第37話正月




冬の寒い時期に、正月がやって来てしまった。


京の今川邸には、大勢の家臣がはせ参じていた。

将軍職に付いて、初めての正月。

近隣の大名もこれる者は、大勢が来ていた。

今年は大名の正念場になっていた。


俺は前日に京入りして、今川邸から離れた本郷邸からはせ参じた。


そんな俺に近づいたのは、松永久秀だった。


「本年もよろしくお願い申します」


「こちらこそ、本年もよろしくお願い申します。して、松永久秀殿に聞きたいことがあるのだが・・・」


「なんでしょうか?」


「果心居士と言う人物を知っていますか?」


果心居士は、肝心な事は余り語らなかった。

せめて、松永久秀から情報を仕入れておきたい。


松永久秀の眼がギロリとして睨み付けてきた。


「お会いになりましたか?」


「会ったな、そして松永久秀殿のことを頼まれた」


「そうですか・・・よろしくお願いします」


そして聞いた話は、不思議な話だった。


何でも幼い頃に森の中で迷子になり、あてもなく歩き回っていた。

そして、日が暮れかかった時に「ウウウーー」とうなり声を聞きソイツは現れた。

山犬の集団であった。


「ああ、もうダメだ」と思ったらしい。


なぜなら、山犬の眼が4つもあったのだ。

幼いながら、親から聞いたもののけだと悟った。


しかし、ひとすじの風が舞うと黒い人が現れて、一刀両断にもののけを斬り倒した。

ある山犬などは、首をねられていたらしい。

それも首を斬って下さいと、おのれから首を差出した。


「坊は迷ったか・・・仕方ない奴だ」


その途端に寝てしまったらしい。

眼を覚ますと、目の前に親が居た。

そして、その不思議な話は誰にも話していない。

話すことは絶対にダメだと、何故か信じ込んだ。


そして、危険が迫ると現れる果心居士であった。

直接に助ける場合もあるし、危険回避に役立つ話をしてくれる時もあったらしい。


その中で注目したのが、天下の名器九十九髪茄子を手に入れた話だ。

朝倉宗滴あさくらそうてきが五百貫で購入。

銭の必要があって越前小袖屋に質入れされた。

それ知った松永久秀は越前小袖屋へ急いだ。


「どうか松永久秀に、九十九髪茄子をゆずって欲しい。一千三百貫を用意して参った」


「この九十九髪茄子を一千三百貫で手に入ると思いですかな。最低でも一千六百貫は必要かと・・・」


それでも諦めきれない松永久秀。

翌日、かき集めた百貫を足した一千四百貫を持参して訪問。

しかし、その時の交渉相手の態度がころりと代わっていた。


「一千貫で譲りましょう」と値段まで下げてきた。


そして、九十九髪茄子を一千貫で手に入れた。

果心居士の関与が疑われる話だった。




そして案内人に連れられて、松永久秀と分かれた。



どうも挨拶をする前に、銭を係りの人に渡す必要があるらしい。

どうやら100文を渡す者や200文を渡す者もいて、銭の金額は決まっていない。

それより、聞いてないよ・・・そんなことは・・・

こっちがお年玉が欲しいくらいだ。


仕方ない、10キロの金塊を取り出して渡した。

たまたま銭の持ち合わせが無かった。

受取った奴は、その重さに驚き輝きにも驚いていた。


俺の後ろにいた奴は、腰を抜かしていた。


無事に新年の挨拶が済み、帰る事にした。

凄い勢いで山々を走る。一刻も早く帰る為に・・・




帰る先は、紀伊の新しい城だ。


白浜の近くに白浜城を建てた。

白を強調した城で、姫路城に負けないぐらいに優美に建てられた。


五層六階の大天守をもつ城で、大天守と渡櫓わたりやぐらで結ばれた5つの小天守からなる連立式天守だ。

空中から見れば、一際大きな天守と正六角形を描くようになっている。

そして、白い漆喰しっくいの壁が華やかさを演出している。


その城とは別に、普段の生活の場の屋敷が隣接している。


その屋敷には、内風呂と露天風呂があって。

そして毎日、天然温泉の掛け流しの露天風呂に入ってなごんでいる。

勿論、静香も一緒に入って背中の洗いあいっこをしている。


そしてこことは別に、海を目の前にして入れる露天風呂も作った。

海が荒れた日には、露天風呂まで波が入ってくる程だ。


「ザッブンザザザ・ザブンザザザザ」と打ち寄せる波が心地よい。




そしてようやく到着。

京に比べると、はやり暖かい気がする。

戻った俺を見て、家臣は驚いていた。


城の太鼓が鳴り、急ぎはせ参じてくる。


俺は挨拶はいいと断ったのに・・・


「殿、早いお帰りで申し訳ありませぬが、新年の挨拶をお願いします」


山田のおっさんに言われたら断れない。

昼過ぎまで挨拶が続き、話すのも億劫おっくうになり、本郷小判を記念に渡すだけにしている。


これも、新しく作った小判で、プレス機の導入で簡単に作れるようになった。

これで1貫の重い銭を持ち歩く必要がなくなるだろう。

勿論、今川の殿様には、了承してもらっている。


そして、銀を使った硬貨も作った。

本当は江戸時代に使われていた。

長方形のニ朱銀にしゅぎんを作ろうかと考えたが、真ん中に穴の開いた銀の硬貨にした。

銅銭のように紐を通して使えるからだ。



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