彼の傍で照らし続ける色

「あぁ気持ち良い♪」


 シャワーを浴びながら静奈はのんびりとそう呟いた。

 あれから龍一のアパートについてすぐ、扉が閉まった瞬間に静奈は再び深いキスを龍一にされた。その後、彼にお姫様抱っこをされる形で布団まで連れて行かれた。


『お姫様な気分だわ♪』

『そのお姫様を今から汚すんだがな』

『汚れないわ。証を刻んでもらうの♪』


 自分でも恥ずかしいことを口にしたものだと思ったが、龍一にお姫様抱っこをされれば高揚するのも仕方ない。


「どうしてこんなに気持ち良いのかしら。龍一君が上手だから? それとも私が単に感じやすいだけ?」


 ふとそれが気になった。

 静奈は最近まで経験は一切なく、知識としては知っていたが実際にどんな風にするのかは分からなかった。龍一がリードするように静奈を昂らせ、どんなことをして欲しいか彼に教えてもらい仕込んでもらう。それを実践して彼の喜んでくれる顔を見て静奈も嬉しさと興奮を味わい、後は本能の従うままに体を動かしていた。


「……っ」


 思い出すと感情が再び昂ってくる。

 龍一に体を蹂躙され、静奈も心を埋め尽くされるほどに満足した。だが甘美な時間であればあるほど、もっと味わいたいと我儘にも考えてしまう。こんなに自分はエッチだったのかと恥ずかしくなるが、自分をこうさせたのが龍一だと思うとそれはそれで幸福なことだ。


「よし、これで大丈夫ね」


 全身を綺麗に洗い、髪の毛も洗い終えて静奈は浴室を出た。家に帰らずに来てしまったので着替えはないが、龍一の服を借りることで今日は過ごそうと考えている。彼シャツというやつだ。


「……ふへ……ふへへっ♪」


 龍一に借りたシャツを身に着け、思いっきりその匂いを嗅ぐ。香るのは洗剤の匂いだが、僅かに龍一の匂いが混じっている気がしないでもなかった。


「お、戻ったか」

「えぇ。気持ち良かったわ」


 先に静奈をお風呂に行かせたので龍一は何も着ていない。大きな男を思わせる強靭な肉体が見えるだけで静奈は悩まし気なため息を吐くほどだ。部屋に戻った静奈の装いは龍一のシャツのみを着ている状態だが、上のボタンを二つほど外しているので豊かな胸は谷間が露になっており、太ももから下は何も穿いてないので丸見えだ。


「完全にいけない女の格好だな」

「そうかしら。龍一君のシャツを着ているだけよ?」

「十分いやらしい恰好だと思うぜ? ま、俺好みだがな」


 それなら良かったわと、静奈はその場に腰を下ろした。入れ替わるように龍一がお風呂に向かったことで静奈は手持無沙汰になった。特にすることもないのでスマホを手に取った。


「……メッセージは来てないわね」


 もしかしたら宗平から何かメッセージ、或いは電話が来てるかもと思ったが何もなかった。


「……私を好きだった……か」


 少し考えてみれば、確かに宗平の様子から静奈に対し淡い想いを抱いていることは理解できた。好かれること自体は嫌ではないが、あんな風に龍一に突っかかられた時点で静奈の中で宗平の評価は地に落ちている。仮にもし彼があんな態度を取らなかったとしても、既に静奈は龍一の虜なので何も未来は変わらなかったが。


「龍一君……好き……大好き……愛してる」


 そう呟くだけで心が温かくなり幸せな気持ちになれる。どこまで龍一のことが好きなんだと自らに呆れるほど、静奈はもう龍一のことしか考えられなかった。暇を持て余すようにスマホを弄っていたが、気付けば先ほどまでのことを思い出して自分の体を慰めていた。


「なんか色っぽい声がすると思ったらお前な……」

「し、仕方ないでしょ!? 龍一君とのエッチが幸せ過ぎるんだから!!」


 我を忘れてしてしまった恥ずかしさと、龍一に見られてしまった恥ずかしさのダブルパンチだ。掛け布団をサッと被って顔を隠した静奈を見て龍一は苦笑し、傍に近づいてドサッと腰を下ろして彼女をその大きな腕に抱いた。


「流石に今日はもうしねえが、本当にお前は可愛い女だよ。可愛いだけじゃない、最高にエロくて……それに強くて、こんな良い女は滅多に居ねえ」

「……龍一君」


 龍一は確かに不良だ。だが、静奈に向けられた言葉はいつも優しい。獰猛さを前面に出しながら静奈を貪ることはある。しかしやっぱり龍一は優しかった。その優しさを知っているからこそ、静奈は彼の腕の中で安心出来るのだ。


