贈り物は何にしようか

「……チンギスハン!」


 ……………。


「……え?」


 朝、龍一はそんな意味の分からない叫びと共に目を覚ました。

 上体を起こした彼は辺りを見回し、呆然とした表情で呟いた。


「……何だよチンギスハンって」


 自分で口にして首を傾げた。

 何か変な夢を見ていたのか、それとも何かを求めたのかは分からないが自分の大きな声でそう叫んだのは強く覚えていた。


「……支度するか」


 朝から妙な気持ちになりながらも、龍一は立ち上がって準備を始めた。

 九月も中頃になったがまだ少しだけ暑い時期が続いているものの、もう少し我慢すれば涼しい時期がやって来る……そして待っているのは寒い冬というわけだ。


「嫌だねぇ全く」


 龍一は暑いのも寒いのも好きではないため、今から少しだけ憂鬱だった。


「それにもうすぐ学園祭だ」


 体育祭が終わればやってくるのは文化祭だ。

 各学年それぞれのクラスで色々な出し物を用意する毎年恒例のビッグイベント、もちろん体育祭に続いて文化祭にも龍一は積極的に参加するつもりだ。


「執事とメイド喫茶だっけか。去年のお化け屋敷喫茶に比べれば全然マシだな」


 去年は当然龍一は参加していないが、一年の頃の龍一のクラスは喫茶店とお化け屋敷を融合させるというそれはもう意味の分からない出し物だった。

 思いの外受けが良かったらしいが、まあ今年も他のクラスが奇想天外な出し物をいくつかするのだろうと密かに期待している。

 その後、龍一は静奈と合流した。


「……あっとそうだった」

「どうしたの?」


 実を言うと龍一は静奈とのことで考えたことがあった。

 それは最近、少しだけ静奈たちに弱音を吐くことが増えてしまったことだ。


「なんか最近、色々と気を遣わせるようなことを口にしたと思ってな」

「そんなことないわよ?」

「お前ならそう言うだろう」


 くくっと笑った龍一は静奈の頭にポンと手を置いた。

 そのまま少しだけ雑に撫でると、その後に乱れた髪の毛を治すように優しく撫でていく。


「自分でいうのもなんだが、静奈たちと過ごすことで甘えることが増えたからだろうなって思うんだよ。別にそれを悪いこととは思わないし、この先も……まあやめようとは思わない」

「うん」

「ただ、少しだけ気合を入れようと思う」


 そう言って龍一はパンと両手で頬を叩いた。

 ほんの少し勢いが強すぎたのか赤くなってしまったが、その痛みもまた龍一の新たな決意を後押しするものだ。


「……私としては牙の抜けた虎って感じで可愛いと思うんだけど」

「なんだよその絶妙な例えは……」


 やめろやめろと龍一は首を振った。

 その様子に静奈はクスクスと笑い、嘘じゃないんだけどなと本当に残念そうに呟いた。


「押しの強い龍一君も素敵だし、無理やりに組み敷かれるのも本当に好きよ? けど弱さを見せてくれる部分もそうだし可愛い部分も大好き、だから定期的に弱い龍一君を見せてちょうだいね?」


 気が向けばなと龍一はそう口にした。


(……つうか静奈はともかく、他の連中が軒並み年上だからなぁ。ったく、本当に気を付けねえとダメにされちまいそうだ)


