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「おいら、ビンタなんか嫌いだ」
とぼくが怒れる娘の目を見てつぶやいた時、公園の入口の方から、突然、男の声が襲ってきた。
「もしもし、きみたち、ここで何してる?」
振り返ると、二人組の制服警官が懐中電灯の光をぼくらに向けて近づいて来るじゃない。
玲はぼくの耳元に唇寄せて、
「逃げよう」
なんて言うんだよ。
「どうして?」
って聞くと、山で大きな熊に出会ってしまったような深刻な声で、
「あたしたち、家出してるのよ。尋問されたら、面倒なことになる」
「きっと逃げきれないよ。おいらが引き留めるから、玲だけ逃げなよ」
ぼくが肩を押すと、玲は「じゃあ」と言って、一目散に駆け出した。
近寄れば吠えるのが番犬の本能なら、逃げれば追うのが警官の習性だ。二人の警官のうち、若い方がとっさに走り出した。その足へとぼくは思いっきりタックルしたんだ。高校の体育で習ったラグビーがここで役に立ったんだよ。
「きさま、何するんじゃあ?」
倒された警官は、ヤクザのような強面で怒鳴りつける。それでも彼のバタバタする足をつかんだまま離さなかったよ。ラグビーなら、ノットロールアウェイ、反則だね。
「だって、おいらに用があるんじゃないの?」
とぼくは怒れる魔人と化した警官にポカポカ殴られながら聞いたよ。
「あるよ」
と後から歩いて来た初老の警察官が言う。
「ほらあ」
玲が公園から姿を消したのを確認して、ぼくは手を離し、立ち上がった。
白い口髭の警官は、若い警官に穏やかに告げた。
「ノボルくん、こいつを公務執行妨害で逮捕しなさい」
ぼくはノボルと呼ばれた男の手を取って、立ち上がらせながら言った。
「ほら、やっぱりおいらに用があるんだ。へっ、逮捕?」
おいら、逮捕なんて嫌いだ・・
ノボルは予想以上にノッポだった。
手錠がかけられる時、ぼくは強がって言ったさ。
「おいら、知ってるんだ。おいらには、黙秘権が与えられるんだよね? 何を聞かれても、黙秘できるんだよね?」
「きみの名前は?」
と初老が聞く。
ぼくは冷や汗と涙が流れそうになるのを必死にこらえて、
「ひ、人に名前を聞く時には、まず、自分が名乗るのが、礼儀ってもんだろ?」
老警官は、公園の明かりでもはっきり分かるくらい目じりを皺だらけにして笑った。
「おや、こいつは失礼したね。わたしは、森本太郎といいます。それで、きみの名前は?」
「一石珠吾」
「齢は?」
「十七歳」
「黙秘しないんだね?」
「黙秘します」
「高校生?」
「ミュージシャンだよ。ほら、このギターで、練習していたんだ。これはアコースティックだから、うるさくないよ」
「逃げた女の子は?」
とノボルが聞く。
「黙秘します」
とぼくが突っぱねると、ノボルは懐中電灯でぼくの顔をギラギラ照らすんだよ。
「この見事な手型は、彼女がつけたんだね?」
「黙秘します」
「彼女とはどういう関係?」
「黙秘します」
「どうして叩かれたの?」
「黙秘します」
「ちくしょう、何でおれの質問には答えないんだ?」
ノボルは魔神の形相に戻り、ぼくの胸ぐらをつかみ上げちゃった。
息ができなくて、意識が薄れた時、森本がノボルの肩を叩いた。
「まあまあ、署でゆっくり話を聞こうじゃないか」
それで市の警察署にひと晩お世話になることになっちゃったんだよ、あーあ。
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