少しずつ気付く

「あん?」

「あら」


 放課後に静奈と街を歩いていた時のことだ。

 目の前でミカンやリンゴといった果物を袋から落としているお婆さんを見つけた。お婆さんはゆっくりとした動作で果物を拾っているが、当然お年寄りということもあってすぐに拾えるわけがない。


「ちょい行ってくるわ」


 静奈の返答を待つことなく龍一はお婆さんの元に向かった。その背中を静奈が微笑ましそうに見つめ、すぐに彼女も龍一に続くように付いて行った。


「あら、アンタたち」

「よう婆さん、大変そうだな?」

「ふふ、手伝わせてくださいな」


 龍一と静奈が加わったことでお婆さんが落とした果物は迅速に拾うことが出来た。当然その間お婆さんを手伝ったのは龍一たちだけで、他の通行人は一目見て何もせずに去って行く。


「ありがとうねぇ二人とも」


 のんびりした口調のお婆さんだが、雰囲気もどこか柔らかそうで孫が居るなら好かれそうなお婆さんだ。どうやら近くのバス停まで向かうとのことで、それならと龍一と静奈はそこまで一緒に行くことにした。


「お嬢ちゃんはともかく、お兄さんみたいな人も助けてくれるのねぇ」

「はっ、まあ見た目不良だしな」

「おや、中身は違うのかい?」

「いんや、中身も正真正銘の不良だな」

「はっはっは、そうかいそうかい。優しい不良さんだねぇ」


 お婆さんは龍一に向かって手招きをした。

 龍一は首を傾げながらも近づくと、お婆さんが隣に座ってくれと口にしたのだ。言われた通りに座るとお婆さんは龍一の頭を撫でた。


「良い子良い子」

「……もうそんな年頃じゃねえんだがな」

「……ふふっ」


 流石にお婆さん相手にやめろと強くは言えず、龍一はされるがままだ。そんな龍一を静奈は可愛いなぁっと呟きながら見つめている。お婆さんは財布を取り出し、お礼の意味を込めて千円札を差し出してきた。


「これはお礼だよ」


 それはお婆さんの善意からの気持ちだろう。とはいえ龍一にお婆さんからお金を受け取る気はなかったので、それはお婆さんが大事に取っといてくれと返した。そうでもしないとこの絵面は少しマズイ。龍一に金を差し出すお婆さんの図、遠目から見れば完全に事件だ。


「それじゃあ婆さん、気を付けて帰れよ」

「お婆さんお気を付けて」

「ありがとねぇ二人とも。あぁそうじゃ、二人は恋人なのかい?」


 その問いに龍一と静奈は顔を見合わせた。

 体の関係は持っているが明確に恋人というわけではない、現状一番しっくり来る言葉はセフレだ。だがお婆さん相手にそんなストレートに言えるわけもなく、二人は違うと首を振った。


「とてもお似合いだと思ったんだがね。まあ二人が恋人になったらこの老いぼれにも教えておくれ」


 そう言い残してお婆さんはバスに乗った。

 椅子に座ってバスが動き出すとお婆さんは龍一たちに向かって手を振る。龍一たちもそれに応えるように手を振ってバスは見えなくなった。


「教えてくれって言われてももう会うことはなさそうだがな」

「ある意味パワフルなお婆さんだったわね。ねえ龍一君、もしもまた会えたらその時は恋人になりましたって報告しましょうか」

「まあ嘘でもそう言うと喜びそうだなあの婆さん」

「……もう、そこはそうだなって言うところでしょ?」

「はいはい」


 変に追及される前に龍一は歩き出した。

 すぐに静奈も隣に並んで腕を抱いてくる。もうこうして歩くことも普通になり、静奈も最初の頃の初々しさは無くなっていた。それは単にこうして二人で居ることが彼女にとっての当たり前になったからだろう。


「……あれ?」

「どうした?」


 そして今度は静奈の方が何かを見つけた。

 足を止めた静奈の視線の先には一人の女性が買い物袋を手に歩いていた。その女性は静奈を目に留め、そして次に龍一に視線を向けて驚いたように目を見開いた。


「誰だ?」

「宗平君のお母さんよ」

「……へぇ」


 どうやらその女性は宗平の母親らしかった。

 漫画で宗平の母親はチラッと出てきた気もするが、記憶に残っていないということは大して出番がなかったのかもしれない。女性はゆっくりと二人の元に歩いてきた。


「こんにちは静奈ちゃん」

「こんにちは夏芽さん」


 篠崎夏芽なつめ、それがこの女性の名前になる。

 少しぽっちゃりとした体形に優し気な目元、顔立ちは少し宗平に似た部分があるのは確かだ。こうして主人公である宗平の家族を見るのも龍一にとってはかなり新鮮な気分だった。


