【イケメンのクラスメイトが俺の幼馴染を狙っているみたいだ。完璧過ぎて勝てそうにないので、仲良しッぷりを暴露して諦めさせようと思う】

 次の日の朝、悠斗は携帯の着信音で目を覚ました。


「いま何時だ?」と、机の上に置いてある携帯に手を伸ばす。


 ――千秋からのメールで、そこには『今あなたの家の前にいるんだけど、出て来られる?』と、書いてあった。


「何だろ?」


 悠斗はそう呟いて、とりあえず、『いま起きたばかりだから少し待ってくれ』と返事をして、準備を始める――黒いジャージに着替えて、顔を洗うと外に出た。


「おはよ!」と、上は白いTシャツ、下は青ジャージ姿の千秋が元気よく挨拶をすると、悠斗も「おはよう」と返す。


「行き成り、どうしたんだ?」

「最近、私さぁ。ちょっと太ってきちゃって、運動したいと思ったんだけど、一人じゃ寂しくて、付き合ってくれない?」

「吹奏楽の朝練は?」

「しばらく休むことにした」

「ふーん……女の子はちょっとフックラしていた方が可愛いのに」


 千秋は髪を撫で始め「うっさいなぁ。空気読みなさいよ」


「ごめんなさい……ところで付き合っても良いけど、運動って何やるの?」

「ジョギング」

「分かった。今日から始めるの?」

「うん!」


 千秋は嬉しそうに笑顔を浮かべて返事をする。

「じゃあ、準備運動したら行こうか」

「うん!」


 ※※※


 悠斗が千秋とジョギングするようになってから、数日が経つ。あんな事があったが、悠斗は千秋に嫌われていなかった。むしろあの日を境に一緒に学校に行く時間が増えたり、宿題が分からないからと、千秋が家に来たりと、二人で過ごす時間が増え始めていた。今だって――。


「ちょっと動かないでよ!」


 悠斗は休み時間に眉毛がボサボサで気になると、千秋にピンセットを使って整えられていた。


「だって……」

「だって、何よ」


 幼馴染とはいえ顔が近くて、恥ずかしかったのか悠斗は顔を赤く染めていた。それにクラスメイトがチラチラ見ているので、それも気になっているのかもしれない。


「──何でもない」

「じゃあ動かないで」

「はい」


 千秋の顔が悠斗の顔にグイッと近づく。


「──痛ッ!」


 悠斗は千秋にピンセットで瞼を摘ままれ悲鳴を上げる。千秋が良い笑顔を浮かべてケタケタと笑い出すと、悠斗は瞼をさすりながら「お前、昔からSっ気があるよな」


「ごめん、ごめん」

「まぁこれぐらい大丈夫だけど」


 悠斗は痛そうにしながらも、千秋の可愛らしい笑顔をみて、満足そうに微笑んでいた。

 

 ※※※

 

 更に数日が経ち、強歩大会を迎える。この日は授業がなく、早く帰れるが、30キロ近くと長い距離を走るので、悠斗を含む大半の生徒達は、とても嫌そうな表情を浮かべていた。


「はい、位置について」と、男の体育教師が言って、笛を構える。男子生徒達はグラウンドの真ん中で、女子がスタートするのを見守っていた。


 女子が走るのは男子の半分の15キロ、それでも長いけど千秋ならきっと大丈夫と悠斗は思っているようで、表情を変えることなく見ていた。


 ピーっと笛が鳴り、女子が一斉にスタートする。残った男子はそれをみて、ゾロゾロと動き出す。男子は女子より遅いスタートとなっていた。


「去年も走ったけど、待ってる間、緊張するな」と、悠斗の隣に居る勤が話しかける。悠斗は「あぁ」と返事しながらも、自信がありそうな表情をしていた。千秋とジョギングをした事が、自信へと繋がっているのかもしれない。


「少しでも順位が上がると良いけど」

「そうだな」


 悠斗は相原に勝ちたいと思っているようで、チラッと視線を向ける。悠斗はあれから、相原が千秋に告白したという噂は聞いていなかった。だったら、ここで勝って勢いを付けたい! そう思っているのだろう。


