piece 1. オーダーケーキのLizette

 店内はカフェというよりも小さな教会のようだった。

 外から見た印象よりも天井が高く、入って正面のロフトが座席になっている。後ろにはシャープなデザインの大きな窓があり、壁にも窓が多くて光がたっぷりと差し込んでいる。これなら電球が小さいのも頷ける。

 フロアは視界を遮る壁の無いホールになっていて、座席は壁際にテーブル席が六個点在しているシンプルなレイアウトだ。シャンデリアや装飾に派手さはないが上品で、まるで物語に出て来るお城のように感じられた。

 しかし目を惹くのは中央に聳え立つ巨大な柱だった。それはショーケースになっていて、ぎっしりとケーキが並んでいる。一つとして同じケーキは無く、これがオーダーケーキなのだろう。まさしくケーキの美術館で、間違いなく人気店だろう。


 圧倒的なケーキ達に見惚れていると、すいっと一人の青年が近づいて来た。

 黒髪に黒い目、黒いシャツに深いブラウンのタイ、黒いロングエプロンをしている。まるでブラックコーヒーのように黒尽くめな姿には異様さを感じたが、生クリームのように白い店内にはフィットしている。何よりその端正な顔立ちはこの店のために作られた芸術品のように見えた。


 「お座席にご案内します」

 「え?あ、ええと……」


 青年は深くお辞儀をし、まるで令嬢をダンスに誘うかのように手を差し伸べてきた。おそらくこの手を取れといっているのだろうけれど、とてもカフェ店員のやる事ではない。

 しかしお姫様の様に扱われるのは悪い気はしない。葵はそっとその手を取ると流れるように座席へとエスコートされた。


 席に座り店内を見渡したが、不思議な事に客が全くいない。

 たとえ味がいまいちだったとしても、この空間にいるだけでも価値があるだろう。行列になっていてもおかしく無さそうなのに、いるのは先ほどの身体を曲げている女性一人だけだ。貴重な客なのかもしれないが、あまりにもくたびれた姿はこの美しい店の品位を下げているように感じざるを得ない。

 女性客が視界に入らない座席がよかったなと思っていると、先程の少女が姿を現した。しかしその姿はくたびれた女性客と同じくらいの衝撃を与えた。

 パティシエ服のようではあるのだが、翻る短いスカートのドレスはオーダーケーキのように豪華で美しい。身体のラインが分かるデザインだがいやらしさはなく、彫像のような完成度だ。豪華な装飾で飾られているけれど華美ではなく、ミルクのようなドレスにミルクティの髪は高級なスイーツセットのようだった。

 しかし一番異様なのは少女が手に持っている杖だった。デザインはティースプーンのようだったが、何しろ杖なので大きさはティースプーンではない。

 物語から出て来た王女のような姿はどうみても異様だったが、物語のような店内にはよくなじんでいた。


 (……そっか。こういうコンセプトカフェなんだ)


 それ以外に解釈が出て来なかった。しかしこのハイクオリティならそれも良い評判になるだろう。

 少女は女性客の前に立ち二、三会話をした。内容は聞き取れなかったけれど、女性客はこくんと小さく頷いたようだった。そして少女はティースプーンの杖を掲げた。


 「オーダーケーキを作りましょう」


 なるほどこうやってケーキのオーダーに入るのか、と特別感のある演出に納得した。

 こんな特別な経過を経て手にするオーダーケーキは生涯忘れられない物になるに違いない。何故生クリームまみれなのかは知らないが、あのくたびれた女性も笑顔になるに違いない。

 次はどんな演出をするのだろうとわくわくしていると、少女がティースプーンを振り下ろすと同時に女性の身体に乗っていた生クリームがとろりと溶けた。それは床に広がって、少女が杖でトンと突くと宙に飛びあがり集まっていく。

 そして少女が再び杖を振りかざすと、生クリームだったそれは杖から溢れる星屑と共に踊りながら固形になった。少女も踊るように杖を振り回すとその度にぽんぽんとバタークリームの立体花が出来上がっていく。

 少女が踊り終わると、そこには美しい芸術品となったオーダーケーキが完成していた。そしてオーダーケーキをショーケースにしまうと、床に膝をついて女性客の顔を覗き込む。


 「保管期限は一ヶ月。その間に願いが叶う事を祈っています」


 少女に頬を撫でられると、女性は支払いもせずあっさりと店を出て行ってしまった。

 まさかあの女性客も実は店員で、全て演出だったのだろうか。それにしても生クリームが宙を舞いケーキになって行く魔法のような調理はどんなトリックがあるのだろう。

 全く想像がつかずぽかんと口を開けていたが、その時少女がくるりと葵を振り向きにこりと微笑んだ。


 「オーダーは決まったかしら、向日葵ひまわりちゃん」


 大きな紅茶色の瞳に見つめられ、葵の胸はどきりと大きな音を立て始めていた。

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