マスターもよく見てる

 夏休みを前にして期末テストの結果が帰って来た。

 喜ぶ者や絶望する者など様々だが、その中でも龍一は特に表情を変えることなく結果を見返していた。


「……静奈との勉強のおかげだな」


 今までのテストよりも全体的に更に点数が良かった。

 しっかりと静奈と一緒に勉強をした成果が出ているということであり、こうして確かな結果として数字が出たのは喜ばしいことだった。


「補習……補習だぁ……」

「ドンマイ」

「うぅ……ちゃんと勉強しておけば良かったぁ……」


 近くの席で絶望に打ちひしがれているクラスメイトが居るが、龍一もドンマイと心の中で呟いた。

 そんな風に結果を見返していると、遠くの席で友人たちと話をしている静奈と目が合った。


「?」


 目が合った途端、彼女はこっちに来てと言わんばかりに手招きをしてきた。

 思えば彼女が龍一の元に来るのが常だったため、こうして彼女の呼ばれるのは何気に初めてだったりする。


「やっほ~獅子堂君」

「結果はどうだった?」


 静奈を通じて仲良くなった友人たちにそう聞かれ、龍一は特に恥ずかしがることなく結果を机の上に広げた。


「……わお」

「不良のくせに頭が良いじゃんやっぱり」

「不良のくせには余計だ」


 友人たちは揃って失礼なことを口にしたが、龍一としてもそう言われることには慣れていた。

 静奈も口元に手を当てて楽しそうに笑っているのもあって、彼女の笑顔を見てしまえば言い返す必要もないかとさえ思える。


「……………」

「……っ」


 っと、そんな風に静奈を見つめていたわけだが友人たちがそれぞれ顔を赤くして下を向いてしまった。

 一体どうしたのかと思っていると、龍一に視線を向けて彼女たちはこんなことを口にするのだった。


「なんて言うか……やっぱり獅子堂ってイケメンだよね」

「うんうん。今の静奈を見つめてた顔……ヤバかったよ凄い良かった」

「ふふっ、龍一君はいつだってかっこいいわ♪」


 龍一と静奈が付き合っていることはもはや周知の事実であるため、こうして静奈が惚気れば友人たちも嬉しそうに笑っていた。

 まあ静奈ともっとも距離が近かったのは宗平だったが、結局二人が付き合うことはなかったので静奈に男の影はないようなものだった。


「静奈だって美人だ。どれだけ見つめても飽きないくらいにな」

「ひゅ~♪」

「わお♪」

「っ……もう龍一君ったら♪」


 かっこいいと言われた仕返しではなかったがそう伝えると静奈は顔を赤くしながらも嬉しそうにポンと龍一の胸を叩いた。

 そんな仕草すらも友人たちにとっては可愛く見えたのか、彼女たちはたまらずといった様子で静奈に抱き着いた。


「可愛すぎでしょ静奈!」

「もうヤバい……ねえ獅子堂、この子あたしにちょうだい」

「馬鹿言ってんじゃねえぞ。静奈は俺の女だ」

「きゃっ♪」


 龍一は静奈の腕を少しばかり強引に引っ張った。

 ちょっと力が強かったかと反省したが、静奈から漏れた声はとても嬉しそうなものでその心配はなさそうだった。

 まだ多くの生徒が集まる中、クラス一の美女と言っても過言ではない静奈を抱き寄せる龍一に一部の女子たちが顔を赤くした。


「……やっぱり雰囲気も変わってこんな風になるとそりゃそうなるよね」

「なんかお姫様を守る騎士って感じ」

「俺が騎士なら本当の騎士はどれだけ清廉潔白なんだよ」

「ぷふっ!?」


 龍一の言葉に静奈が笑った。

 静奈がお姫様というのは誰でも頷けるだろうが、龍一が騎士というのは本人であっても想像するのは嫌だった。


「ふふ、龍一君に守ってもらえるならどんな相手でも安心出来そうだわ」


 だからそのネタはやめろと龍一は疲れた表情だ。

 しかし、そんな静奈と周りに集まる友人たちだからこそ擦れるネタは更に擦らねばと思ったらしい。


「でもさぁ、獅子堂が騎士だとしたら武器は何だと思う? 無難に剣?」

「獅子堂は剣じゃないでしょ。絶対に斧とかハンマー振り回してるわ」

「あぁ確かに。力にモノ言わせてそう!」

「ねえ!」

「……お前ら、好き勝手言ってくれるじゃねえかマジで」


 ちなみに、龍一にも昔はファンタジーに憧れた時期もあった。

 よく言われる中二病ほどまでは行ってなかったが、とある漫画を切っ掛けに彼がかっこいいと思った武器は刀である。

