マロン危機一髪!?
紗織《さおり》
マロン危機一髪!?
「さあてと、そろそろ夕食の支度でも始めようかな。」
いつものように夕方の買い物を終えた私は、キッチンまで来ると、まな板を出して夕食の準備を始めようとしていた。
そして私がキッチンに入ると、下準備をしている途中に貰える野菜を目当てに、さっきまで昼寝をしていたマロンも、足元に尻尾を振りながら近寄って来ていた。
マロンは、我が家に生後二カ月の時にやってきた雄のトイ・プードルである。
普段の食事は固形のドック・フードだが、野菜や果物等の人間が食べている食事の方が大好きで、何か機会があればいつでもご相伴にあやかろうとしている。
「あらあら、マロン。相変わらず勘が鋭いわね。さっきまでリビングの私の隣で、ぐっすり眠っていたのに。」
足元に来たマロンの頭を軽く撫でながら、笑顔で私は言った。
「じゃあ夕食の準備をしている途中に、いつも通りちょっとだけお裾分けしてあげるからね。
今日のメニューは、昨日半分残しておいた豚肉を使って、豚汁を作るんだよ。
さっきゴボウとシメジとコンニャクを買ってきたから、後は家にあるネギと人参と油揚げも加えて作るからね。
だから今日マロンが食べられるお野菜は、ズバリ人参さんだよ。」
言葉を理解しているのかいないのかは不明なのだが、私が笑顔で話し掛けると、それに負けない位のご機嫌さで、いつも尻尾をフリフリ振りながら、マロンは嬉しそうに私の事を見上げてくれる。
「冷蔵庫の中に、確か油揚げも残っていたはずなんだよね。
あった、あった。あれ?ちょっと端っこが乾燥して固くなってきているじゃない…。
賞味期限はまだ大丈夫だったかしら?」
数日前にお徳用の5枚入りの油揚げを買っていたが、まだ2枚残してあった。
今日こそは使おうと冷蔵庫から引っ張り出してきた私は、少し端がパリパリになった油揚げの姿を発見した。
しかし、再び買い物に行くのも面倒だったし、煮込んで使うには十分大丈夫そうな状態だった。でも、反射的にやはり日付をちゃんと確認していた。
「2月25日か。今日は、2月24日だから…。
よし、まだ大丈夫。」
日付にも後押しされ、油揚げがそのまま使用される事が決定した瞬間であった。
「!!!
2月24日って…
まずい!すっかり忘れていた!マロンごめ~~~ん!!」
私は足元にいるマロンを慌てて抱っこすると、
「お誕生日おめでとう、マロン!!
今日でもう十歳になったんだね!」
飛び切りの優しい声で言うと、マロンをギュッと抱きしめて、彼とほっぺをスリスリと合わせた。
「それじゃあ、今晩はマロンのお誕生日祝いをしないとだね。」
私はマロンを下ろすと、再び冷蔵庫の扉を開けて中を確認した。
「うそぉ、卵があと3個しか残っていないじゃない…。
それにやっぱり鶏肉のささみも入って無いか…。
あ~、本当にもう…。
どうしてこんな大事な日の事をド忘れしちゃっていたのかしら。
マロン、申し訳ないけれど、ちょっとだけお留守番していてね。
お母さん、もう一回買い物に行ってくるから。」
私はマスクを付けると、ハンドバックを手に持ち、さっき買い物に行ったばかりのスーパーへと足早に向かったのであった。
「ただいま~。
マロンいつもお迎えありがとう。」
私は玄関まで嬉しそうに出迎えてくれたマロンに挨拶をすると、そのままキッチンへと向かった。
「卵とささみの他には、バナナとプルーベリー、生クリーム、それから三つ葉も買ってきちゃった。
マロンちゃんの年一回のお誕生日の夕食は、完全手作りメニューって毎年決まっているんだもんね。
ちゃんとスペシャルメニューに変更したから、安心して待っていてね。」
足元に置いた買い物袋の隣には、私と一緒にキッチンまで付いて来ていたマロンが座っていた。
彼に話し掛けながら、手洗いとうがいを終えると、私は早速マロンの夕食作りを開始した。
「バナナシフォンから始めるね。
バナナ2本分を軽く潰して、レモン汁を入れたら、レンジで1分。このひと手間がバナナを黒く変色させないのよね。」
さて、お菓子作りはスピードが命。ここからの私は無言で一気に進め始めた。
レンジ後の柔らかくなったバナナをスプーンの裏で潰して置いておく。
次に、薄力粉100gを振るいにかけて、これも置いておく。
砂糖は少なめ30g、サラダ油も少なめ30ccを計量して置いておく。
卵5個は、卵黄と卵白に分けて、それぞれ別々のボールに入れておく。
「これで下準備完了。さぁ、作るわよ。」
卵黄を白くもったりするまでしっかり泡立てる。
砂糖は2回に分けて、バナナは全体に散らすように、油は様子を見ながら何回かで入れていく。もちろんそれぞれの材料を入れる間もしっかり泡立てる。
ここで一旦、ハンドミキサーの先を綺麗に洗ってから、オーブンの予熱を170℃でスタート。
