第21話みかんと医療




紀伊は、現代の和歌山になるだろう。

和歌山と言えば、和歌山みかんが有名で美味しくてよく食べていた。


そしてよくテレビで、山の傾斜にみかんの木がずらりと並んで、生えているのを見た覚えがある。

その木からみかんを切り取って、レポーターが食って「取れたてのみかんは美味しいですね」って定番の言葉を聞くのだ。

そんな事を思い出すと、急にみかんが食べたくなった。



丁度、よさそうな山があったので、この辺の村長を呼んだ。


「何でしょうか、殿さま」


「あの山を直轄地として貰いたい。どれくらいの銭で売ってくれるかな」


「滅相もありません。どうぞ好きなようにしてください」


「銭が要らないのか・・・他に何か望みがあるのか?」


「はい、1つだけあります。どうか紀伊も伊勢と同様の田にしてください」


「お前は、伊勢に行ったことがあるのか?」


「はい、あります。伊勢神宮へ行って帰ったばかりです」


伊勢神宮か、この時代でも人気があるみたいだ。

それで、しっかり整頓された田園をみたのか・・・


「分かった。頼まれなくても伊勢と同じようにする積りだ。心配しないで待っててくれ」


村長と村人数人が、こそこそと嬉しそうに話しながら帰ってゆく。


「殿、あの山をどうなされるおつもりですか?」


「あの山に、みかんの木を植えるんだ」


「みかん・・・それは何ですか?」


「物知りの山田も知らないのか・・・来年あたりにみかんが食べられるかな・・・」


ここ最近では、植物魔法の熟練度が上がったみたいで、種でなく生長した木なら作り出すことが出来るようになった。

なので来年には、みかんが実るだろう。




皆が寝静まった夜に、俺は1人だけ抜け出して、あの山に来ていた。

山の傾斜に手を付き、土魔法を発動。


土が盛り上がり、大きな木や小さな木までも地面から這い出て倒れだした。

そんな木を掴んでは放り投げて、一か所に山積みしてゆく。


それが終わってから、みかんの木を植物魔法で作り出しては植えてゆく。

穴の開いた中に、木を差し込み地面に手を付けて、祈るように念じる。

すると周りから土が集まり木をしっかりと根ずかせてゆく。

そして、植物魔法の効果が徐々に木に浸透してゆく。

すると木は、活力がわいたように葉の1枚1枚に活気がみなぎってゆく。


何度も同じことの繰り返して、しっかりとみかんの木を植えてゆく。


ああ、朝日がのぼりだした。

その朝日に照らされて、テレビで見た以上のみかんの木が神々しく広がっている。


「なんて景色だ。スマホがあれば絶好のシャッターチャンスだったのに」

   

そして起き出した人々は、その山の傾斜に並ぶ木に、ただ驚くしかなかった。






「殿には驚かされてばかりで御座います」


「何か用事があって来たんだよね。なんかあった」


「殿に頼まれた、病死の腑分ふわけの件が無事整いました」


「そうか、早速行こう」


立派な建物の中に、その遺体がベッドの上にあった。


俺の居ない所で、病で死んだ人だ。

死んだ家族には、山田のおっさんが説明して、今後の病気究明の為だと納得してもらった。

お悔やみ料を渡して、解剖後に家族揃って供養もする。

そして、なぜ亡くなったのかも説明する予定だ。




天井にはLDEの照明が明るく照らされている。

そのベッドの周りには、若く健康な男女10人が白い服を着て、マスクもして待って居た。


「家族から病状を詳しく聞いて書き留めたか?」


「これが、病状です」

  

「成る程な。腹痛で始まり食欲不振になってから嘔吐までしている。最後には熱まで出ている。俺の見立てだと盲腸だと思うな。その盲腸が炎症えんしょうして死に至ったのだろう。この場合は、麻酔をして手術で盲腸を切り取る以外、治る見込みはなかっただろう」


「盲腸の炎症ですか?」


俺が詳しく描きあげたつもりの人間の解剖図には、盲腸も描いていたはずだ。

食道や胃や大腸と小腸。それに肺と心臓も描いた。


肝臓や膀胱はどんな形でどうつながっているのか分からない。


俺の鑑定でも、透けて見えることは無かった。

回復魔法をしている時だけ、何処が悪いのか分かるぐらいだ。

なのでうろ覚えの内臓だけを描いた。


「ここに、しっぽみたいに生えているだろう」


描いていた解体図に、指をさして教える。


「これですか、どのような働きか書いてませんが」


「なんの働きもしないものだ」


「なぜですか?心臓みたいに血液を運ぶ機能みたいなものがないのですか?」


「無いな。俺も意味は知らん。人間の不思議と思え」


皆、黙って解剖図を見ていた。


「誰がメスを握るんだ」


八雲清守やぐもせいしゅう執刀医しっとうい青葉静あおばしずが助手をします」




緊張の中で、Y字に切って下部を横一文字に切って、ビロンとめくった。

医者の卵たちは、家畜で手術練習を済ませたので、吐くことはなかった。



「成る程、盲腸が変色してますね。そして破けてます。破けた周りもひどいですね」


今回が初めての人間の解剖だった。

医者達の中で絵を描くのが得意な奴が、切り取られた心臓を事細かく描写している。

成る程、俺が書いた絵よりリアルな絵が描かれている。

俺なんか、筆で書くのは小学校の習字以来だし筆ペンもまれに書くだけだ。


なので中々上手く書けないのが普通だ。



俺は回復魔法で、家臣やお百姓さんを多く助けた。

しかし、1人だけでは治しきれない。


戦場へ行けば、戦場だけの重傷者しか治せない。

領地を離れれば、領民を治せない。


それに領地が広くなり過ぎた。

もう限界だと感じた。その為の医者の学校を始めた。


今回は病状や病理解剖をして、死に至った原因を探る方法の1つを医者に教えている。

あくまでも素人であるが、現代医学を少しだけ知っている。

それだけで、この時代では医者としても通用する知識なのだ。


もし手術する場合は、消毒が大事だ。

この時代の西洋でも、消毒は浸透していないだろう。

それ程、現代医療の知識は大事なのだ。




腑分ふわけ-(「腑」は臓腑の意味)解剖のこと。解体ともいった。

蘭学事始で杉田玄白らが腑分けしたのが有名。

「千寿骨ヶ原にて腑分けいたせるよしなり」


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