 あくまで余談、どこまでも余談ではあるが。


「さてと、帰るぜ」

「えぇ」


 静奈と共に廊下に出た。

 その際に宗平とすれ違ったが、やはり彼は変わっていた。


「じゃあな獅子堂に静奈」

「おう」

「うん。またね宗平君」


 宗平もまた、龍一だけでなく静奈との仲もある程度は修復されていた。

 本当に人が変わったかのように彼は静奈との在り方を考えてくれているのか、正に幼馴染としてあるべき姿に戻ったとも言える。

 それは付き合う付き合わないという話ではなく、ずっと一緒に過ごし距離が近かったからこそお互いの今を尊重するという在り方だ。


「嬉しそうだな?」

「え? そうかしら」


 嬉しそうに頬を緩めた静奈に龍一はそう言った。

 静奈は少しだけ考え、チラッと去って行った宗平の方を見ながら言葉を続けた。


「彼とは幼い頃から一緒に居たわ。だからこそ、こんな風になれたのが嬉しいのかもしれないわね。龍一君と幸せになれってメッセージを送ってくれたくらいなのよ?」

「そうなのかよ」


 それは知らなかったことなので素直に驚いた。

 確かに似たようなことは彼とクラブに行った時に言われたことではあるが、それを静奈に伝えたとは思わなかったからだ。


「……あいつ、良い男だな」

「えぇ。好みとはまた違うけど」


 そこはまあ仕方ないかと龍一は苦笑した。

 さて、今日はこれで学校は終わりだが龍一にとってはバイトがまだ残っている。


「今日も頑張るかぁ!」

「頑張ってね龍一君」

「あぁ」

「今日お母さんと行くことにしてるから」

「……え?」


 聞き間違いかと思ったがどうもそうではなかったらしい。

 今日は千沙と沙月も来る予定がなかったのでゆっくり仕事に励めるかと思っていたのだが、どうもそれは無理らしい。


「本当に来るのか?」

「えぇ」


 これはどうやら絶対に二人揃って来ることは確定らしい。

 静奈の家まで一旦彼女を送り、そこからはすぐに龍一はクラブへと向かった。


「うっす」

「おう龍一、来たか」


 ソファに座ってテレビを見ていたマスターが気付いた。

 荷物を置いてある程度の準備を済ませると、龍一もまだ時間があるのでマスターの隣に腰を下ろした。


「ほら」

「サンキュー」


 チョコレートのお菓子を手渡され、お礼を言って口の中に放り込んだ。


「お前も素直になったな。昔はこうして菓子を渡そうとしても受け取らなかった」

「……そうだっけか?」


 確かにと、思い返してみればそんな気もしてきた。

 そもそも菓子をあまり龍一は好むタイプではないのもあったからだろうが、こうして菓子を食べるようになったのは静奈と過ごすことになったのが大きいだろう。


「静奈の家とか、あいつが家に来た時も良く菓子を持ってくるんだよ。それもあるのかもしれないな」

「そうか。くくっ、料理も上手いと聞くし本当にお前のことを分かってるんだな」

「だな。あいつには一生頭が上がりそうにない」


 静奈に伝えるとそんなことはないと言われそうだが、本当に龍一は静奈に対してそう思っている。

 そんなところも変わったなとマスターは龍一の頭を強く撫でるが、龍一は不思議とそれを払い除けることはしなかった。


「お前は図体がデカくて厳つい顔をしているが、本当に色んな奴に可愛がられてる。年上にモテるってのは自分でも分かってるだろ?」

「まあ何となくはな」

「お前は確かに悪ガキだ。実を言えば、お前には色々と乗り越えてほしいと思っていた親心みたいなものもある」

「……………」

「それが俺じゃなく、俺よりも後に知り合った女たちがお前にそれを示してくれたことは感謝半分嫉妬半分だな」


 湿っぽい空気を醸し出したマスターに龍一はキモいんだよと言って立ち上がった。


「……マスターには感謝してるさ色々とな」

「そうか」

「トイレ行ってくるわ」


 素直に感謝を口にするのもまだまだ恥ずかしい、それがずっと世話になっていた相手となると尚更だ。

 マスターから向けられる生温かな視線に気恥ずかしさを覚えつつ、龍一は逃げるようにトイレに向かうのだった。

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