次にもう一つのボールの卵白を角がしっかり立つまで泡立てる。
その半分を最初のボールに投入。
次に薄力粉を3回に分けて玉にならないように混ぜ込んだら、残りの卵白も投入。
「よしっ、フワッフワの生地が出来た。上手くいきそうな予感。」
18cmのシフォン型に流し込んで表面を滑らかに整えて焼く準備完了。
「ピピ、ピピ、ピピッ!」
「おっ、オーブン君、タイミングいいねぇ。
じゃあ、焼きますか。
おっと、一緒にささみのホイール包みも脇にいれておかないとね。それにしても、ハンドミキサーがあればこその早さだよね。いつも本当にありがとうね。
それじゃあ、焼き上がるまでの35分で残りの料理も全部終わらせちゃいましょう。」
私は、マロンの料理の大半の準備を終えると、次に家族(人間用)のご飯の準備に入った。
今日二度の買い物に行ったことで、随分時間をロスしてしまったので、ゆっくり煮込むのが美味しい豚汁は、残念ながら中止することにした。
でも安心して下さい。今日中に使うのがマストの油揚げは、切り干し大根でちゃんと使い切りますよ。実は先程から、密かに切り干し大根を水で戻してあるんです。
「そうそう人参も入れないと。
おいで、マロン。さっき約束した人参ちゃんをあげますよぉ。」
ケーキ作りをしている間に、全く相手をしなくなった私に退屈したのか、リビングに戻ってしまったマロンに声をかけると、また嬉しそうに近くまで歩いて来てくれた。
一口サイズに切った人参を何個かマロンのエサ皿に入れて差し出した。
彼は嬉しそうにそれを食べていた。
そして、残りの人参と少量のジャガイモを、一緒に小鍋で茹で始めた。ちなみにこれは、マロンのトッピング用の野菜である。
同時進行として、その小鍋の横では、しっかり絞った切り干し大根と人参をごま油で炒め始めている。
「ピピピピピッ!」
小鍋の茹で時間が5分経ったことを知らせるタイマーが鳴った。
「あら、もうそんな時間。」
小鍋を持って、流しに置いたザルで水切りをすると、そのまま冷ましておいた。
次に、炒めていた切り干し大根と人参に油揚げと乾燥わかめ、適量の切り干し大根の戻し汁、出汁、しょうゆ、砂糖、塩、みりんを加えると、煮汁が沸騰するまで強火で、その後は弱火に変えて、煮汁が少なくなるまで煮詰め始めた。
最後はメイン。時間的にも準備が早い丼ぶりに決定です。
お肉は、やっぱり先に買った豚肉から使いたいので、開化丼に決定です。
お鍋に豚肉、玉ねぎ、しめじ、出汁、みりん、しょうゆ、砂糖、塩、水を入れたら、火をつける。
「あっ、今日は豚肉だから、生姜を臭み消しで入れておかないとだった。」
私は、生姜も加えてから開化丼の具材を煮込み始めた。
「チーーーン!」
ここで、先程から背後で良い香りを漂わせ始めていたオーブンが、ケーキ完成の合図を鳴らした。
「ありゃりゃ、残念。ケーキが出来上がる前に夕食の準備を終わらせるのに、失敗しちゃったみたいね。
まぁ、あとちょっとだから、頑張ろうっと。」
私は、目標の時間内に料理が終わらなかったことに少々気落ちしてしまった。
その後、良い感じに煮えてきた具材に、溶き卵と三つ葉を加えてひと煮たちさせたら、開化丼も無事完成です。
リビングで、今か今かと家族の帰宅を待つマロンと私。
一人、また一人と帰宅してくる家族に、マロンの誕生日をちゃんと覚えていたかの確認をしながら出迎えてみると、意外や意外、夕方まで気が付かなかったのんびり屋さんは、私一人だけであった…。
私は、ちゃんとマロンの誕生日に気が付いて準備したと楽しく話す予定だったのに、いつの間にかギリギリまでマロンの誕生日を忘れていた薄情者とからかわれてしまっていた。
食卓には、開化丼と切り干し大根、デザートが並べられていた。
このデザートは、もちろんマロン用のシフォンケーキの余り(大きさからすると、マロンが余りのような気もするのだけれど…)で作られている。人間用のケーキの上には、8分立てにした生クリームがかけられ、ブルーベリーもトッピングされていた。
そして…
マロンは、シフォンケーキの上にほぐしたささみと茹で野菜をトッピングした豪華ディナーをお誕生日ソングと共に差し出されたのであった。
この曲を聞くだけで、彼は口から舌とよだれを出し、シッポをちぎれんばかりに振って大喜びをしてくれる。
「お誕生日おめでとう、マロン!!!」
家族全員で、マロン十歳のお誕生日のお祝いをした。
でもね、知っていますか?
実はマロンは、家族の誕生日ケーキと共この歌が歌われても、同じ位喜んでしまって、その度にすんごくがっかりしちゃってもいるんですよ。
マロン危機一髪!? 紗織《さおり》 @SaoriH
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