「あ……」と、何かに気づいたかのように悠斗が声を漏らす。


「どうしたんだ?」

「いや、何でもない」


 ここにきて、千秋が自分をジョギングを誘って来た理由が分かったのかもしれない。悠斗は更に顔を引き締めた。


「――はい、男子。そろそろ位置について」と、男子教師が笛を構える。ピーっと笛が鳴ると同時に、男子がゾロゾロとスタートした。


 ――数分走っていると、それぞれの個性が見えてくる。最初から飛ばして走る人。すでに諦めて歩き始める人。そしてずっとペースを変えずに走る人。


 相原はどうやら、ずっとペースを変えずに走るタイプのようで、焦ることなく走っている。悠斗も同じタイプなのか、ペースを乱さずに走っていた。


 ――1時間ほど経った頃、折り返し地点から帰ってくる女子が出始める。悠斗の走る速さはあまり変わっていないのに、相原と少し距離が離されてしまっていた。でも体力はまだ温存しているようで、表情を崩してはいなかった。


 ※※※


 悠斗が学校に戻って来ると、グラウンドには数人の女の子が残っていた。もちろんその目当ては相原で、黄色い声援を送っていた。でも悠斗はそんなの気にしない様子で、黙々と走り続ける──。


 ゴールまで後、グランド一周。悠斗は相原の相原の後ろに居るものの、直線でダッシュをすれば、十分抜かせる位置に居た。


 悠斗は少しずつ走る速さを上げていく。相原はそれに気づいたのか、ペースを上げた。ここで悠斗は表情を崩し、驚きの表情を浮かべる。計算外の事が起き、急に不安になったようで、目を泳がせ始めた。


 おそらく千秋を探しているのだろう。だが千秋はグランドには居なかった。最後の直線に差し掛かり、悠斗は残りの体力を振り絞りダッシュをする。相原もそれに気付いたのか、ダッシュを始めた――。


 あと少しだが二人の距離は埋まらない。ゴールまであと数メートルという所で、悠斗は諦めたのか、一瞬、走る速度が遅くなる。


 その時! 


「悠斗、諦めるな! 頑張れ~!」と、千秋の力強い声援がグラウンドに響く。


 悠斗は気持ちを持ち直したようで、グッと力強く地面を蹴り上げた。ゴール目前で相原は体力の限界だったようで、失速する。悠斗は僅かだが追い抜いて、そのまま白線を踏み、見事に勝利した。


 相原は倒れるかのようにガクッと両膝を地面に付き、悠斗に負けたことが悔しかったようで頭を抱える。


「やったー!!!」


 悠斗は余程嬉しかったようで、空を見上げて雄叫びを上げた。目にキラッと光るものが見える。感動の涙を必死に堪えているのかもしれない。


 悠斗はキョロキョロと辺りを見渡し、千秋を見つけると、周りの目を気にせず、息を整えながら、ガッツポーズをした。


 千秋は笑顔を浮かべて頷くと、ガッツポーズを返していた。そのあと悠斗の方へと駆け寄って行く。


「危なかったね」

「あぁ、千秋のおかげで助かった」

「ふふ、感謝しない」

「うん。千秋、どこに行っていたんだ?」

「え?」

「いや、さっき居なかったから」


 千秋は髪を撫でながら「――トイレ。ちょっと言わせないでよ」


「あ、あぁ……ごめん」

「少し休んだら、一緒に帰ろうね」

「うん」


 ※※※


 千秋は更衣室で制服に着替えると、廊下に出た。それを見つけた相原は「あ、千秋ちゃん」と声を掛け、近寄る。


「なに?」

「ちょっと話したいことがあるんだけど、良いかな?」

「ごめん、悠斗を待たせてるから」


 相原はムッとした表情を浮かべるが、直ぐに表情を戻して「えっと、直ぐに終わるから」


「分かった」

「じゃあ付いてきて」と相原は言って歩き出す。千秋は不安そうな表情で付いて行った。


 ──二人は誰も居ない家庭科室に移動する。


「相原君、話って何?」


 相原は家庭科室のドアを閉め、千秋と向かい合うように立つと「その……実は今日、君に告白しようと思っていて」


 どうやら相原は、悠斗に勝ってから告白するため、この日まで待っていたようだ。


「──告白?」

「うん。俺、ずっと君の事が好きだった。だからその……俺と付き合って欲しい」


 千秋は申し訳なさそうに眉を顰め、すぐに「ごめんなさい。好きな人が居るの」


「え……それって、もしかして悠斗君?」

「うん……」と、千秋は恥ずかしそうに俯きながら答える。


「何で? 今日は負けちゃったけど……俺の方が勉強もスポーツも出来るじゃないか!」

「うん、そうだね。だから悠斗の方が気になっちゃうんだよね……とにかく気持ちは嬉しいけど、ごめんね」


 相原はなぜ自分が振られたのか、まだ分からないようで呆然と立ち尽くす。千秋はニコッと笑顔を浮かべると「それじゃ行くね。ありがとう!」と、相原に向かって手を振った。


 その“ありがとう”が何を意味するのか……単純に告白に対する御礼なのかもしれないが、千秋の嬉しそうな笑顔から、それ以上の何かを感じる。もしかしたら相原のおかげで、悠斗との距離が近くなったことまで含んでいるのかもしれない。


