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 あれはそう、貧しく淋しいフォーク系ロックンローラーたちがサンタになって全財産を子供たちに与えていた昔、ディスコ系ライブハウス【舞踏会】では、高橋五郎プロデュースの白井由紀の歌が大人気で、今宵もかぶりつきのファンたちが日常を吹き飛ばして踊り狂っていた。

 ギターリストもドラマーも、ルックス重視のイケメンたちに代わり、ギャルたちの集客も上々だった。

 ステージを終えたぼくは、玲を連れて、五郎のいるコントロールルームを再訪したんだ。

「やあ、珠吾くん、何か用?」

 ヘッドフォンを外し、片手で金髪を掻き上げながら、五郎は聞いた。

 ぼくは全身にダイナマイトを巻き付けているくらい強い気持ちで言ったよ。

「マスター、夏の終わりに、おいらがここへ連れて来た女の子を、覚えていますよね?」

 五郎は腕組みをして首を傾げた。

「うーん、覚えてないなあ」

「マスターは、その時、彼女にこうおっしゃいました・・三十キロ痩せてからもう一度来てください。その根性が、あなたにあったら、って」

 五郎は指を完全無欠に鳴らして、ガッテンのポーズを決めた。

「あっ、そういえば、きみ、すごく太ったこを、連れて来たねえ」

「そうです。そのこです。出田玲っていって、あれから、おいらと一生懸命レッスンして、三十キロ痩せたんです。約束通り、ここで歌わせてください」

 五郎が目を剥いて驚いている時、ぼくの合図で玲が部屋に入って来た。

「お久しぶりです。出田玲です。またお会いできて、光栄です」

 と言って、玲は垂直定規さんにも負けないくらい深くお辞儀をした。

 玲は普通の小柄な娘に大変貌していた。

 五郎はモニターに映る白井由紀を指さして、お決まりの文句で尋ねたよ。

「もしかして、あなたも、この娘のように、うちのアイドルになりたいと?」

「ええ」

 玲は恋するうなずきんちゃんのように、こくりこくり頭を下げた。

 五郎の頬と唇に笑みが生じたけれど、彼の目はやっぱり微塵も笑っていなかった。

「では、その四角い顔のエラを削り、その細い目を大きな二重に整形してから、もう一度来てください。その根性があなたにあったらの話ですが」

 玲は石になってひび割れたんだよ。


【舞踏会】の楽屋の片隅で膝を抱えて泣く玲に、ぼくはずっと寄り添っていた。

 そこへジョニイが超高音ボイスで呼びかけてきた。

「ハロー、珠吾、その女の子は誰?」

 ジョニイはピエロの外見のミュージシャンロボットさ。ガソリンと充電と食事で動くハイブリッド型で、有機物なら何でも食べるんだよ。

「このこは玲。天才歌姫なのに、アイドル顔じゃないから、ここで歌えなくて、泣いてるんだ」

 とぼくは野菊のように誠実に教えたよ。

 するとジョニイも玲の隣で膝を抱えて泣きだしたんだ。

「ジョニイも、こんなピエロ顔じゃ女子にモテないから、お払い箱になったんだ、エーンエン。ジョニイは天才ミュージシャンなのに、エーンエン」

 左目の下で光る彼の涙は、ライト付きのキュービックジルコニアで出来ているんだよ。

 さらに楽屋に巨体の天才ドラマー、超低音ボイスのレイニーも入って来てね、

「や、きみたち、何で泣いてるの?」

 と目を団子のように丸くして尋ねるよ。

 ぼくはホトケノザのようにやさしく説明したさ。

「玲の歌声は世界一清らかなのに、アイドル顔じゃないからここで歌えないし、ジョニイも誰にも真似できないギターリストなのに、ピエロ顔だからここをクビになって、それでおいらたち膝を抱えて泣いているんだよ」

 すると、レイニーもどっすんと床に崩れ、膝を抱えて泣きだすじゃない。

「ぼくも仲間に加えてよ。ぼくも、ドラムでは誰にも負けないのに、カバみたいな顔じゃ客を呼べないから出て行けって言われたんだよ、エーンエン。バカとカバはここでは歌えないって、またバカカバ言われちゃったよ、エーンエン」

 ジョニイの超高音の泣声と、レイニーの超低音の泣声に、玲の華麗な泣声がオーロラのように調和して、そのあまりもの美しさに魂奪われ、ぼくも涙が止まらなかったんだよ。

  

 ぼくら四名がオンボロ車で東の都へ旅立ったのは、三日後の夜明け前さ。

 ジョニイは運転も天才すぎて、ぼくらは峠越えでゲロゲロに酔っちゃったけれど、遙かに輝く明星目指して、どこまでも突き進んだんだ。














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歌姫【西の都編】 ピエレ @nozomi22

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