「流石に明日は家に帰すぞ?」

「分かってるわ。でも今だけはあなたと二人っきり……私だけの特権よ♪」

「その逆も然りだな。今だけは……いいや、これからもずっとお前は俺だけの女だぜ静奈?」


 静奈はその言葉に満面の笑みで頷くのだった。

 それから雑談を交えながら静奈は龍一の好きにさせていた。体を抱きしめる腕を受け入れ、胸を触るその指も受け入れ……そうして電気を消して眠りに就いた。


 龍一の温もりと匂いに包まれ、静奈はこれ以上ないほどの幸せを噛み締めながら眠る。そんな中、彼女は不思議な夢を見た。


「……ここは」


 そこは見たことのない家の中だった。

 静奈の記憶にはない何処か、それを考えている時女性の声が聞こえた。


「アンタなんて産まなければ良かったわ」

「?」


 それは悪意を煮詰めたような声だった。本能でその声に対して静奈は嫌悪感を感じながらも、声のする方へ歩いていく。一つの部屋に辿り着いた静奈の前に、一人の女性と一人の幼い男の子が居た。


「ほんと、クソガキの世話ってなんでこんなに面倒なのかしら。金も掛かるし自分の時間だって無くなる。死んでくれれば楽なのに、でもそうすると色々と面倒なのよ」

「っ……母さん」

「私をそんな風に呼ぶなゴミ屑」


 女性は男の子に向かってティッシュの箱を投げた。

 たとえ軽いとしても角が当たれば痛いだろう。男の子は頭を押さえ、女性に対して恐ろし気な目を向けている。


「……まさか」


 男の子の目を見て静奈はその正体を直感的に理解した。

 あの女性を怖がっている男の子は龍一だと、幼い彼なのだと静奈は気付いたのだ。


「何よその目、それが母親に向ける目っての? 産んでやった恩を忘れてんじゃないのアンタ!!」


 女性は立ち上がり龍一に向かって歩き出す。龍一はしゃがみ込んで女性に何とか目を合わせないようにするだけで精一杯だった。

 目の前で繰り広げられる胸糞悪いどころではない光景、当然静奈は黙っていられない。この夢が何を意味しているのか彼女は理解していないが、ようやく本当の意味で龍一が持つ闇に触れたような気がしたのだ。


 これは夢だ……そう、何にもならない夢かもしれない。

 それでも龍一が苦しんでいるのにそれを助けない選択肢など静奈には取れない。あの時彼に救ってもらった。それから多くの時間を彼と共に過ごし、その幸せを受け取らせてもらった……だからこそ、今度は自分が彼を助けるのだと静奈は女性の前に立ちはだかった。


「アンタ誰よ……つうか何でここに」

「……だれぇ?」


 背中に龍一を庇いながら静奈は口を開く。


「彼は私が守るわ。あなたのような最低な人間に彼を傷つけさせはしない!」

「はぁ?」


 夢なら好きにやってもいいでしょう、そう思って静奈は思いっきり女性の頬を引っ叩いた。パシンと音が響き、女性は泡となって消えていく。


「……龍一君」

「……お姉ちゃん?」


 小さく震えた彼を抱きしめ、どれだけ怖かったのだろうと静奈は唇を噛む。

 過ぎ去った過去は戻らず、傷ついた彼を助けることは出来ない。それでも、この闇を振り払うために静奈はこれからも傍に居ると誓った。優しくて、強くて、どこか放っておけない彼を守りたいから。


「龍一君、私がずっと傍に居るわ。ううん、私だけじゃない。千沙さんもお母さんだって龍一君のことを大切に想ってる人は居るの。だから大丈夫よ」


 そう呟いたのと同時に静奈は目を覚ました。


「……夢?」


 電気は消えており目の前は暗い、だが段々と暗闇に目が慣れた。

 眠る前は龍一に抱かれて眠ったはずなのに、今は彼を胸に抱くような体勢になっていた。あどけない寝顔を浮かべる龍一は静奈の柔らかくて大きな胸に顔を埋めるようにして眠っている。その姿はとても可愛らしくて静奈はクスッと笑みを浮かべた。


「龍一君にとって、あの時のことは偶然だと言ったわね。でもね、私にとっては運命だったの。こんなにも大好きになる人を深く知ることになった運命の出会い」


 あの時の出会いがなければきっと静奈はこんなにも龍一のことを好きにはならなかっただろう。むしろ知り合うことすらなかったと思う。あのまま噂を鵜呑みにして彼を嫌っていた未来すらあったかもしれない。


「私はあなたを愛している。誰にも否定させない私の気持ち……龍一君、何度だって言えるわ。私はあなたを愛してる……ずっと、これからもずっと」


 それは静奈の誓いでもあり願い、愛すると決めた彼の悪夢を振り払う光になると静奈は再び心に決めた。


 彼がどんな色に染まっても、どんな色に覆われようとも、その色を塗り潰すまっさらな色で彼の傍にずっと居続けるのだ。




【あとがき】


ということで一章終わりです。

後はまあ、色々と考えていますが完結に向けて頑張ります。


一応二十万文字あたりを完結の目安に考えてるのでもうしばらくお付き合いくださると幸いです!

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