第11話:私が出来るチート。

 



 領地に戻って一年が経ちました。私はとても楽しく過ごしています。


 アップルビー伯爵領は、王都からも遠く、人口の多い都会のような街も近場にありませんので、乳牛にそれほど力を入れてはいませんでした。

 ところが、『牛や山羊、羊の乳を加工食品にし、他領に売り出す』というのが王城より派遣された文官より出された改善案だったそうです。

 初めは疑心暗鬼だったそうですが――――。


「いやぁ、チーズがこんなにも売れるとはねぇ」


 お父様は目尻を下げて、ほのほのと笑いながら乳牛を撫でていました。

 …………乳牛を!

 大切なので二度言いました。


「お父様、これからお母様とお出かけされるのですよね? 牛ふん踏んでますが……。また臭いと言われますわよ?」

「おぉっと、これはいけないねぇ! 戻って湯を浴びないと。ミラベルはどうするんだい?」

「私は町の食堂に顔を出して参ります」

「そうかい。護衛は連れて行くんだよ?」


 お父様は、執務のほとんどをお兄様に任せていらっしゃいます。

 お兄様が美しい奥様に褒められたいから! と張り切って執務をしていらっしゃるので、お父様は必然と暇になってしまったようです。

 暇を持て余したお父様は、領主邸の横にある牧場で牛の世話をする事にはまっていらっしゃいます。

 ハァハァと牛を撫でまくっている姿をお母様に見られて、ガチでドン引きされていましたが、「君がいなくて寂しかったんだよ」と言いながら瞳をウルウルさせ、お母様の手を握り、人畜無害そうな風体を活かして丸め込んでいらっしゃいました。


「あ、お父様、そろそろ誤魔化せませんので、素直に牛を撫で擦るのが趣味だとお伝えしたほうが賢明ですわよ?」

「なでっ…………も、もうちょっとマシな言い方をしてくれないかい⁉」


 マシな言い方、と言っている時点で……まぁ、これ以上は突っ込まないでおきましょう。




 領地に戻って付けられた護衛のロブと領主邸の近くにある町の食堂へと向かいました。


 ロブは今年十六歳で、アップルビー領の騎士団に所属している従士、いわゆる騎士見習いみたいなものです。

 真っ黒でツンツンした髪の毛と、焦げ茶色の瞳がなんとなく前世のニホンを思い出したので、私の護衛に指名いたしました。


「お嬢、今日はどんな物を開発すんですか?」


 指名された時には騎士の訓練が出来ない、子守なんて嫌だ、とかブーブー言っていたのに、最近はノリノリで護衛に付いて来ます。

 ……まぁ、ご飯目当てですが。


「今日はね、チーズがとろけ出て来るチキンボールよ」

「う……美味そうじゃないっすか!」


 領地に戻って、初めの二ヶ月はぼーっと過ごしていました。その後の二ヶ月で色々と変わった領地を見て回り、更にその後の二ヶ月では領地で生産しているチーズの事を勉強しました。

 その最中に、ふと前世で食べて感動したチーズフォンデュを思い出し、どうしても食べたくなったので屋敷の料理長に伝えると、チーズフォンデュを知らないと言われました。

 そこで私は知ったのです、領民達はチーズを齧ったり、ピザなどにしたりと普通の使い方はしているけれど、新しい料理の開発等はしていないという事に。


 前世のアニメや小説で人気だった内政チートは、私には出来そうもありません。

 もちろん、医療、物理、科学、工学、美術や工芸なんてチートも持ち合わせておりません。

 ですが、チーズフォンデュを思い出した事により、薄かった前世の記憶が急に鮮明になりました。


 ――――前世の私は食いしん坊だったのですね!


 食いしん坊な事を思い出すと、急に色々と食べたくなってしまいました。

 そうして半年前からは、町の食堂での新しいレシピ開発に取り組む事にしたのです。

 町の食堂で開発するのは、領地に観光客を集める為です。

 B級グルメで町興し、というやつですわね。

 決して私の空腹感を満たす為ではないのです。

 決して!

 …………けっして……た、たぶん?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る