 ※※※


 悠斗が校門で、千秋を待っていると、千秋は「お待たせ~」と駆け寄る。


「本当、遅かったな。何やってたんだ?」と、悠斗は何かを感じ取っているのか不満げにそう言った。


「内緒!」

「──まぁ、良いけど」


 二人は校門を出て、木漏れ日溢れる並木道を歩き始める。周りに人はおらず、爽やかな風が静かに木々を揺らしていた。二人は疲れているのか、黙って歩き続ける──。


「ねぇ、悠斗」

「なに?」

「最後の方、力抜こうとしたでしょ?」

「え……」


 悠斗は作り笑いを浮かべて「そんな事ないよ」


「嘘を言わないでよ。何年、あなたを見ていると思っているのよ」

「――ごめんなさい。その通りです」

「やっぱりね……」と、千秋は言って、青く澄み渡った空を見上げる。


「その時さ、思わず皆のまで、『そうやって私への気持ちも諦めるつもり!?』って言いそうになっちゃった」


 悠斗はそれを聞いて、階段の踊り場で、千秋に想いを寄せていた所まで聞かれていたことを確信したようで「あ……」と声を漏らし「ごめん。心配掛けたね」


「本当よ」

「ごめんな。俺も相原みたいに完璧だったら、千秋に心配かけさせる事もないのに」


 千秋は空を見上げるのをやめ、正面を向くと、後ろで腕を組みながら、俺の一歩前を歩き始める。


「私は完璧なんていらない。私は一緒に頑張れる……そんな人に側に居て欲しい」


 千秋は急に立ち止まると、クルッとこちらに体を向ける。悠斗が立ち止まると、千秋は体を傾け「あなたみたいにね」


「千秋……」


 悠斗は千秋の言葉がただただ嬉しかったようで、言葉を詰まらせる。悠斗が黙って見つめていると、千秋は顔を真っ赤に染め、髪を撫でながら、恥ずかしそうに俯いた。


「行こっか」

「あ、うん」


 二人は歩調を合わせ、肩を並べて歩き出す。


「――それに私は相原君、苦手」

「なんで?」

「だってあの人、悠斗の挨拶、無視したでしょ?」

「あ……見ていたの?」

「うん」

「そう……見ていてくれていたんだ……」


 歩道が狭くなり、二人の肩と肩が触れそうなぐらいに近づく。二人は何度もこんな状況、体験してきたはずなのに、恥ずかしそうに俯いていた。


「千秋」

「ん?」


 悠斗は今しかないと思ったのか、千秋に向かって手を伸ばし、ギュッと手を握る。千秋はドキッ! っとしたのか一瞬、驚きの表情を浮かべるが、直ぐに表情を戻して髪を撫でながら「――ちょっとは空気が読めるようになったじゃない」と、ボソッと呟いた。


「千秋様のご指導の賜物かな」

「そりゃどうも」 

「あのさ……伝えたい事があるんだけど」

「――大丈夫、心の準備はいつだって出来てるよ」

「それって、待たせたから?」

「うん、そうだよ」


 千秋はハッキリそう言ってクスッと笑う。


「ハッキリ言うね……じゃあ、言うよ?」

「うん」

「俺さ、いつも側に居て支えてくれる千秋の事、その……好きだよ」

「うん、私も同じ気持ち」と、千秋はすぐに返事をして、悠斗の腕に体を寄せた。


「ありがとう」

「こちらこそ」


 小学校の時からパッタリと無くなってしまった手の温もりが蘇り、心地よいと感じているのか悠斗はとても幸せそうな表情を浮かべている。


 悠斗はその温もりを感じて、千秋との思い出が蘇ってきたのか「考えたら俺、自分の幸せばかりを求めて、千秋の好みや、どう思ってくれているかを知ろうとしていなかったな」


「やっと気付いたの、鈍感さん」

「うん、確かに鈍感だ」と、悠斗は苦笑いを浮かべる。そして千秋の方に顔を向けると「俺、これからはもっと君の事を知るために頑張るから」


 千秋は悠斗の方に顔を向け「仕方ないから協力してあげるよ」


「ありがとう」


 幸せそうに見つめあう二人……この日、二人はようやく、幼馴染という殻から抜け出し、恋愛に向けて一歩踏み出せたようだった。

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