いつまでも一緒に
「そういや獅子堂は夏休みとか予定……あるかそりゃ」
「そりゃそうだろ。俺たちみたいに彼女いないわけじゃないんだし」
「……羨ましいぜ全くよう」
夏休みを前にした終業式の日、龍一は多くのクラスメイトに囲まれていた。
多くとは言っても五人ほどだが、つい最近まで交流がなかった彼らだが自然と話をするようになっていた。
それもこれも雰囲気が変わって丸くなった影響もあるようで、こうして見てみると龍一はどこかクラスの中心のように見えるような気もしてくる。
「そんなことを言うくらいなら彼女を作る努力をするこった」
「……けっ、彼女持ちは言うことが違うな」
「事実その通りだよな……俺、この夏頑張るわ」
「俺も」
彼女というものは何もせずに寄ってくる存在ではない、作りたければ行動あるのみだと彼らは意気込むように握り拳を作った。
「まあでも、獅子堂に恋愛相談とかは良さそうだよな」
この輪に混ざっていた一人の宗平がそう言った。
あれから彼も龍一の傍に良く来るようになり、こうして話をする機会も多く増えることになった。
龍一はそんな不思議な光景にやっぱり慣れないなと思いつつも、恋愛相談は俺なんかに聞くなと苦笑した。
「俺に聞くくらいなら真か要にしろ」
「呼んだか?」
「なんだなんだ?」
近くに居た真と要が反応した。
龍一のように彼女持ちというわけではないが、彼らも女性の扱いには慣れている方だし経験も豊富である。
龍一も彼らと似たようなものではあるが、今となっては静奈との時間に重きを置いているようなものなので大したアドバイスは出来そうにない。
「そう言えば篠崎、いつもの面子とは良いのか?」
「あぁ……まあ色々あってな」
「ふ~ん?」
いつもの面子というのは昭を含めての友人たちだ。
最近ではあまり一緒に居る部分を見かけないのでどうしたのかと龍一は気になったから聞いたのだ。
こうしてる間も彼ら……昭に関しては本当に気に入らなそうにこっちを見ているくらいだ。
「ま、何かあったら言えよ」
「悪いな」
何となく理由は察せられるが、面倒なので彼に関わりたくないのもまた事実だ。
どこまでも粘着質、どこまでも執着している昭の在り方……もしも改めて話をする機会があれば強く言うのも彼の為か。
「……ったく、本当に業が深い世界だ」
エロ漫画の世界では近親なんてものは当たり前みたいな部分もあるが、それを実際の現実として受け止めろというのは少し難しい話だ。
まあ静奈という彼女を持っていながら多くの女性と関係を持つ龍一が言えたことではないかもしれないが、それでも思うことは確かにあるのだ。
「龍一君、帰りましょう?」
「あぁ」
そんなこんなで話をしていると静奈が近づいてきた。
おやおやお姫様のお通りだと全員が道を開けると、首を傾げながらも堂々とその間を通る静奈の姿に龍一は苦笑した。
「お姫様かよ」
「どういうことなのよ……」
「くくっ、なんつうか本当に変わったよなお前たち」
真の言葉にそうだなと頷き、龍一は静奈を連れて教室を出た。
「釈然としないわね……」
「ま、色々あるってことさ」
ガシガシと、あまり強くし過ぎずに静奈の頭を撫でた。
髪が乱れるわと文句を口にする静奈だが、やっぱりこうされるのが嬉しいようで彼女はニコッと笑みを浮かべている。
学校を出てから今日は何をしようかと考えるわけだが、ちょっとゆっくりしようと思って近くの公園に向かうことにした。
「あん?」
「あら」
こうして静奈と一緒に外に出ると良く見かける光景がある――それは困っている人を良く見かけるということだ。
「……あうぅ」
「なあもう諦めろって」
幼い二人の男の子と女の子が木に引っ掛かった風船を見ていた。
おそらくは兄妹だと思われるのだが、女の子がジッと風船を見つめたままその場から動こうとしない。
「よくある光景……とは言えないか」
「そうね。こんなの漫画かアニメくらいでしょ」
以前に果物を落としたお婆さんの時もそうだったが、龍一は本当にこういった光景に出くわすことがある。
それによくよく考えてみれば、龍一が前世のことを思い出す前にもこうして人助けみたいなことはしていた気がした……あくまで気がするだけだが。
「行ってくるわ」
「私も行くわ。あの子たちが怖がらないようにね」
「……頼むわ」
龍一の強面は流石に幼い子供たちには刺激が強いはずだ。