 そんな日々も魅力的ではあるのだが、やはり龍一は強く在りたいと考えている。

 どんなことがあっても心を折らず、気持ちを沈ませず、常に強く堂々としていることが龍一なのだと己を鼓舞するのだった。


「……お」

「あら、熱心ね」


 学校に着いた時、まず最初に目に付いたのが挨拶運動をする生徒会だった。

 その中に混ざるように実習生として赴任した新條も居て、どうやら色々と精力的に生徒たちと関わりを持とうとしているのだろう。


「お、おはよう獅子堂君に竜胆さん!」

「おっす」

「おはようございます」


 そう挨拶を交わし、静奈と龍一は校舎の中に入った。

 さて、先ほども言ったが文化祭が近いということもあってクラスの出し物を計画するために授業時間が使われるのもこの時期特有だ。


「執事&メイド喫茶で私たちはやる。それで良いのね?」

「おっけ~」

「考えるのめんどいしなぁ」

「女子のメイド服見れるんだから賛成!!」

「男子の執事姿……はどうでもいっか」

「なんでだよ! そこは見たいって言う流れだろ!?」

「自分の面を見てから言えよアンタ」

「……………」

「ひでぇ」


 ゲラゲラと笑いが絶えない中、龍一はやっぱり一人考え事をしていた。

 こうしてクラスが良い方向で騒がしいのは悪いことではない、龍一だって今の流れを見てクスッと笑ったくらいだ。

 去年はこれをくだらないものとして参加しなかったことを、本当に今更ながら過去の俺は馬鹿だったなと改めて感じるのだった。


「あいつらも乗り気だし」


 真や要も乗り気なようで積極的に話し合いに参加しているほどだ。

 彼らの変化についても龍一が深く関わっているのだが、生憎と龍一はその辺りのことに一切あまり気付いてはいない。

 重要なことは既に決定したので、後は本番に向けてのんびりと準備を進めていくだけだ。


「本当にスムーズに決まったなぁ」

「だな。去年はどうだったか知らんけど」

「……そっか。獅子堂は参加してなかったもんな」


 今は時間が流れて昼休み、昼食を終えた龍一は宗平とトイレの帰りだ。

 今の話の内容から分かるように、やはり彼も去年の龍一のことは知っているらしく苦笑していた。


「あっと、そう言えばそろそろだっけ」

「何がだ?」

「静奈の誕生日」

「……へっ?」


 ポカンと龍一は口を開けた。

 静奈の誕生日、実を言うと龍一は一切そのことを気にしていなかった。

 逆にどうして今の今まで全く聞かなかったんだと自分自身に疑問を持ったほどではあるのだが、確かに設定では静奈の誕生日は十月十日だったはずだ。


(俺のバカタレ、何を今になって思い出してんだよ……)


 まあそれもある意味仕方ないとも言えるのだが、何故なら彼は誕生日を祝ったことも祝われたこともない。

 精々誕生日が来ると千沙が外に連れ出すくらいのものだった。


(……そうか。あれも千沙なりの気遣いだったわけだ)


 本当に会った頃から気に掛けてくれていたのだなと龍一は改めて感じた。

 さて、こうなってくると龍一としては色々と準備をしないといけないわけだ。


「獅子堂? いきなり真剣に悩みだしてどうしたんだ?」

「いや……静奈へのプレゼントとかどうしようかって」

「なるほどなぁ」


 これは大変な問題だぞと龍一は頭を悩ませる。

 おそらくだが彼女は龍一に何をもらったとしても喜んでくれるだろうし、その点に関しては特に変な物を贈らなければ大丈夫だと龍一も確信している。

 それでも少しだけ見栄を張りたいのも事実、彼女が心から喜んでくれそうなものをプレゼントしたい気分だった。


「ま、悩めよ獅子堂」

「……なんかムカつくな。けど分かってるさ」


 幸いにバイトのおかげで自由に使える金はそれなりにあるため、まだ一月もあるのだからゆっくり考えようと龍一は頷いた。

 とはいえ、静奈の誕生日とは別に他の女性陣にも日頃のお礼に何かを贈り物をしたいとも考えた。


「なんか良い顔してんな獅子堂」

「あん? 俺が良い顔してんのはいつもだろうが」


 そう龍一が笑うと宗平もそうだなと言って笑うのだった。

 それから宗平と共に教室に戻ると、龍一が使う席には静奈が座っていた。


「あ、おかえり龍一君」

「おう」


 龍一が来たのを確認して立ち上がった静奈と入れ替わるように龍一が座り、隣の席から椅子を借りようとした静奈の腕を取った。


「来い」


 それだけ言って静奈の体を引っ張った。

 膝の上に綺麗に収まった静奈を抱きしめ、彼女の髪の毛に顔を埋めた。


「……良い香りだな」

「龍一君、ここ一応教室なんだけど……」

「知ったことか。しばらくこうしてろ」

「ふふっ、強引なんだから♪」


 しばらくの間、静奈は龍一にされるがままだった。

 龍一はそんな風にして静奈の感触を体全体で楽しむ中、彼女に渡すプレゼントの輪郭が頭に浮かんでいた。


(……やっぱりこれが良いだろうな。ちっとばかし早いかもしれねえが)


 今渡すには少しばかり早い、それが龍一の考えた贈り物だった。





【あとがき】


終わりに向けてスパートをかけていくぅ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る