私をたどる物語

絶坊主

第1話 T君の死・・・

今から20年前の話。


「絶坊主か・・Tがな・・Tが自殺したんじゃ・・・」


会長の声は力なく、いつもの勢いはなかった。それがショックの大きさを物語っていた。


T君が自殺?何故?


T君は私よりも7つほど下だった。


私が7年振りにカムバックするため、T君が所属していたジムで1年間練習したその期間しか関わりがなかった。T君は私と同じように関東の大手のジムに所属し、挫折を経て自分の故郷に帰ってきた。


経歴が同じようだった事もあり、T君とは意気投合してたくさん話をした。


私と大きく違うのは。T君はまだ歳も若く故郷に帰ってきてからセカンドチャレンジをして東洋のチャンピオンになった事。


それも、つい先日タイトルを獲ったばかりだったはず・・・


まさに、これから羽ばたくという時に何故、自殺なんか・・・?


私は妻とT君のお通夜に行った。通夜は自宅で行われ、かつてのT君の試合映像が自宅で流されていた。ご両親にお悔やみの言葉を申し上げ、T君の顔を見させてもらった。


T君は眠っているように穏やかな顔だった。


「おーーっ、絶坊主!来てくれたんか!」


会長は嬉しそうに私の手を両手で握ってそう言った。会長と会うのは私の7年振りにカンバックした試合以来、1年振りだった。


私の場合は年齢もそうだけど、自分の力量がわかっていたので勝っても負けても1試合のみで引退した。怪我の為、22歳で引退した私。


倒された事がなかった私は結局のところ自分が強かったのか弱かったのか知りたかった。7年振りにカンバックした試合は不細工ながら判定で勝った。


結局『弱くはないけど、そんなに強くはない』という結論を得て、グローブを置いた私。


試合後、結婚と治療院を開院するため、他県に引っ越した。だから、その後ボクシングは一切やっていなかった。


お通夜の帰り、会長が私に言った。


「絶坊主、Tは3ヶ月後に防衛戦をする予定だったんじゃ。その試合をTの追悼試合にしようと思うとんじゃ。」


会長は私の目をじっと見据えて言った。


「その追悼試合のメインでリング上がってくれんか?」


会長は私の手を両手で握り、力強く言った。


「・・わかりました!自分みたいなもんでよければ、やらせてもらいます。」


私は即答した。一瞬、ほんの一瞬だけ迷いはあった。


まったく練習から遠ざかっていた人間がリングに上がるという事が、どんなに危険か、どんなに無謀な事か嫌というほどわかっていた。


だけど7年振りにリングに上げてもらった恩義。


その2つを天秤にかけた。


自分の中で、すぐに答えは出た。


「そうか!受けてくれるか!ありがとな!Tも喜ぶわ!」


会長はさっきよりも強く私の手を握り喜んでくれた。本当は助手席に座っている妻に相談すべきだったなと、言ってから思った。


「相手はこれから選ぶから、ウェイトはどの階級がエエか選んでくれ。」


私は元々、55・3キロ、階級で言えばバンタム級の一つ上のスーパーバンタム級でやっていた。引退して7年振りにカムバックした1年前の試合は57・1キロ、フェザー級だった。


引退した選手が現役時代の苦しい減量から解放され、無様な体つきになる。


よくある事だった。


私はそんな風にはなりたくなかった。だから、最低限体型を維持するよう体を動かしていた。それでも、その時の体重は65キロくらいあった。


「じゃあ、ライト級でお願いします。」


ライト級、すなわち61・2キロ。


約4キロの減量。


1年何もしてなくて3ヶ月という期間を考えたら、経験上そのくらいが妥当だと思った。減量よりも実戦の勘を取り戻す方に比重を置きたかった。


「アンタ、大丈夫?」


家に帰ったら、妻が心配そうに聞いてきた。


「まぁ~大丈夫や!俺やで!」


心配する妻を安心させようと、笑いながら言う私。


妻は笑っていなかった。


次の日から3ヶ月後の試合に向けて早速、動き出した。

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