やっぱり静奈は今のままが良い

 龍一と静奈が本格的に付き合うことになった。

 別に二人が言い触らしたわけではないが、二人の雰囲気から新たな関係になったことは容易に想像できるものだった。

 そもそも静奈の龍一を見つめる目がとにかく乙女だった。


『龍一君』

『どうした?』

『呼んでみただけ♪』

『そうかよ』


 こんなやり取りが延々というわけではないがそれなりに続くのだ。

 これで二人の間に何もないと思う方が無理と言う話だった。


「まあなんつうか、おめでとう龍一」

「正式な彼女なんだろ。めでたい話だぜ」

「サンキュー」


 真と要に素直に龍一は礼を言った。

 色々と揶揄われたりするものだと思っていたが、龍一の予想に反して彼らは素直に祝福してくれた。

そうはいっても色々と聞きたいことはあるみたいだが。


「どんな風に告白したんだ?」

「それかされたのか?」

「……………」


 素直に祝福したかと思いきやニヤニヤと笑みを浮かべて聞いてくる。

 龍一はやっぱりこいつらはこうだよなと苦笑したものの、好き勝手に喋る内容でもないので近づいてくる二人の顔に手を当てた。


「ぐぬっ!?」

「むぐぐっ!?」


 龍一の逞しい手の平は二人の鼻っ柱を抑えつけ、何とも間抜けな顔を晒している。

 真と要は龍一のように不良ではあるがその顔が整っているだけに、こうして歪んだ彼らの顔はかなり珍しい豚面だった。


「いいから教えろよぉ!」

「減るもんじゃないしさぁ!!」

「お前らこういうところは年相応じゃねえか!」


 人の色恋に一切の興味はなさそうなのにこういう時は根掘り葉掘り聞こうとしてくるのは少し鬱陶しかった。

 友人の色恋を気にするくらいならクラブに行って気に入った女を抱く、それがお前らだろと龍一は口にしたがそれでも彼らは諦めない。


「なんでそんなに一生懸命なんだ!」


 ちなみに、そんな風にじゃれ合う三人の姿はクラスメイトに見られていた。

 最近では龍一が変わったことの影響なのか、真や要のような不良たちもある程度受け入れられている傾向にある。

 ただ見た目や雰囲気が怖いだけと思われていたが静奈が傍に居たり、時にはこうして龍一を伴って今までに見たことがない顔を披露するからこそ親しみが生まれるのだろう。


「ははっ」

「なんて顔だよ」


 そう言って周りのクラスメイトも面白そうに二人を見つめていた。

 さて、こんな風に騒がしくしていると龍一の彼女になったお姫様も遠くで見ているだけというのは我慢できなかったらしい。


「どうしたのよ二人とも」


 静奈が傍に近づいてきた。

 二人の標的は龍一から静奈に切り替わり、周りのことを考えてかそれなりに抑えた声で口を開いた。


「どんな風に気持ちを伝え合ったのかって聞いたんだがよ」

「そしたらこいつ頑なに喋らねえんだよ」

「……それは別に大っぴらに話すことじゃないでしょ?」


 静奈は味方だと、龍一は小さくガッツポーズを決めた。

 真や要のようにふざけた雰囲気ではなく、至極当然かのように静奈は真顔だったため二人は居心地が悪そうに頭を掻いた。


「……俺ら、ガキだったな」

「だな。クソガキじゃねえか」

「安心しろ。年齢も全部クソガキだ俺たちは」


 少なくとも普通の学生のような良い子ちゃん出ないのは確かだ。

 不良のような恐ろし気な雰囲気はある程度緩和されたとはいえ、夜遊びは多いし女関係も爛れている。

 だからこそクソガキと言う表現はピッタリだった。


「……あ、あぁ!」

「どうした?」


 そこで何やら静奈がポンと手を叩いた。

 どうしたのかと龍一たちが気になっていると、静奈はこんなことを言いだした。


「それなら私もクソガキって奴ね。龍一君と知り合ってから色々と教えてもらったしそういう場所に行ったこともあるし♪」

「……めっちゃ嬉しそうに話すじゃん」

「本当に龍一と竜胆は付き合ってんだなぁ……」


 そこでちょうどチャイムが鳴り、真と要は早々に席に戻った。

 静奈は可能な限り傍に居たいのか、先生が来るギリギリまで龍一の傍に居た。


「ほら、授業が始まるから戻れ」

「……うん」

「安心しろ。今日はお前の家に行く約束だろ? 一緒に居られるから」

「分かったわ」


 それなら頑張ると静奈は席に戻って行った。


「授業を始めるぞ~!」


 教室にやって来た先生の声を合図に授業が始まった。

 最近の龍一は全く居眠りをしたりすることはなく真面目に授業を聞いているのは周知の事実となっている。

 しかし、今だけはどうしようもなく眠たかった。

 必死に目を開けるように頑張っていたのだがその抵抗も空しく、段々と意識が遠のいていく。


「……眠てぇ」


