第3話 私の命の一部を切り落とすことで、この恋心も一緒に私の中から消そうと思ったのに‥‥‥
そうしてまたジャキン、ジャキンと髪を切り落とす音が続いた。
一房切り落とすごとに頭が軽くなっていく。なのに自覚した恋心は消えない。早く消さなければいけないのに。この気持ちが報われることはないのに。
「穂花。私ね、恋をしていたの。私の髪の毛をほめてくれた男の子がいて。あの人に振り向いて欲しかったの。でも、あの人には彼女ができちゃったの」
まるで独り言でも言うかのように呟いた。
「うん」
「だから、私の恋はもう終わらせなきゃいけない。だって、彼女がいる人に振り向いてもらえるわけないじゃない。もし出来たとしても、それはいけないことよ」
「そうだね」
「今日髪を切ってもらっているのは、髪の毛と一緒に、この恋心も私の一部じゃなくしたかったから」
「そうだったんだ」
「でもね‥‥‥」
それから先はいつものように流暢には話せなかった。言葉を出そうとすると、嗚咽が先に漏れるのだ。
「髪は女の命って言うでしょう。彼に振り向いて欲しくて伸ばしたを私の命の一部を切り落とすことで、この恋心も一緒に私の中から消そうと思ったのに‥‥‥なのに全然消えない」
「うん」
「どうしよう。どうすればいいの」
一言話すごとに涙が溢れて止まらない。大声を上げて泣き喚くなんてことは私のプライドが許さなかったから堪えたが、涙は堪えられなかった。大粒の涙が頬を伝って床へと落ちていく。
「恋心は、今すぐに消さなくてもいいんじゃないかな。私たちの心は、気持ちは、スイッチひとつでついたり消えたりする電気とは違うから」
そう言って穂花は髪の毛を切っていた手を止め、そっとハンカチを差し出した。それを受け取った私は、一刻も早く涙を止めようと目の周りをゴシゴシと拭った。
「もう。そんなに強く擦ったら目の周り擦りむけて赤くなっちゃうよ。ほら貸して、こうやって拭くの」
穂花は一度私の手からハンカチを取り、優しく目の周りを拭ってくれた。
「明日腫れるといけないから後で冷やそうね」
拭っても拭ってもとめどなく溢れ出す涙を見て、あとは自分で拭いなとハンカチを再び渡してきた。私は穂花に拭ってもらったくらいの力加減で、優しく目元にハンカチを当てた。
「話を戻すけどさ」
「うん」
穂花はまた髪の毛を切る手を動かし始めた。
「人の気持ちは消そうと思って消せるものじゃないと思うわけよ。私は。だって例えばの話だけど、好きな食べ物に対して今から何も思わないでくださいって言われても無理でしょ。まあ、人間と食べ物を同列に語るのは違うかな、言っといてなんだけど」
「言いたいことはなんとなくわかるわ」
「じゃあいいや。で、多分対象への気持ちが消えていくのって、それに興味を無くしてからさらに時間がかかるとも思うわけよ」
「そうね。昔好きだったものもだんだん触れなくなってきて、そこまで好きじゃなくなっていくものね」
「香澄は恋心を今ここで消さなかったとして、好きになった人の彼女の座を奪いにいくわけじゃないんでしょ」
「あ、当たり前じゃない!何を言っているの?」
私はとても非常識なことを言われたかのように驚き、思わず声を張り上げてしまった。
「だってさ、香澄にはこれから例の人に想いを伝えるって選択肢もあるじゃん。相手が振り向いてくれるかは別としてさ」
「そんなことしないわ。だってあの人にはもうお相手がいるのよ」
「だから選択肢の話だって。香澄が選ばないってだけで手段としてはあるの。彼女がいるのを分かった上で気持ちを伝えて。言葉にして断ってもらって、気持ちに区切りをつけるっていうね。でも香澄はそもそも相手がいる人にちょっかい出すってことができないんでしょ」
「そうよ!」
自分が想定すらしていなかった選択肢を示され、少し興奮気味に返事をする。
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