「こうして静奈ちゃんに会うのも久しぶりな気がするわね」

「そうですね。そちらの家に行くことも最近はないですから」

「ちょっと寂しいけれど……まあ年頃ってところかしら?」


 そう言って夏芽は龍一に目を向けた。

 静奈に向けていた親愛を交えた視線とは違い、龍一に向ける目はどこか疑わしい者を見る目だった。


「こちらの方は?」

「大切な人です。私にとって一番と言ってもいいくらいに」


 夏芽は更に疑わし気な視線を強くした。

 宗平の母親ということは今までずっと静奈の成長を見ていた一人でもある。そんな静奈が龍一のような男と一緒に居るのが信じられないのかもしれない。しかし夏芽は決して龍一に対して何を言うでもなく、学校の先生たちのように否定することはなかった。

 夏芽は静奈に視線を戻し言葉を続けた。


「最近宗平の元気がないのよ。静奈ちゃんは心当たりがない?」

「残念ですけどちょっと分かりません。最近は学校でもあまり話すことはなくなってしまったので」

「そう……なのね。あの子、家でもずっとボーっとしてるから静奈ちゃんなら何か知ってるかもと思ったのよ」


 思いっきりその原因を担った二人がそこに居るわけだが、夏芽が詳しく事情を知らないのであれば詳しく伝える必要はないだろう。龍一はともかく、静奈も既に宗平に関してはただの幼馴染でしかないのだから。


「それでは夏芽さん、そろそろ私たちはこれで」

「えぇ。またね静奈ちゃん」


 そうして夏芽と別れた。

 静奈と夏芽が話をする中、龍一に対してあまり関わりたくないというオーラを感じたがそれが普通なのだ。龍一は静奈を連れて歩き出したが、既に彼の中に夏芽に思うことは何もなかった。


「っとそうだ。週末に沙月の家に集まることになったんだよ。静奈も来るか?」

「良いの? 私は沙月さんに会ったことはないけれど……」

「別に良いんじゃねえか? 沙月も以前から静奈には会いたいって言ってたし千沙も連れて来るなら好きにして良いって言ってるし」

「そう。ならお邪魔しようかしら」


 静奈も参戦が決定した。

 龍一はすぐに沙月に連絡をすると、是非来てほしいと返事が返って来た。千沙も静奈が来ることを知れば喜ぶだろうが、彼女に関してはその日のサプライズで良いかと龍一はスマホを仕舞った。


「それじゃあ今日は静奈と咲枝の飯を御馳走になるか」

「きゃっ……もう龍一君ったら♪」


 少しだけ強く肩を抱くようにすると静奈は嬉しそうに困った顔を浮かべるという器用なことをした。静奈はいつだって龍一に触れられると体が彼を求めて反応する。それは彼女が放つフェロモンとなって周りにすら漂っていく。相変わらず多くの視線を集める美しい少女の静奈、彼女の視線はこうなると龍一しか見えなくなるのだ。


「龍一君、今日はちょっと初めてのことをしても良い?」

「初めて?」

「えぇ♪」


 初めてとは何のことか、それは静奈の家に着いて知ることになった。

 咲枝が帰ってくるまで静奈とゆっくりしていたのだが、今日はこっちでお風呂に入って行ってほしいと言われたのだ。帰ってから湯を沸かすのも面倒だったので龍一は快く頷いたが……浴室に居るのは龍一だけではなかった。


「ふふ、こうして龍一君とお風呂に入るのは初めてでしょ?」

「そうねぇ。本当に逞しい肉体ね。いつ見ても胸がドキドキしてたまらないわぁ」


 龍一を挟むように素っ裸の静奈と咲枝がそこには居た。

 静奈が言った初めてのこと、それは龍一と一緒にお風呂に入りたかったのだ。まあその提案がされた時に咲枝も傍に居たので、仲間外れは嫌だと言った咲枝も一緒にこうして一緒にお風呂を済ませることになったわけだ。


 当然、こうして三人が裸になれば何も起こらないわけがなく……三人が浴室から出たのはかなり時間が経ってからだった。


「龍一君、静奈と何かあった?」

「あん? どうしたいきなり」


 それはお風呂から上がった後に咲枝から問いかけられた言葉だ。静奈と何かあったか、そう聞かれても特別なことは何もないとしか言えない。


「静奈を見つめる目がいつもより優しいというか、上手く言えないのだけど違う気がしたのよ」

「……ふ~ん?」

「それで何かあったのかなって気になったのよ」


 二度目になるが特別なことは何もない、そう思ったが龍一の記憶に蘇ったのは学校の昼休みに起きた出来事だ。


『大切な人なんです』

「っ……」


 繰り返される静奈の言葉を思い起こすと心臓が脈打った。

 おかしい、昼休みからずっと感じる何かに龍一は首を傾げた。まだまだその気持ちに明確な気付きを得ない龍一だが、その時は着々と近づいていた。

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