 眠たい、それこそ気を抜けばカクンと頭が落ちてしまいそうだった。

 ある程度は耐えることが出来たものの、すぐに龍一は眠ってしまい……そしてある夢を見るのだった。




「……ここは」


 そこは見覚えのある場所だった。

 ずっと住んでいた慣れ親しんだアパートの一室、龍一の部屋だった。


「……………」


 自分が何故今ここに居るのか、その理由に全く見当が付かない。

 ハッキリしない頭で色々と考え事をしていると、ドアが開いて外から誰かが入って来た。


「待たせたかしら? やっと話が終わったのよぉ」


 入って来たのは派手な女だった。

 龍一と同じような金髪と耳にはピアス、制服を着崩し肌がかなり見えておりこれで外を歩けば間違いなく痴女にでも思われてしまいそうだ。


「……お前」


 だが、そんな見た目の女に龍一は心当たりがあった。

 彼女は他でもない龍一にとって大切になった存在――静奈だったのだ。


「どうしたのぉ?」

「……いや」


 男を誘うような間延びした声に龍一はつい視線を逸らした。

 それは彼女の姿があまりにも刺激的だったと思ったわけではなく、単純に一体どうしてそんな姿をしているのかという疑問だった。


「なんか変ねぇ? 今日のは」


 獅子堂君と、彼女はそう言った。

 静奈はもう龍一のことを名字ではなく名前で呼ぶようになったはずだが、目の前の静奈は名前ではなく名字を口にした。


「……なんだ、そういうことか」


 その瞬間、龍一はこれが夢なのだと認識した。

 夢を夢だと認識できるのはかなりレアケースだが、龍一の知る静奈とあまりにも違いすぎるその姿が龍一に違和感を抱かせた。

 いや、というよりも違和感を感じたのは間違いないがこの静奈を龍一は知らないわけではない。


「漫画の静奈かよ」

「ちょっと……本当に大丈夫?」


 漫画に出てきた静奈、つまり龍一に身も心も落とされた状態の静奈だ。

 彼の好みで在れるようにと心だけでなく、見た目も全て清楚なイメージを捨てるように派手な姿へと変わっていた。

 この見た目の静奈もそれはそれで魅力的に思えるし色気は凄まじいが、それでも今の龍一の好みは間違いなくいつもの静奈だ。


「なあ静奈」

「? ……なに?」

「お前は幸せか?」


 それはふと出た言葉だった。

 突然何を言い出したのかと目を丸くした彼女は頷いて答え……ようとしたが龍一が口元に手を当てた。

 彼女が何を言おうとしたのか聞くまでもなく理解でき、目の前の静奈は龍一の好きな静奈ではないと実感できたからだ。


「……お前はお前、もう一人の静奈も静奈だ」

「獅子堂君?」

「俺は静奈が好きだ。まあ少なくともお前じゃないがな」


 苦笑するようにそう言えば静奈は消えて行った。

 残された空間に龍一は一人で少し心細かったものの、すぐにこの夢は覚めるのだろうという予感があった。

 その証拠に愛おしい彼女の声が聞こえてくる。


『龍一君……龍一君』

「待ってろ。すぐに目を覚ますから」


 思えば前に幼い頃の夢を見た時、その時も龍一を夢から引っ張り上げたのは静奈だったなと思い出した。

 彼女はいつでも傍に居ると口にしたが、どうやらそれは現実だけでなく夢の世界でも同じらしい。


「……ったく、本当にどこまでも凄い奴だと静奈は」


 そんな呟きを残して龍一は目を覚ますのだった。


「?」


 目を開ければ誰かが肩を揺らしているのを感じた。

 それは当然声を掛けてくれていた静奈で、彼女は小さな子供を見つめるように困った目を龍一に向けていた。


「あ、やっと起きたわ」

「……寝てたか?」

「ぐっすり眠ってたわよ? 先生が起こすのが申し訳ないって言ってしまうくらい」

「……悪いことしたな」


 いずれ機会があれば謝ろうと龍一は思った。

 見つめてくる静奈を見ると、その隣にまるで亡霊のように派手な静奈が浮かび上がった。

 純粋に見つめてくる静奈とは違い、男に媚びる瞳を向けてくる静奈。

 その違いは考えれば考えるほど大きく、龍一はそんな静奈を消すかのように目の前の静奈に目を向けた。


「やっぱり静奈はこうでないとな」

「え?」

「今のままのお前が素敵だってことだよ」

「あ……も、もう!」


 龍一の言葉に静奈が顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに胸を叩く。

 ちなみに寝起きで気付いてないようだがここは教室だ……つまり、今のやり取りは全て見られていることになり、龍一はクラスメイトたちに揶揄いのネタを自ら提供することになるのだった。

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