ここにも、そこにも、あそこにも?田原総一朗
楠本恵士
異世界に田原総一朗
第1話・【異世界レザリムス】女魔王パール・ソネット〔朝マデ洞窟〕
異界大陸国・東方地域【結晶洞窟】──ヘビ角を生やした、女魔王パール・ソネットは、洞窟奥の魔王椅子に座って退屈していた。
「幽体転生者の『和歌』が、この体から抜けて兄の科学召喚者の『詩郎』も自分のアチ世界にもどってしまったから……やることがなくなったな」
【幽体転生】──ある条件の元で、現界〔アチの世界〕に居る人間と、異界〔コチの世界〕に居る人間の体と魂が入れ替わってしまう特殊転生。いずれは元の肉体にもどるコトが条件。
女魔王パール・ソネットは、限界で昏睡状態に陥った『和歌』という少女の魂を、ひょんな経緯から肉体に憑依させてニ魂一体で生活していた時期があった。
その後、和歌の兄の詩郎が科学召喚で、コチの世界にやってきた。
【科学召喚】──運が悪ければ、分子分解されて消滅してしまうデンジャラスな召喚術。
詩郎は外見は正常に召喚されたように見えるが、内臓の方はどうなっているかはわからない。
その詩郎も、妹の和歌も去ってしまい。パール・ソネットは若干寂しい日々が続いていた。
うなじから、絡まり下がっている二本のヘビ尾を左右に動かしながらソネットは呟く。
「退屈過ぎて死んでしまう……何か面白いコトはないか」
ソネットの言葉を聞いて、洞窟の掃き掃除をしていた。
「そう言えば、市場で小耳に挟んだのですが……」
一つ目で悪魔とのハーフ要素が強いラブラド種
には、悪魔的な能力が宿っている場合が多い。
0号能力は、目から発射される溶解光線だった。
ソネットは一つ目メイドの話しに聞き入る。
「隣町の朝マデ洞窟に、新しい魔王が住み着いたそうですよ」
「ほう……魔王が、新規の魔王なら。挨拶しておかねばならぬな」
異界大陸レザリムスには、過去や現在、各地に多数の魔王を名乗る者が存在する。
「その、朝マデ洞窟の魔王とやらに会いに行くぞ……仮に邪悪な魔王だったら退治する」
椅子から立ち上がって手にした愛剣から音声で。
《魔王剣!お出かけ!》の声が聞こえた。
隣町に0号と一緒にやって来た、パール・ソネットは活気が無い図書館が目に止まった。
静寂した図書館の受付で訊ねるソネット。
「入館料はいくらだ?」
「この図書館は入場無料ですよ」
「なに? これだけ書籍が棚に並んでいて入館無料なのか! 好きな本を持ち帰ってもいいのか? それとも販売モノか?」
「図書館の本は借りるだけですよ、館内なら自由に閲覧できますが」
「若者の姿が見えないが?」
「今の若者は本なんて読みませんよ……図書館で勉強はしていますが」
「そうか、今の若者は書籍で知識を得ようとはしないのか……ふ~ん、これだけの書籍が無料で読めるのに、もったいない」
ソネットが図書館から町へ出ると、各家々の前には疲れきった者たちが座り込んでいた。
ソネットが一人の男に話しかける。
「どうした? 疲れきった者たちが、やたらと多いな?」
「朝までなんです」
「何が?」
「朝マデ洞窟に行くと、朝まで徹夜で討議をさせられる……眠いのに眠らせてくれない、やっと討議が終わって解放されるかと思うと、ループした話題に引きもどされて答えをワザと出さない討議が日が昇るまで続けられる……朝まで続く地獄です」
「それは、洞窟に住み着いた新しい魔王の仕業か?」
「はいっ」
「町の者たちに迷惑をかける、悪い魔王なら退治せねばならんな」
ソネットの言葉に、町の者たちはざわつく。
「あんたたち、朝マデ洞窟に行くつもりか? 悪いコトは言わない……やめておけ」
「忠告ありがとう、わたしも魔王の一人……新参者の魔王が、どんなヤツなのか見極めないとな」
歩きはじめた、女魔王パール・ソネットに町の者は。
「どうなっても、知らんぞ!」
と、叫んだ。
数分後──ソネットと0号は、朝マデ洞窟に入り奥へと進む。
「邪悪な気配は感じないな……扉がある、あの扉の向こうに朝マデ洞窟の魔王が」
扉を開けると、アチの世界〔現界〕のスーツを着て、魔王の兜をかぶった男がテーブルを挟んで座っていた。
男が言った。
「こんばんは、田原総一朗です」
ソネットと0号は、クルッと男に背を向けると、スタスタと来た道を引き返す。
歩きながら0号が呟く。
「やっぱり、田原総一朗でしたね」
後ろから、田原総一朗の叫ぶ声が聞こえてきた。
「待ってくれよぅ! 朝まで討議してくれよぅ! 町の者たちは、誰も洞窟に近づかないんだよぅ……寂しいよぅ」
朝まで討議がはじまりそうな、軽快な音楽を無視して。
パール・ソネットと0号は、一度も振り返らずに【結晶洞窟】にもどっていった。
歩きながらソネットが呟く。
「どこにでもいる、田原総一朗……恐るべし」
異世界に田原総一朗 ~おわり~
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