=KBOC= 『セハザ《no1》-(1)- 』L.ver

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第1記


 麗らかな午後、とまでは言わない強烈な日差しが燦燦さんさんと降り注ぐ砂漠。

快晴の空の下は黄色い砂の大地がどこまでも広がっている。

雲一つない清々しいほどの晴天に騙されそうになるが、そこは熱せられた地獄であるのは間違いない。

もちろん、裸足で歩こうものならその瞬間に足裏が燃えるレベルで火傷する熱さである。

靴を履いたとしても、靴底の薄さで後悔するほど熱いし、熱砂の上に立ってるだけで空気が乾燥して熱いし、噴き出る汗はすぐ干上がって結局カラカラになっていく。

冗談じゃなく、太陽に熱せられたその辺の岩でステーキが焼ける。

太陽は炎であり、水が瞬時に蒸発する熱の下では並大抵の精神じゃやっていけない。


それが、砂漠の熱さである。


しかし、そんな事とは関係なく、そんな広大な砂漠の真っ只中に、強烈な日差しを反射する白い金属色のエッジが輝く軽装甲車が一両、停止していた。

その車の眼差しは、窪んで大きな谷となった目の前の砂上の地形を見つめていて、じっと動かない。

その砂埃に黄昏れたような風体の車両の内側、中では熱い空気と遮断されたような、それなりの涼しさが広めの空間に満たされていて快適になっている。

そして、車両の搭乗者の4人のうち3人が、今目の前で起こっている事の成り行きを見守っていた。


1人、広い後部座席に横になってごろごろしている黒髪黒目の青年がいる。

いつもの彼は目つきが少々鋭くて悪いのだが、今は眠い目を細めてのんびり欠伸している。

その隣の1人は、長い金髪を後ろで結わいてる碧眼の青年、無表情に・・というか、ぼうっとしているようにしか見えない様相で座っている。

そしてもう1人、前の運転席には金髪碧眼の体格のいい青年が座っており、今も車両の備え付けのモニタに表示されていた複数の情報から、助手席へと目をやっていた。

「こちらのナビは正常に見えます。・・地形データ送受信完了後、パトロール再開します。」

助手席では少女が1人用のデバイスを使って、無線通信の相手の対応をしている。

少女は他の青年3人と比べなくても、あどけない顔立ちの小柄な体躯である。

頭の上で短く髪の毛を2つ左右に結っており、頭が少し動くたびに軽く小さく揺れるその尻尾と小さな赤玉付きのゴム留めは、その少女をより幼く見せているかもしれない。

そして、手元にあるパッド端末を多少操作しながら、個人用のインカム通信機を通しているので周りの青年たちには相手の声が聞こえず、少女は1人で喋っている状況だ。


現在、搭乗員の彼ら4人の関心は、その通信内容にある。

事態は至って簡単のはずだ。

さっき軽装甲車が停車するまで、悠々と規定のパトロールコースをナビに任せてのんびり自動走行していたのだが。

途中、車が急に停止したので、危うく後部座席の黒髪黒目の青年が転げ落ちそうになった。

車両システムが状況を自動分析するのを横目に、その少女と隣の運転席の青年は円滑に対処してから、本部のリプクマのオペレーターと連絡を取っているのである。

「こぼしたらちゃんと拾っとけよ」

って運転席から言われた、黒髪の青年は・・・あくびまじりに、しぶしぶ散らばっている菓子チップスを拾ってゴミ袋に入れた。

転がり落ちかけたときに袋をひっくり返したのだが。

車両が急停止した理由は、どうやら地形が変化していたらしく、砂上に小規模の陥没現象が起きていたようだ。

だから、現在はこの軽装甲車両をカスタマイズし、整備しているリプクマのオペレーターに現状を伝え、対処法の確認をしている最中である。

また同時に、このまま進むのは危険なので、車両でのスキャニング機能により地形データを収集中である。

これは補外区での活動規定にあたり、義務である。

といっても、軽装甲車に搭載された機械がほぼ全自動でやるので、車両内の彼らは適当に時間を潰していればスキャニング処理は勝手に完了する。

なので、さっき言われたゴミ拾いを適当に終えた黒髪の青年が読みかけのマンガを、面白くなってきたところを読もうとした・・・ら、また通信が入ったのである。

短い2つの尻尾髪の、その少女が対応しているのを横目に、せっかちな本部が催促してきたのかとも思っていたのだが。

「はい、・・え?」

と、突然少し驚いたような彼女の声が聞こえて、車内の3人とも顔を上げて、少女のちょっとした異変を見ていた。

「それって私たちだけで?・・・大丈夫なんですか?・・・―――」


少女の通信が続いている間も、黒髪の青年、ケイジはあくびをして、広い後部座席に横になっていて、心置きなくだらけているのだが。

パトロール中に通信が入るってことは、こっちがやるべき定例通信が遅れたとか、そんなこと以外に滅多に無い。

だから、今行われている通信内容が『良い報せ』なのか、『悪い報せ』なのか、みんな気になる。

例えば、車外で熱地獄で汗がダバダバ噴き出す仕事がとても『悪い報せ』であり、それに対して、これからも冷房がそれなりに効いている車内で4人がだらだらしてて、ちょっと汗ばんだなぁと思える程度なのが『良い報せ』である。

