好きすぎる男

椰子草 奈那史

好きすぎる男

そのスーツ姿の男は緊張した面持ちで私の前に座っている。


「……君かね、娘と付き合っている男というのは」

「はいっ、遥菜さんとは真剣にお付き合いさせていただいております!」

「それで、今日は私になにか話があるそうだが?」


男は一度俯いた後、意を決したように口を開いた。


「はい、お父さん! 実は、私達の、私達の……私、達の」


急に滑舌が悪くなった男の視線がテーブルの一点を見つめる。


「どうかしたのかね?」

「いえっ、そこにあるお菓子がどうしても気になってしまって」

「この流れで!? 君の話とはお菓子に気を取られる程度のものなのかね?」

「ち、違います! ちょっと気持ちが先走ってしまいまして」

「まあ、気持ちはわからなくもないが。じゃあこちらから聞こう。きっかけは何だったんだね?」

「はいっ、それは正に一目惚れというものでした。あまりに興奮した私は思わずその場で剥いて美味しく頂いてしまったのです」

「父親の前でする話じゃないな!?」

「あ、お菓子の話です」

「いやお菓子の事はいいから。そんな事が聞きたいわけじゃないんだよ私は。こんなところに惹かれましたとか、なんかあるだろう」

「もちろんです! あの柔らかい膨らみを押し広げ、露わになった中のしっとりした部分に舌を這わせそこから溢れ出す甘い蜜をすする、あの瞬間は無上の悦びです」

「生々しいなおい! 父親に対する拷問だよ!」

「あ、お菓子の話です」

「だからお菓子のことはいいから!」

「で、でも私がどの位お菓子のことを愛しているかをお伝えしたいんですっ」

「お菓子のことはいいから! 話が進まないから! そもそもさっきからお菓子の事ばかりで娘の話がこれっぽっちも出てこないじゃないか」

「そんな事はありません! 遥菜さんのことはお菓子と同じくらい愛しています!」

「そこ同列なのはおかしいだろ!?」

「僕には、僕にはどちらかなんて選べません!」

「選べよ!」


男は立ち上がると荒い呼吸のままネクタイを緩めた。


「はぁ、はあ、どうしても……どうしても私の事を認めて頂けないというのなら、いっそひと思いに私はそのお菓子を残らず食べます!」

「いや、今完全にお菓子の方に舵切ったよな」

「はぁ、はぁ、ああ、もう我慢できない! 僕は、僕はっ」


男は血走った目を見開いてじりじりと迫ってくる。


「やめろ、見るな! そんな目でお菓子を見るな!」

「もう僕の口の中では赤く尖ったものがギンギンに昂って収まりがつかないんです!」

「とまれ! それ以上お菓子に近づくんじゃない!」

「はぁ、はぁ、お父さん、クリームが飛び散るかもしれないですから後ろに下がってください。お菓子だってお父さんにそんな姿は見られたくないはずです」

「待て! 君はまだ若い。今ならまだ遅くはないから考え直すんだ」

「お父さん……こうなってしまった以上は、もう止まれないんですよ」


男は狂気の中に哀切がない交ぜになったような笑みを浮かべた。


「くっ……わかった、私の負けだ。お菓子を食べるといい」

「え? 本当に、いいんですか!?」

「お菓子を食べて満足すれば、君も落ち着いて話が出来るだろう。娘のことはその後だ」

「ありがとうございます、それでは……あっ!」


お菓子を手にした男が我に返ったように私に向かい直った。


「どうかしたかね?」

「私としたことが、お菓子にとらわれ過ぎてとんだ不義理を働くところでした」

「そうだな。『いただきます』を言うのは人として大事なことだ」

「はいっ、では改めていただきます!」


男は恍惚の表情を浮かべながらお菓子を頬ばった。


「お父さん、美味しいです!」

「そうか、それはよかったな」

「あ、あと一つ言い忘れてたんですが、遥菜さんを僕にください」

「ここでなの!?」


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好きすぎる男 椰子草 奈那史 @yashikusa

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