならない事は、山盛りに控えていた。2人の死体の処理をどうするか、そしてその原因となった教師たちの処罰を誰が行うか?

 斎藤先生は、涙で腫れた目で動こうともしなかった。南野も細木も、暗く沈んだ表情で現実を受け止め切れていない様子。寺島と部長も同じく、同級生の死にショックを隠し切れていないのは傍目にも明らか。

 それも当然か、多分俺の方がおかしいのだろう。


 元々、ここにいる皆は、教師に対して文句を言える性格では無いしな。仮に文句を言っても、2人の死がリセットされる訳でも無い、自己満足の無意味な行為だ。

 だからどうした、命を粗末にした馬鹿者を追及して何が悪い?


「押野先生、仁科先生……水本と尾崎の死亡が確認されました。あんたたちの身勝手な行為が招いたんだ、せめて遺体に詫びろ」

「……奴らの死は、俺たちには関係ない」

「そんな言い訳が通用するか、証拠がボッケからはみ出てるぜ?」


 俺の指摘で、慌ててポケットからはみ出している金の延べ棒を隠そうとする押野。往生際の悪い奴らだ、自分達のしでかした事さえ認められないのか?

 それどころか責任転嫁、どうも俺がさっさとあの怪物を倒さなかったのが悪いらしい。生徒に責任擦り付けて、恥ずかしくないのかと問うたところ。

 それが目上に対する態度かと、一喝された。


「目上なら、生徒を無理やり戦わせて、挙句の果てに殺しても許されると? 自分たちの欲望で招いた事態でしょ、せめて責任くらいは感じろよ!

 目上を自称するなら、せめて責任ある行動を示せ!」

「やれやれ、教育的指導が足りなかったようだな……モノのついでだ、儂の《強奪》の試し打ちに付き合えや、皆轟!!」


 その途端、外部からの妙な圧迫感と共に金縛りに襲われた。気圧が急に変わったような、それから無理やり意識を搔き回されるような感覚が襲って来て。

 なるほど、これが《強奪》か……嶋岡部長に用心しろと忠告されたけど、そもそも俺は盗られて嘆くような特別なスキルなど初めから持ってない。

 押野も気の毒だな、それで強くなれると思っているのなら。


 結局奴は、俺から《光魔法Lv2》を盗んで行ったようだ。1つだけなのは、MP消費が思ったより大きいのか、何らかの抑制が課せられているのか。

 しかし、だからどうしたって話だ。俺は金縛りが解けると、嫌がらせに奴のジャージのポケットを銀の槍の穂先で切り裂いてやった。そこら中に散らばる、宝石や金の延べ棒の数々。

 途端に顔を真っ赤に染める、泥棒教師。


「盗人のやり方は、本当に浅ましいよな……それで教師を名乗って、恥ずかしくないのか? どっちにしても、アンタらとはもう決別だ。

 これからは庇護してやらないし、ついて来るようなら排除する」

「この罰当たりがっ……!!」


 斬りかかって来たのは、《剣術》を持つ仁科だった。殺意は乗ってるが、スキルの効果は言う程には見られない太刀筋である。楽々かわして、正当防衛だと反撃する。

 《罠造》でのトラ挟みで、足を挟まれて絶叫する仁科。押野はそれを見て、《光弾》をこちらに向けて撃ち込んで来た。慌てて顔をガード、腹に着弾したが、それだけだ。

 一撃でノックアウトする威力は、この魔法には元々備わっていない。


 俺が、死霊やゴーストだったら別だけど。なおも顔を真っ赤にしている押野は、完全に当てが外れたと言った表情。戦闘経験不足なんだよ、スキルの使用に慣れてないからだ。

 ここまでの怠け癖がたたった訳だ、俺をにらんでもそちらの自業自得なので仕方が無い。これも“貸し”だと宣言すると、セットから外していた《高利貸》が何故か反応した。

 勝手にセットに入り込んで、その存在を主張し始める。


 さっきの《強奪》と《光弾》でMPが尽きたのか、今度は殴り掛かって来る押野。その威力はさっき喰らって知ってるので、丁寧にトラ挟みで捕獲させて貰う。

 しかも仁科のと違って、MP消費6のゴージャスな奴だ。さぞかし嬉しいのか、絶叫も俺の耳に心地よい響き具合だ。殺されそうになってまで反撃しないとか、先生と生徒の関係を過信し過ぎだろう。