ならば龍一の代わりに静奈が二人を落ち着けてくれるのであればこれ以上に安心できることはない。
「?」
「……っ!」
近づけば当然二人も気付く。
女の子は男の子の背に隠れ、男の子はポカンとしながら龍一を見つめていた。
「取れないんだろ? まあ任せてみろ」
「え?」
「ふふ、お兄さんに任せなさい」
これでも幼い頃に木登りは得意だったんだと龍一は笑う。
まあそれでも木の枝が折れたりしたら危ないので気を付けながら、ゆっくりと着実に上りながら風船を取ることが出来た。
せっかく取ったので割れないように慎重に木から降り、いつの間にか隠れることをやめた女の子に手渡した。
「ほら、取って来たぜ」
出来るだけ安心させるように笑うと、女の子はボーっとしながらも風船を受け取った。
「……ありがと、お兄ちゃん」
「……………」
「こら龍一君、感動しすぎよ」
そりゃするだろうよと龍一は静奈を見た。
こうしてお礼を言われることは珍しいとも言えないが、やっぱりこうして人の悪意などに敏感な幼い子供にお礼を言われるのは気分が良かった。
「……兄ちゃん、かっけえな!」
「お、分かるかよ小僧」
そう言って頭を撫でてやると、男の子はにししと笑って輝かんばかりの笑顔を浮かべている。
やっぱりこうして自分の善意によって浮かべられる笑顔というのは悪くない、龍一は改めてそう思いながら幼い彼らと別れるのだった。
「ふぅ」
「はい、ジュース」
「お、悪いな」
近くの自販機でジュースを買ったのか静奈に渡された。
いつも飲む大好きな炭酸ジュース、蓋を開けると気持ちの良いプシュッとした音が出た。
「龍一君は本当に良い人よね」
ボソッと静奈がそう言った。
龍一はいきなりどうしたんだと目を向けたが、彼女はジッと龍一を見つめながら言葉を続けた。
「あんな風に……って全部に言えるわけじゃないけど、龍一君は本当に色んな人を助けてると思うわ。そんな龍一君の彼女で居られることが誇らしくて、同時にこれからもずっとそんなあなたを支えたいと思っている」
「……そうか」
「うん」
夏の季節なので当然暑い、しかし彼女は肩に頭を置くように身を寄せた。
暑いから離れろ、なんて無粋なことを言うつもりはない。
「少なくとも、こんな風に俺を変えたのは静奈たちだと思うけどな」
「違うわ。元々龍一君はこんなに優しかったのよ。それをみんなが気付き始めただけだわ」
正に全幅の信頼を置いているからこそ、静奈はこんな風に龍一に対して言葉に出来るのだろう。
先ほど龍一は口にしたが、こんな風になれたのは間違いなく静奈や多くの人たちとの繋がりがあったからこそだ。
「……静奈」
「なに?」
「俺はお前を手放さない、それは絶対だ」
「えぇ分かってる。絶対に離れないわ」
龍一の顔を見つめながらそう言った彼女にキスをした。
静奈はもうキスに対して抵抗は一切なく、場所がどこであっても龍一が求めるのならばと応えてくれる。
心の奥底に潜むかつての自分が外であっても静奈を貪れと囁いてくるかのようだが流石に今の龍一には外でする趣味はない。
「キスって本当に素敵よね。こんなにも幸せになれて温かくなるんだもの……まあ今は夏だから暑すぎるけれど」
「違いない。ま、これから夏休みだしもっと暑くなるか色んな意味で」
「望むところだわ。もっともっと龍一君と色んな事がしたいわ私……だからもっと、私を龍一君の色に染め上げてね?」
きっと彼女は意図していないし意識もしていないはずだ。
それでも男を誘うような表情と共に言葉を告げてくる……まるで龍一だけが知る漫画の世界を再現するように、けれども静奈だけの色を絶やさない安心感を抱かせる良い意味での矛盾もそこにはあった
「本当にお前に会えて良かった」
「っ……好きよ♪」
何度も言うが、本来であれば悪役とヒロイン……もっとも最悪な形で繋がる運命にあった二人だが、こうして仲を深めることで誰も割って入れないような関係性へと至ることになった。
それはたった一つのボタンの掛け違いによって生じた変化ではあるものの、龍一と静奈にとってこれ以上ない幸せに繋がる運命でもある。
これから先、二人なら……いや、周りを取り巻く人たちも一緒なら何が起きても大丈夫だと、そう思わせる安心感があるのは言うまでもない。
二人が進む先は暗闇ではなく、輝きを放つ未来なのだから。
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