第85話スペイン帝国




その薄い布に私はとりこになってしまった。

見た事もない絵柄に見た事もない彩色は、もうけの嗅覚がぴくぴくとうずいてならない。


「この布を全て買った!」


サンプルの全ての布を確認した。全ての布は、どれもこれも特上の物だった。

こんなに安く手に入るとは、対馬の商人はちょろいものだ。

笑いが止まらないぞ。




今日は、数字を間違って注文してしまった科学繊維が高く売れて助かった。

倉庫を圧迫して困っていたが、高く買ってくれたスペイン商人には頭が下がる思いだ。


「はやく運び出してくれ」


「この倉庫の物、全てですか?」


「この2番倉庫から5番倉庫の布を全てだ。はやく運び出してくれ」


今度入荷する花火は、高く売れそうな気がしている。

京で見てきた商人が、今でも自慢げに話すのだから、さぞかし凄いのだろう。


そいつの土産の線香花火は、特に凄かった。

最後に一際光って、火玉が落ちる瞬間が人生を彷彿ほうふつさるものだった。

わたしは、あれを見終わって久し振りに泣いてしまった。


その線香花火の入荷が楽しみだ。





スペイン帝国のフェリペ2世は、苦々しく宮中の晩餐会ばんさんかいを見ていた。

俺様の誕生祝いなのに、なんて事なんだろう。

見た事のもない柄で着飾っている夫人たちに、嫌悪感けんおかんで見ていた。


それなのに互いの服装をほめ合っている。


あれが俺様を窮地きゅうちに落とし入れた国から来た布だと思うと居たたまれない。

「太陽の沈まない国」ともいわれたのに・・・

ある領土で太陽が沈んでも、別の場所の領土には太陽が昇っている。

そして「繁栄はんえいしている」を掛け合わせた意味があった。

そんなスペイン帝国が・・・



フェリペ2世は、悩んでいた。

スペイン海軍は「無敵艦隊」と称されるぐらいに強い艦隊だった。

しかしあの日、艦隊数が減ったのが不味かった。


借金を重ねて、物価上昇もまねき、国は混乱していて方々から恨みを買っている。

今では各国のおどしにも悩まされる日々だ。

しかし、耐えながら踏ん張って持ち応えていた。

そして決断した。日本との貿易を本格的に行い、その貿易で今までのことをちゃらにする。

フェリペ2世は、冷酷れいこくであったが、窮地になれば成る程に勘が冴え渡った。

怒りの中に、冷静な目で晩餐会を観察していたのだ。


フェリペ2世は、その場を立ち上がり晩餐会から去った。



部屋には、主立った者が集まっていた。


「よく聞け!全ての船を日本国へ向かわせろ」


「なにを言うのですか? あれ程の被害にあったのに・・・」


「今回は、貿易の為に向かう。戦う為に行くのではない」


「すると・・・あの布を買い求めるのですね」


「そうだ!それ以外にも絶対に見た事がないものがあるはずだ。探して求めてこい」


その方向転換は当たった。

新たな品々がヨーロッパを駆け巡り、誰もが欲しがった。

それによって新たな富を手に入れた。

そして、失った船を造船して更に貿易を拡大していった。


借金王国のスペインは、その借金を返済を済ませた。

物価上昇も無くなっていた。

まさにフェリペ2世の名声が上がった瞬間だった。



そしてなにより驚いたのが、日本国の麻酔による手術であった。

今までに死んでいた患者が、治って元気に暮らし始めているのだ。


スペイン帝国にも大病院が建てられて、引っ切り無しに患者が押し寄せてきていた。

日本からの医者は、忍者の通訳を交えて、優しく医術を現地の人間に教えていた。

手術前の消毒の観念から始まり、糸による縫合方法ほうごうほうほうであった。。

そして治せる者は治していた。


ペニシリンの効果は抜群ばつぐんだった。

俺はペニシリンを使うのに、注意を与えた。

無秩序むちつじょ濫用らんようだけはしないように言いつけた。

耐性菌の出現を恐れたからだ。


治る見込みのない患者は、同意書にサインして麻酔で痛みを緩和かんわさせる方法が取られた。

それでも患者は感謝した。人生の最後を見詰めなおす機会を与えられたからだ。


そして貴族で金に余裕がある者は、日本に向かって船に乗り込んだ。

医者の紹介状をたずさえて・・・





山田のおっさんが、目の前で俺を見詰めていた。

俺が読んでいる報告書が気になるみたいで、紙をめくって読み進める。


「成る程、分かった。スペインとも順調に貿易が進んでいるようだな」


「なので、スペインにも百貨店をオープンさせたいと思っています」


「なに・・・まさか、スペインに百貨店を出す積もりか?」


「そのまさかです・・・」


「分かった。好きなようにするといい」




スペインでも百貨店がオープンして、売れに売れていた。

紀伊の百貨店を任された木下藤吉郎が、スペインへ行き陣頭指揮を取って売りに売りまくった。


そして例のごとく、現地の女子と浮気をしていた。



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