その出会いは夢のようで
それは龍一にとって古くない記憶だ。
まだ記憶を取り戻す前のこと、ブラブラと夜の街を歩いていた時に一人の美しい女性を見かけた。憂いを帯びた瞳で一人歩くその女性に龍一は話しかけた。
『よう、こんな夜に美人が一人で寂しそうに歩いてどうしたんだ?』
『あなたは……』
まあ、それは単なるナンパだ。
龍一にとって夜を彩るのは美しい女性との逢引き、そしてその女性とベッドで燃え上がるように体を重ねることだ。だからその日も龍一はただ、相手をしてくれそうな女を探していたのだ。
『俺で良ければ話くらい聞かせてもらえないか? そこの店で』
『……ふふ、そうね。こんな寂しい夜は声を掛けてくれた男前のあなたに話を聞いてもらおうかしら』
話を聞くのは建前、しかし女性はそれを理解した上で龍一の言葉に頷いたのだ。
龍一が連れてきたのは行き着けのバーで、高校生でありながらやんちゃばかりの彼を好きにさせている店長が営んでいる店だった。
客が食事をしたりするスペースだけでなく、奥にはそう言った目的の為に用意された個室なんかも用意されてありここを何度も龍一は利用していた。
『おっすマスター、こっちの美人さんに美味いのを頼む』
『また引っ掛けやがったのか? なあアンタ、今からでも外に出な。そいつはアンタを食うことしか目的にねえぞ?』
『ふふ、ご心配ありがとうございます。ですが今日は、彼の温もりに癒されてみたいと思いましたので』
『……そうかい。なら何も言わねえ』
店長も女性に何かを感じたらしく、後は龍一の好きにさせることを決めたようだ。
龍一は未成年なのでまだ酒は飲めない、無視をして飲んでいそうなものだがそこはキッチリしていた。女性は何杯か酒を飲み、良い感じに気分が乗ったところで龍一は彼女を奥の部屋に連れて行った。
『あ……♪』
大人の色香を振り撒く女性を龍一はその筋肉質な腕に抱く。女性は驚いたような雰囲気だったが、すぐに龍一の腕に手を当てて切なそうな吐息を零した。
『もう何年も前のことになるわ。夫を亡くしたのよ……それで、今日みたいにどうしようもなく寂しくなる日があるの。娘が居るのだけどあの子が家に居る時は寂しくないわ。でも今日はお友達の家に行っててね』
『なるほどな。それで寂しくなって夜の街を歩いてたってわけか』
『別に誰かに相手をしてほしくて出歩いていたわけではないの。軽く飲んで帰ろうと思ったけれど、あなたに見つけてもらったから♪』
女性は振り向いて龍一の唇にキスをした。
キスには慣れているが、流石にこれほど突然のキスは龍一もビックリした。だがされるばかりでは面白くないと、龍一も負けじと女性と舌を絡め合う。
『上手なのね』
『まあな。女の扱いにはそれなりに自信があるんだ。安心しろ、悪い夜には決してさせねえからよ』
無我夢中になりながらキスを繰り返し、女性の体をベッドに押し倒す。一人の娘が居るということは既に三十の半ばほどだろうが、その女性の体は今まで龍一が相手してきた大学生くらいの女に劣らない魅力を兼ね備えていた。
『あなたの腕に抱かれるととても安心するわね。乱暴というか、少し強引な部分はあるけれど滅茶苦茶にしてほしいって体が言っているもの』
『そいつは光栄だな。それじゃあ……っとそうだ。名前くらい交換しないか? 何なら偽名でも構わねえ』
『……確かにそうね』
『さっき店長が言ってたが俺は龍一ってんだ。アンタは?』
『咲枝よ』
『分かった。それじゃあ咲枝、たっぷり愛し合おうぜ』
『えぇ♪』
「……うが?」
「お、起きたかよ龍一」
「……真?」
間抜けな声を出しながら龍一は目を覚ました。
辺りを見回してみるとそこは学校の教室で、まだ多くの生徒が教室に残っていた。まあそれも当然であり、今はまだ授業と授業の合間にある休憩時間だからだ。
「……寝てたのか俺」
「ぐっすり寝てたぜ? 先生もお前を起こすのを諦めたくらいだ」
「……そうか。悪いことしちまったな」
