「……『アジノモト』?何だそりゃ?」

柚鼓ユズ

第1話 小瓶に入った白い粉

「……何だそりゃ?新手の呪文か何かかい?」

 そう言って、職場である酒場の先輩にあたる年配のホビットが小馬鹿にしたように笑う。


「それで?そんな素性も知れない、異世界から来たとか言っている奴の口車に乗って、なけなしの金で買った酒と引き換えに、そんな怪しい粉を交換しちまったってのかい?まったく、人が良いのも考え物だねぇ」

 苦笑しながらオーナーのエルフの姐さんも笑う。


「いや……確かにさ、会った時から既に結構酔っ払っているような感じは伝わってきたさ。……でもさ、何かこう……酔っ払っているくせに、妙な説得力と雰囲気が伝わってきたんだよ」

 そう言って説明するも、皆笑って自分を馬鹿にする。


『ふむふむ、貴方も料理人で、料理が好き?美味しいものを手軽に作りたい?でも何かひと味足りないし、出汁をとるのや味付けが面倒?なら、これを使いましょう!これを使えば、大体は何とかなります!』


 男に言われた言葉を思い出す。勿論、会ったばかりでそう言う男の言葉には、根拠も無ければ信用もない。

 ……だが、ほろ酔いでそう話す見慣れない姿をした、異世界から来たと言う男の言葉に、何故か自分は不思議と引き込まれてしまったのだ。


「なんだろうなぁ……でも酔っているのに、言葉に説得力があったんだよなぁ……」

 散々皆に笑われながらも、手のひらにある赤い蓋がされた小瓶を見つめる。


「まぁまぁ。せっかくだから試してみておくれよ。その『魔法の粉』って奴をさ」

 そう言われて今日の賄いの任を任された。


「えぇと……ワイバーンの肉が沢山あるし、ストックが白菜にニンジンにネギに生姜……よし、こいつを使って試してみるか」

 鶏肉より若干癖の強いワイバーンの肉が大量にあるので、肉をすり身にし、軟骨まで細かく叩き、ネギや生姜を刻む。生姜は煮汁にも入れるため、同時にすりおろしたものも用意する。

 刻んだそれらを片栗粉と味噌と混ぜ合わせ、つみれの肉団子にしていく。


「よし、こんなもんか。そこに塩と一緒にコイツを……っと」

 そこに男に渡された白い粉を、適量混ぜ合わせていく。

 醤油と酒、塩と生姜に加えて同じくそこにも白い粉を合わせ、鍋で煮立てていく。肉団子が煮えた辺りでニンジンに白菜、ネギを適当に切り分けて鍋に加えて更に煮る。ひと煮立ちしたら完成だ。


「お待たせ……『ワイバーンの肉団子入り鍋』だよ」

 賄いが出来るのを興味津々で待っていた面々は、鍋を見つめて怪訝そうな顔をする。気にせずに面々の前にある皿に、鍋の具を盛り付けていく。


「うん……見た目は普通の鍋だな。てっきり、あれを使った瞬間、火柱でも上がるかと思ったんだが」

「いや、本当に普通の白い粉だったよ。ほら、見た目だって塩や砂糖とあまり変わらないだろ?」

 しげしげと鍋を眺めるドワーフの旦那の質問に、赤い蓋がされた、例の粉が入った瓶をふりふりと振りながら見せる。


「鍋か……嫌いじゃないんだけど、アタシはちょっとあの出汁の独特の磯感の匂いが苦手なんだけどね。美味しいんだけど、鰹節や昆布の匂いがあんまり強すぎちゃうとちょっとね……」

 そう言いながら、エルフの姐さんが恐る恐る肉団子と汁を口にする。


「……あれ?磯感の強い香りがしない。……けど、美味しい!美味しいよ、これ!」

「おいおい、本当かよ?どれどれ……うん!美味ぇ!でも、何でだ?出汁を取っている様子も時間もなかったのに、何でこんなにうま味が出てるんだ?」

 めいめいに驚きながらも、皆どんどん鍋の具を次々と口に運ぶ。


「はい。ワカメと卵が余っていたから、こっちもその粉をメインで味付けした卵スープもおまけで作ったよ。あと、さっきの粉と塩だけで握った握り飯もあるから、こちらも良ければ」

 言うが早いか、瞬く間に自分の作った賄いは三人の胃袋に消えていった。


「……いや、驚いた。本当にどれも、ろくに出汁を取らずにあの粉を入れたり、使っただけなのに、あの味を出せたって言うんだな?」

「うん。味見して驚いたけど、本当に出汁をほとんど使わなくてもあれだけで旨味が出るし、普段使っている調味料に足しただけであの味になったんだ」

 そう話す自分に、三人が感嘆する。


「……いやぁ、たまげた。お前さん、凄いもん手に入れたな。こりゃあ、酒と引き換えにした甲斐があったってぇもんだな」

「そうだね。向こうは『異世界に転生したなら、まずは酒を飲まなきゃ始まりません!』って、自分と交換した酒を片手に、この近くにある一番酒が豊富に揃っている街の場所を聞いてたから、きっと今頃そっちに向かっているんだろうなぁ」


 そういう自分に、エルフの姐さんが苦笑しながら言う。

「見知らぬ世界に来て早々、焦りもせずにまずは酒、っていうのが面白いねぇ。アンタ、その人の名前ぐらい聞いておけば良かったのに」


「いや。一応聞いたんだよ。確か……『リュジ』だか『リユージ』だったか、そんな名前だったかな……」


 ひとりのほろ酔い料理人の手により、異世界に『味の素』という調味料が伝わった瞬間であった。


 その男の手によって、『異世界バズレシピ』なる料理本の書物が記されるのは、また別のお話。

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