「・・・はい、了解です。」

通信を終えた少女を見計らって運転席のガイは通信機をコンソールで操作し、待機状態に切り替えた。

「で、なんだってよ?ミリア、」

後部から呼ばれた少女、ミリアは手元の携帯機を操作し、目でも必要な情報を読み取りながらみんなへ口を開く。

「送受信は数分で終了します。それまで待機。そして、別件なんだけど、」

ミリアは後ろを向き直り、そこにいる青年2人に顔を向ける。

「聞いてる?ケイジ、リース、」

椅子に寝っ転がり頬杖をついてこっちを見ている、だらしないケイジと、やる気が全く感じられない起きたばかりみたいな寝ぼけ眼でこっちを見ている、相変わらずなリースだ。

無表情というのか、目が合っても何も語らないリースを見て、ミリアは、それから、小さく溜め息を吐いた。

多少の力が抜ける溜め息だが、別にリースのやる気のない様子を見たからではない。

「というわけで、みなさんは『ブルーレイク』に向かいます。今日は帰らない予定で。」

ミリアがそう、ちゃんと彼らに伝えておく。

「・・・・・・あんん?」

遅れて、間の抜けた声を出したケイジと、リースたち2人は微妙な顔を並べてミリアを見ていたのだが。

その間抜け声をミリアは聞いた筈なのに、また1つ小さな溜め息を吐いた。

「車が動けるようになり次第、そのつもりで。ガイ、いちおう周辺警戒モードに切り替えと緊急時のプロトコル手順を一通りチェックしておいて」

「了解、」

「おいちょっと待て、帰らないってドームにか?てかそれより、ブルーレイクってどこ?」

疑問が多いケイジに、ミリアはちょっとめんどくさそうに答える。

「えーと、帰らないってのはドーム。それから『ブルーレイク』って、・・リースなら知ってるかな」

少し考えた素振りのミリアが話を振る、めんどくさくなったのか知らないが、注目されたリースは未だ覇気の微塵も無い様子で事の成り行きを眺めていた最中のようだったが。

「え、僕・・?知っているかな・・・?」

でも、話を振られて少々驚いた反応をしてくれる、棒読みのような声音だし、少し要領を得ない不思議な受け答えなのもいつも通りだ。

「有名なのか?」

運転席のガイが聞いてきて。

「そこそこ?」

ミリアが軽く返事しといた。

「なんとなく情報かよ」

「いいじゃない。それより、リース、ほんとに知ってるみたい」

「ん?」

こちらを待っていたようなリースが話す準備ができているのを見つけて、片眉を上げる隣のケイジである。

「確か、『ブルーレイク』はVパートのNO.11で中規模程度の大きさの村、開発期間は5番目に長い、初期開発陣の1つ。ドームへの主な納入品は牛肉と小麦。」

ミリアも携帯に指を乗せて操作しつつ、ちょっと頷いて聞いていた。

「フュゥ♪、よく知ってるな」

横からガイが称賛の口笛を鳴らしてた。

「教本にも、リプクマのマニュアルにも載ってたよ」

「2人がちゃんと覚えてないだけだよ」

ミリアがちょっとジト目でガイとケイジの2人を見ているが。

「補外区なんてどこも同じだろ」

「はっは、で、それがどうした?」

ケイジもガイも悪びれた様子はない。

むしろ、ケイジは何故か偉そうに胸を張りそうな態度だったが。

「どこも同じなわけないでしょ」

ミリアはそう言いつつ、携帯から指を離して顔を上げた。

「かもしれんな。」

って、ケイジが言ってくるから。

「少し黙ってて」

「・・・ぉぅ、」

ミリアの冷たい言い方に、小さくなったケイジを見て、リースは何故か何度か小さく頷いていた。

それが何のサインなのかミリアにはわからなかったが、ケイジも見ていないので気づいてない。

まあ、とりあえず、ミリアは口を開いて・・。

