【しつこく絡んでくる女にうっせぇ!!!って言ったら、その女子の様子が変わり始めた。なんか落ち着かない。どうやら俺はMだったようです】

 ある日。春樹は別のクラスの男子、ひろしに声を掛けられ、恋愛相談の依頼を受ける。今日はその約束の日で、春樹は恋愛相談所で宏と向かい合って座っていた。


 春樹は1時間のコースで料金を受け取り、少し雑談をした後、「相談って何ですか?」と、切り出した。


 宏は言い辛いことがあるようで、俯くと「実は──俺、幼馴染? といっていいのか、昔から腐れ縁の女子がいて、そいつにウッセェ! って言ってしまって……」


「えっと……なんで?」

めぐみは昔から、俺にウザい絡みしてくる奴でさ。その時に言われた言葉が流石に頭に来ちゃって」

「なるほど……もう少し詳しく聞かせて貰って良いですか?」

「あぁ」


 宏はそう返事をして、出来事を話しだした──。


 ※※※


 放課後になり恵と宏は中学の制服を着て、通学路を歩いている。


「ねぇ、ねぇ、宏。宏は高校、どこにするの?」

「お前は?」

「私は△高校」

「あぁ、それが無難だよな」


 宏がそう言うと、恵は笑顔を浮かべ「うんうん」


「でも俺は〇高にする」

「え!?」と、驚く恵の表情を見て、宏は「なんだよ、その顔」


「え、だってあそこ偏差値が高い高校だよ?」

「知ってるよ。ちょっと高いぐらいの高校を目指してみたいじゃないか」

「えっと──」と、恵は考え事を始めたようで、正面を向くと俯き、黒髪のポニーテールを撫でるように触りだした。


「大丈夫? やめておいたら?」

「何でそんな事を言うんだよ」

「あ、ごめん」


 宏は恵の言葉に腹を立てたようで、それから二人は会話を交わすことなく家に帰った。


 ※※※


 その日の夜。宏が自室のベッドの上でくつろいでいると、電話が鳴る。宏はズボンから携帯を取り出すと「おぅ、どうした?」


「あの……さっきはごめんね」と、電話してきたのは恵だった。宏はフッと笑顔を浮かべ「大丈夫、俺も大人げなかったな」


「うぅん、大丈夫。ところでさっき〇高校調べたんだけど、男子校なんだね」

「そうだよ」

「えっと──△高校は男女共学だよ? こっちにしてみない? 素敵な女の子と出会えるかもよ?」

「それは魅力的だな」

「でしょ?」


 宏は上半身を起こすと「でもそんなんで進路を決めて良いのか悩んでる」


「そう……」

「──もし俺が〇高校行ったらさ、女の子を紹介してくれる?」

「ぜったい嫌!!」


 恵は怒鳴るようにそう言うと、電話を切った。


「なんだよあいつ……冗談で言っただけ何だけどな」と、宏は言って頭をポリポリと掻くと、電話を切った。


 それから恵は、ちょくちょく宏に話しかけては、△高校の良さをアピールして宏を誘っていた。その様子はまるで、どうしても同じ高校に通いたいようであった。


 ※※※


 一年と数カ月が流れる──二人は同じ制服を着て、小鳥がさえずる中、並んで登校していた。


 恵は突然、前を歩く女の子たちを指さし「ほらほら、みてみて。可愛い女の子がいっぱいいるよ!」とピョンピョン飛び跳ねそうな勢いでいった。


 そして髪を撫でるように触ると、切れ長の目を細め、笑顔で宏の背中をバンバンと叩きながら「同じ高校を受けて良かったね! だから言ったじゃん!」


「そうだけど、お前に誘導されたようでなんか納得いかねぇ……」

「そう良いなさんなって!」と、恵は言って嬉しそうな表情を浮かべながら後ろで手を組んだ。


「また、よろしくね!」


 恵にそう言われて、宏は照れくさくなったのか、頬を掻きながら「おぅ」と小さく答えていた。


 ※※※


 それから数週間が経ったある日。宏と恵が正面を向きながら、並んで帰っていると、「宏──好きな子が出来たって本当?」と、恵が言った。宏は一瞬、驚きの表情を浮かべるが直ぐに表情を戻して「教えない」


「え~……何で?」

「だってウザ絡みされそうだもん」

「え~……しないよ」

 

 恵は宏の方に顔を向けると「──1年〇組の春香さんだっけ?」


「なんだ、知ってんじゃないか。嫌らしい奴め」


 恵は苦笑いを浮かべると「ふふ、そう言うって事は本当なんだね」と言って、顔を正面に戻した。


「あぁ」


 ──二人の会話がそこで途切れる。恵は何だか浮かない表情をしていた。少しして髪を撫でると「あなたに大人しい感じの子は合わないよ。だってあなたも大人しい方じゃない? もっとグイグイ来る子を選びなよ」


「──そんなの俺の勝手じゃないか」と、宏は答えると、怒っているのかスタスタと恵を置き去りにして行ってしまった。


 ※※※


 それから更に数週間が経ち、宏は春香に告白し付き合い始めた。宏はその日の放課後、自分の席を立った恵を呼び止め、「なぁなぁ、聞いてくれよ」と、声を掛けた。


「嬉しそうな顔して、どうしたの?」

「それがさ、俺、春香さんと付き合うことになりました!」

「え……」


 恵は突然の告白に目を丸くして驚く。


「これから一緒に帰るところなんだ」

「そ、そう……」と恵は返事をするとニコッと笑顔をみせ「良かったじゃん。おめでとう」と返した。だがその笑顔は心なしか引きつっているようにも見えた。


「おぅ、ありがとう!」


 宏はそう返事をすると、恵に背を向け去っていった。恵は悲しげな表情でそれを見送っていた。


 次の日の休み時間。恵は自分の席に座っている宏の後ろからコッソリ近づき、肩をトントンと叩く。宏が振り向いた瞬間、人差し指で頬を突き「おっと、つっかえ棒~」と、ちょっかいを出して、微笑んだ。