前までならいざ知らず、今の龍一はちゃんと反省をする男の子だ。真はマジかよと言わんばかりにギョッとしていた。その顔の意味を分かっているからこそ、龍一は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「お前本当に変わったなぁ? 無駄に頭良いから先生も何も言わねえし、授業態度悪くてもテストの成績が良ければプラマイゼロだしな」
「それはお前もだろ」
「俺は寝ないからな!」
「……ぐぅ」
確かに真は授業中に寝たりはしていない、隠れて女とのやり取りばかりしているがバレないようにしているので問題ないらしい。
「……懐かしい夢を見たな」
かつて夜にブラブラしている時に見かけた美しい女性、咲枝と名乗る未亡人との熱い夜の記憶だった。あれから龍一は彼女と会っていないが、あれだけ美しい女性ならば既に再婚して幸せな家庭を築いていることだろう。
「……あぁそうか。咲枝が竜胆に似ていたのか」
龍一に抱かれた時に嬉しそうな反応を返したこと、その時の仕草が二人ともかなり似通っていた。思えば容姿もかなり似ており……まさか親子なのでは? なんてことを龍一は考えたがまさかそんなことがあるかと苦笑した。
「ぐっすり寝てたわね獅子堂君?」
「あぁ……ふわぁ……あぁ?」
「何よ。そんな大きな口を開けて私を見つめたりして」
当り前のように静奈が傍に居たからだ。
龍一がよほど寝ぼけていなければ、さっき真と話している間に彼女は傍に居なかった。つまり、気付かないうちにいつの間にか傍に居たことになるが……少しだけ龍一は距離を取るように椅子をズラした。
「……黙って近づいたことは悪いと思うけど、そこまで怖がらなくても良くない?」
「別に怖がってない。気持ち悪いと思っただけで」
「もっと酷いじゃない!」
寝起きの頭に大きな声は響くと龍一は眉を顰めた。
「ほんと、何があったんだ二人は。いきなり仲良くなり過ぎじゃね?」
「そうかしら。ちょっと色々あったのよ」
「その色々が気になるんだけどなぁ?」
「うるせえよ何も気にすんな」
しっしと払うように手を振ると真は笑いながら去って行った。
面白いことには目がなく、龍一の変化についても色々と知りたそうな真には本当に困らせられる。それに、いつ隣に立っている静奈がボロを出すかも分からない。
「それで? 何か用だったのか?」
「……これっていう用はないけど、話をしたかったからではダメ?」
「……ダメじゃねえ」
面倒だからと拒絶するのは簡単だが、それで悲しませるのもどうかと思うし周りから何あいつと思われるのも嫌だった。記憶を取り戻したせいで若干気が弱くなったかとも思ったが、単純に心境の変化だと思われる。
「もしかして噂がどうとかって気にしてる?」
「お前だって嫌だろ?」
「う~ん、少なくとも私たちは……ねぇ?」
そう言って静奈が目を向けたのは彼女の友人たちだ。
以前にトイレからの帰りに少し話しただけの彼女たちは、龍一の目が向くとヒラヒラと手を振って来た。どうやらあの時の絡みが良い方向に作用しているらしい。
「……?」
そこで視線を感じて龍一が目を向ければ静奈の幼馴染である宗平がジッと見てきていた。視線が合うとサッと目を逸らしたが、どうやらこうして静奈と話していることをかなり気にしているらしい。
「……あぁ、宗平君か」
「俺みたいなのと話してるのを随分気にしてるみたいだな」
「……どうしてかしらね。私はただ、普通に獅子堂君と接してるだけなのに」
今までがあるからその普通を受け入れられない人も居るということだ。
それにしてもと、チラッと気付かれないように静奈の顔を龍一は見た。漫画では宗平を見る顔はとにかく笑顔ばかりだった。それなのに、今宗平を見る静奈の顔はどこか諦めのようなものと失望のようなものが入り混じったようにも感じたのだ。
「……あ、そうだわ獅子堂君」
「なんだ?」
「連絡先、交換してくれない?」
また一つ、静奈は龍一の懐に入り込んできた。
【あとがき】
この作品が少しでも面白いと思っていただければ幸いです。
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