第30話 弓様ゲーム

 第二試合の相手は『静岡共立大学ウワノソラーズ』で、ユニフォームの色味がお互いに青で、悪の帝国感のある黒いアンダーウェアという格好まで類似していた。


 鎌倉アルティメット・ガールズが白の第二ユニフォームで臨むこととなったが、着替える際、汗をたっぷり吸った第一ユニフォームが鉛のように重く感じられた。


 試合前に小一時間ほど休んだが、疲れは抜け切るはずもなく、開始四分で先制点を奪われ、その三分後に二点目を失う苦しい立ち上がりだった。序盤は魔力充電中とばかりに、あれほどフィーバーしていたつばめは鳴りを潜め、ほとんど存在感が消えていた。


 ミシェルも麻乃も相当へばっていて、元気なのはお姉ちゃんとモッティーのレシーバー陣という状況だったから、弓様の一撃必殺の超ロングシュートを軸に攻め立てた。


 弓様の正確無比なスローがウワノソラーズを襲い、お姉ちゃんがハイジャンプでもぎ取る。


 お姉ちゃんは疲労するが、他のメンバーは足を休めることが出来る。得点が決まるたびに、心の中で「ありがとうごぜえますだ」と念じながら、弓様とお姉ちゃんを拝んだ。


 前の試合では、お姉ちゃんに頼ってばかりでは駄目だと思ったけれど、あっさり撤回。


 頼りになる絶対的な存在に頼って、なにが悪い。


 ここならば確実に勝てる、という強みストロングポイントがあれば、遠慮なく使うべきだ。


 試合開始からおよそ四十分が経ち、5対3とリードを奪った。


 戦略もなにもなく、超ロングシュートばかりを連発していたら、さすがに対応された。


 ロングスローの射手にパスを渡さぬようゾーンディフェンスで守られ、弓様の周囲をガッチリと固められた。これまでの攻め手を封じられ、なかなか点が奪えない。


 第一試合に続いて四十五分では決着がつかず、またもタイムキャップが発生した。


 決勝点は7点となる。


 四十七分に失点し、5対4と一点差に追いつかれた。


 前戦と似たような展開だったが、しかし今回はつばめが覚醒しない。


「いつまで魔力充電してんだよ」

「んーーー、不明」


 アリサの苛立たしげな言葉にも、柳に風だった。


 ムラッ気のつばめを押し出すのは諦め、手堅く進むことにした。敵陣深くにポジショニングしているお姉ちゃんに中盤まで下りてきてもらい、パスの中継地点となってもらう。


 しかし、その先が手詰まりで、どうにも前へ進めない。横移動と後退を繰り返すだけだった。


 サイドシューターの弓様にもきっちりマークがついていて、中盤に人が寄り集まり、団子のようになっていた。アリサが後退しながらパスを受けると、麻乃がするすると無人のエンドゾーン目指して走っていくのが見えた。その動きに釣られ、中盤のマーカーの注意が向いた。


「サンキュー、麻乃!」


 麻乃に引きずられ、密集していたディフェンスにぽっかりと空間スペースができた。


 そこにミシェルが走り込み、ようやく前進できた。あとはショットガンのように雪崩れ込み、ミシェルからアリサ、再びミシェルと繋ぎ、最後はモッティーが飛び込み、得点した。パスもキャッチもしていないけれど、鉄壁に風穴を開けたのは、麻乃の的確なランニングだった。


「麻乃、イエェーーーー!!!」


 殊勲の麻乃を取り囲んで、くいっと眼鏡を持ち上げるセレブレーションをした。存在は地味だが、麻乃の戦術眼は抜群だ。魔力充電中のつばめなんかより、よほど頼りになる。


「あたしの指示通りだ。よくやったぞ、麻乃」

「つばめは何にもしてないじゃん」

「ふははっ、バカめ。ちゃんとマーカーを釘付けにしていただろう」


 つばめが偉そうにふんぞり返っているが、貴様は何かしたか?

 走るのをサボって、ぼーっと突っ立っていただけだろう。


「点取ったの、私なんですけど」


 得点者のモッティーは祝ってもらえず、不満げにぷくっと頬を膨らませた。


「ごめんごめん。モッティー、サンキュー」


 アリサはモッティーの肩を揉み揉みすると、日頃からモッティーを恐れているミシェルが、ちょんと腰に触れた。


 腰が痛いのに頑張ってくれてありがとう、という意味なのだろうか。


 だとしたら可愛げがあるが、モッティーの雷が落ちるのが怖いのか、軽くタッチしてからすぐにぴゅーーーっと走って逃げた。弓様がスローオフをする間、モッティーから最も遠ざかった場所に位置するところが臆病な小動物のようで、いちいち可愛い。


 試合中に和んでばかりもいられないので、弓様のスロー後はすっかり気分を入れ替えた。


 疲れた足に鞭を打ち、相手ハンドラーにプレッシャーをかける。中盤でディスクを回され、なかなか奪えなかったが、執拗に追い回し続けると、ウワノソラーズがキャッチミスをした。


 攻守交替となり、アリサがディスクを保持した。


 6対4と決勝点にリーチの状態で、攻め急ぐ場面ではない。


 なるべくじっくり攻めようと思ったが、エンドゾーン中央に位置したお姉ちゃんが高々と手を上げた。


 それは、「ここに投げてこい」という合図だった。


 ちまちま攻めても体力を消耗するだけだから、一気に決めようという腹積もりなのだろう。


「了解っ!」


 アリサはお姉ちゃんへ直接投げるふりをして、溜めを作る。背後にある広大なスペースへ、弓様を後退させ、そこから一撃必殺の超ロングシュートを狙わせた。


 弓様がディスクを構えると、アルティメットフィールドは弓道場に早変わりする。


 引き絞られた弓から放たれた矢が、誰よりも高く飛んだ的を正確に射抜いた。


 決勝点をアシストした弓様を祝っている間中ずっと、白いユニフォームが弓道着のように見えて仕方がなかった。


 第二試合はまさしく弓様に始まり、弓様に終わったゲームだった。

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