「うざいなぁ」と、宏は言いながらも、嬉しそうに微笑む。


「調子はどう? 彼女とはうまくいってる?」

「うん、良い感じ」

「そう……良かったね!」

「うん」


 宏がそう返事をすると、恵はクルッと宏に背を向け、自分の席の方へと戻っていった。


 ※※※


 その日を境に、恵は宏にちょっかいを出しては、「調子はどう?」と尋ねていた。宏はいつも「良い感じ」と笑顔で答え、恵は「そう……」と苦笑いを返しては、宏の見えないところで、悲しげな表情を浮かべるのだった。


 そんな日々が続き、半年が経ったある日の事。宏は必死に頑張ったが、「ごめん、やっぱり私達、合わないと思うんだ」と、春香に振られてしまった。それを聞きつけた恵は直ぐに宏のもとへ向かい「一緒に帰ろう」と、声を掛ける。


 ──二人は久しぶりに通学路を並んで歩き始めた。恵は髪を撫でるように触ると、苦笑いを浮かべ、宏の背中をバンバンと叩いた。


「だから宏には大人しい感じの子は合わないって言ったじゃん」


 宏は振られたばかりで、落ち込んでいる時にそう言われたからか、明らかに不機嫌な表情を浮かべた。恵はそれに気づかない様子で「ねぇ、聞いてる?」と、宏の方に顔を向ける。


「うっせぇな……」

「え?」

「うっせぇって言ってんだよ!!!」


 宏が溜まった不満をぶちまける様にそう怒鳴ると、恵は目を丸くして立ち止まった。


「──あ、ごめん」と、恵は悲しそうな表情で謝るが、宏は聞こえているのか、いないのか歩みを止めることなく、さきに進んでいった。

 

 それから宏と恵は全く口を聞かないまではいかないものの、ギクシャクした関係が続き、恵から宏に絡むことはなくなった。


 ※※※


「──ってな事があって、最初はさぁ、せいせいしたなんて思ってたんだだけど段々と寂しくなってきてさぁ。昔の関係に戻りたいなぁなんて思ったから、相談に乗って貰いたくて話しかけたんだよ」

「なるほどねぇ……」

「あ、ごめん。これ、考えたら恋愛相談じゃないな」


 春樹はニコッと微笑むと「そう? 少なくとも元に戻りたい気持ちがあるんだから、宏君は恵さんの事が好きって事でしょ?」


「え──まぁ……そうかもしれない」

「でしょ? 多分、恵さんは絡んだら怒られると思って、一歩踏み出せない気持ちでいると思うんだ。だからまずは謝って、そのあと素直な気持ちを伝えたらどうかな? って思う」

「やっぱり?」

「うん」


 宏は黙って立ち上がり「分かった。やってみる」


「あ、そうだ。その時に恵さんに何で絡んできたの? って聞いてみたら?」

「何で?」

「素敵な展開になりそうな予感がするから」


 宏は不思議そうな顔を浮かべながらも「分かった。ありがとう」と返事をして、恋愛相談所を後にした。


 ※※※


 その次の日。宏は恵の席の前に立ち「恵。その……久しぶりに一緒に帰らないか?」と声を掛けた。恵は一瞬、驚きの表情を見せたが、直ぐに笑顔を浮かべて「うん」


 ──学校を出て、しばらく黙って歩いていると宏は「あのさ──ごめん」と、切り出した。恵は何のことか分からなかった様子で首を傾げると「え?」


「えっと……あの日、うっせぇなんて言ってごめん」

「あぁ……私の方こそごめんね。あなたの気持ちも考えずにあんな事を言って」

「うぅん、大丈夫。あのさ、もし良かったら、前みたいに俺と絡んでくれないか? どうやら俺……Mだったようで、その……寂しくて」


 宏が冗談交じりでそう言うと、恵はクスッと微笑んで「じゃあ……そうさせてもらうね!」と答えた。


「ありがとう」

「御礼なんていらないよ。私はSですから」


 今度は宏がクスッと笑う。


「そうだったな──ねぇ、昔から気になってたんだけど、何で恵は俺にしつこく絡んでくるんだ?」

「え──それは」


 恵はそう言って恥ずかしそうに俯くと、手を後ろで組んで「どうしたら良いか分からなかったから」とボソッと答えた。


「どうしたら良いか分からなかった?」

「うん……あなたの事が好きだったけど、どう接したら良いか分からなくて、あんな態度になっちゃったの」

「あぁ……何だか思春期の男の子みたいだな」

「女の子だって、そういうのあるんだよ!?」

「そうなのか? ごめんな、気付かなくて」


 恵はスッと手を伸ばし、宏の手をギュッと握る。


「うぅん。私の方こそ、ごめんなさい。これからはもっと素直な女の子になります。だから、ずっと側にいさせてください」

「うん、分かったよ」


 宏はそう返事をして、恵を受け入れるかのように手を握り返していた。


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