 もともと尊敬に値しない連中だ、こっちだって容赦しないよ。


 田沼はとことん大人しいので無視、持ってる宝物を現実に持ち帰れたら僥倖ぎょうこうだな。祈ってはやらないけど、まぁ邪魔はしないから頑張れ。

 こちらが与えた怪我については、押野が俺から盗んだ《光魔法Lv2》があるので平気だろう。……そうそう、最後にスキル欄からうるさくせっつく、《高利貸》の出番を与えてやろう。

 何だっけな、一言呟けばいいんだっけ?


「そうだ、今までの“貸し”だけは、きっちり返して貰うぞ?」


 その瞬間、今度は奴らが金縛りにあったように、完全に動きを止めてしまった。いや、何か内側を掻き回されているように、小刻みに震えている様子。

 《高利貸》を使うのは、実はマミーもどき戦を含めて2度目である。どんな効果が現れるのか、かなり不安で予測も難しいのだけれど。

 次の瞬間、一斉に地面に倒れ込む男性教師陣。


 逆にこちらに、次々に獲得したポイントやスキルが、ずらっと表示されて行った。うわっ、これは……《強奪》もいい加減怖いスキルだと思ってたけど、この《高利貸》スキルの威力も酷いな。

 恐らくは、連中が最初から持っていたスキルなのだろう。それを合計4つ、巻き上げてしまった。利息分なのかな……ってか、さっき盗られた《光魔法Lv2》も戻って来てるよ。

 残念、治療に関しては自然治癒でお願いしたい。


 奪ったポイントだが、CPやSPがたんまりと、恐らくは3人分……随分と貸しが貯まっていたようだ、それとも高利子であくどい程に巻き上げたのか?

 事実は分からないが、とにかくもう奴らに用は無い。これ以上顔を向き合わせても、恐らくは本気で殺し合いにしかならないだろう。

 もっとも奴らには、既に俺に対する恐怖心は植え付けておいたけど。



 俺が仲間の元に戻って来た時点でも、事態は一向にはかどっていなかった。皆が沈痛な表情で、その場にうずくまったままの姿勢で、仲間の死をいたんでいる。

 俺も一瞬、その仲間に加わってやろうかと本気で考えたけど。この場に再びオーガが出現して、仲間を守り切れるかと問われれば、全く自信は無い。

 そんな訳で、皆を促して移動の準備をして貰う。


「……皆轟君、彼らの遺体は……」

「可哀想だけど、連れて行く訳にも行かないな。マネキンが無事だったら、もっと良い場所に運ぶくらいは出来たかも知れないけど。

 ……せめて形見分けに、何か貰っておこう」


 嶋岡部長と相談して、俺たちは彼らの制服のネクタイを1本ずつ持って行く事にした。ウチの高校の指定ネクタイは、裏に刺繍で持ち主の名前が刻まれているのだ。

 それ以上は、どう頑張っても無理だった。死体を担いで目的地も分からず、モンスターが出現するダンジョンをうろつくのは無謀を通り越して自殺行為だ。

 食料や着替えの詰まった、荷物を廃棄するなら別だけど。


 そんな提案など出来る筈もなく、皆から反対の意見も出なかったので。最後には皆で、短く別れの言葉をそれぞれ呟いて、この小部屋を後にして。

 生徒指導の教師たちにも、せめて最後に謝罪をさせたかったけど。不用意に言葉を掛けると、今度こそ殺し合いに発展しかねない。

 そこは諦めて、さっさと危険区域を脱出しよう。


 この先が安全と言う保障は、全くどこにも無いんだけどね。立ち止まる言い訳は幾らでもあるけど、進まない事には何も始まらないのも事実。

 問題の鉄格子は、外れの反対を引くと呆気なく上にスライドしてくれた。ようやくの事得た出口、それを生き残った仲間で通過して行く。

 足取りは重いが、決して誰も振り向く事無く。





 ――それは今後、自分の身に降りかかる悲劇かも知れないのだから。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る