髪と失恋
大和詩依
第1話 ——私は多分、恋をしていたんだ。
失恋したら髪の毛を切る。これは恋愛における終わり方の一つだ。長く伸ばしていた髪の毛をバッサリと肩口まで切って登校した時、そこまでいかなくても何の予兆もなくいきなり一目でわかるくらい髪の毛を切った時。
「髪切ったんだ。もしかして失恋したとか?」
本気でそう思われているのか、それとも会話の切り口にするため冗談で言ったのか。どんな理由があったとしても、そう一度でも言われたことのある人、聞いたことのある人はかなりの数いるのではないだろうか。
私はある。クラスで髪の毛を切った子がいると、声の大きい女子のグループや、そのグループの女子と仲の良い男子が揶揄うように言うのだ。言われるのは女子も男子もだった。
「そーなの! 振られちゃった」
悲しそうに笑って答える人。
「そうよ。失恋したのよ! 今日放課後やけ食い付き合ってもらうからね!」
行き場のない悲しみや怒りをにじませて答える人。
「違うよ。そろそろ暑くなってきたでしょ。首元に髪が当たるのと当たらないのじゃ大違いだから、切っちゃった。どう? 新鮮でしょ」
普段と違う髪型にわくわくして答える人。
「部活の決まりで坊主って決まってるから。昨日行ってきた」
あっさり答える人。
「長すぎるってババアに強制的に切られたんだよ!ちっ、伸ばしてたのに」
反抗期なのだろうか、強制的に切られたことに対してだろうか強い怒りを返事に乗せる人。
髪を切る人は沢山いるし、理由も様々だ。それでも小学校、中学校、高校とステージが変わっていこうが、そういうことがあると知ってからは、どこでも聞いた。
「髪の毛切ったんだ。失恋したの?」
と。
そして今日、私は髪の毛を切る。五時間目が終わった後、放課後。将来美容師になりたいという親友に切ってもらう予定になっている。
今はもう五時間目だ。授業が始まってから30分は経っている。つまらない授業であれば、ちょうど集中力が切れてきて、脳の容量を授業とは別のことに使い始める頃だ。
授業をする先生は、板書を終えて教科書を読み上げる。そして所々教科書には載らないような雑学や解説を加える。私は板書はうつしているが、もう既に先生の教科書を読み上げる声はほどんど耳に入ってきていなかった。
頭にあるのは放課後のことだけだ。放課後には腰の辺りにまで綺麗に伸ばしたこの髪の毛とさよならするのだから。
私は幼い頃から記憶のある限りずっと髪を長く保っていた。腰の辺りまで伸ばしたのは、高校に入学してからだが、それまでも胸のあたりくらいまでは伸ばしていた。
元々それなりに長かった髪の毛を伸ばし始めたのは、ある人に褒められたからだった。
「お前の髪、綺麗だな」
会話の途中のたった一言。言った本人は特に特別な意味はなく、ただその場で思ったことを口に出しただけかもしれない。でもこのたった一言はずっと私の中に残り続けた。
それから髪を傷つけないシャンプーの仕方を調べてみたり、効果的なケアの方法を実践してみたり、ちょっと勇気を出して美容室に通ってみたり。たくさん、たくさん手入れした。
そうして丁寧に髪の毛を伸ばして腰の辺りまで到達した頃、あの人に彼女ができたと聞いた。それを聞いた時、私はなぜか涙が出た。そこで初めて自分の気持ちに気づいたのだ。
——私は多分、恋をしていたんだ。
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