「ていうか、お前だって知らなかったんじゃねぇのか?」

横から怪しんでるケイジの声に、また調子をずらされる。

「お前だって携帯見てたろ。もしかして、こっそり調べてたんじゃねぇか?」

「知ってたよ。」

「ほんとかよ」

「黙ってて。」

ちょっと眉根を険しくして本当にうるさそうなミリアに、ケイジは今度こそ口を閉じたようだ。

まだ何か言い足りなさそうに、うずうずしてるみたいだけど。

「んで、ですね?その我がドームの管轄であるVパートの『ブルーレイク』から援助要請が来ているらしいんです。それで、『私たちが一番近いから行け。大丈夫大丈夫、見てくるだけ。俺はあと20分で仕事終わるから、』、という命令をマックスさまがおっしゃっていましたわ、」

「あいつ、思いっきり余計な事まで洩らしてんな」

お嬢様風なのかミリアの口調は気づいてもスルーするケイジだ。

というか、ミリアもちょっとはイラっとしているんだろうってのはわかる。

「マックスな。あいつ話し好きだからよく説教されるって自分で言ってたな」

ガイも納得のようだ。

「話し好きだからで済ますのはダメだろ?」

「良くないね。大丈夫は無責任だと思う」

「そこか?まあリースも言うくらいだから・・・」

「話の途中なんだけど、」

ミリアの制止に3人の視線が集まる。

「はいよ?」

ケイジが一応聞こうとする態度を見せたので、ミリアは話を続ける。

「えっと、・・なんだっけ?」

「知るか。」

「ああ、目的、目的はね、警護」

「警護・・・?」

「村の?運搬でもするのか?」

「その辺は集落についてから詳しく現地の人から聞くけれど、とりあえず戦闘の可能性もあるらしいです。」

「ほぉ」

「ふ~む」

「・・・せんとう・・。え、戦闘?」

「もちろん、先頭きって戦えってわけじゃなくて、あくまでパトロールの一環ね。気を緩めすぎるのは止してください。」

「気は引き締めとけって、ことだな。りょうかい」

「おう」

「了解」

「ほかに質問はある?」

「あの、」

「なんだよリース」

「ん」

と、珍しくみんなへ声をかけるリースに、3人は注視する。

注目されてリースは少し、ぴくりとしたようだが。

「・・先に出発した方がいいんじゃない?」

「・・・あら?」

いつの間にか、全てのスキャニング処理も終わっていたようだ。

「それもそうだな、行くか、ナビONと・・」

ガイが操作を始め、ブルンッと頑丈な車体が僅かに振動して、エンジンが待ってましたとばかりに断続的な重動音を出し始める。


砂漠の真ん中で止まっていた車体が動き始めるのが体躯に伝わってくる。

ケイジは大きな口を開けてあくびをしていた。

ミリアはそんな後部のケイジをジト目で見ていたが。

窓の外の空は快晴、雲ひとつなし、風もなし、じりじりとライトグレーの軽装甲の車体を燃える太陽が熱しているのだが、そんなの何とも無いと、白金ぽく輝く軽装甲車は万遍ない砂の上を軽快に走り始めるのだった。




 それから1時間ほど、遠くにある空の青色と白い砂の切れ目が鮮明な広い砂漠の景色の中を、砂埃を立てて走るライトグレーの軽装甲車は未だ軽快に走り続けていた。

あれから日は傾き始め、地平線に触れる太陽は赤色が溶け始めるような景色を見せている。

4人が思い思いに過ごす車内では、自分の携帯を見ているミリアや、携帯のマンガを見ているケイジが時々笑い声を漏らしたり、静かに寝てるリースがいる。

ガイは運転席に座っているがハンドルを持つことなく、たまに自動走行がどこを走っているか地図を見て確認する程度だ。

そんな車内の様子へ何度か目を移した助手席のミリアは、また何気なく携帯から顔を上げて、前のガラスの外を眺めていた。

読みかけの読み物から切り替わる景色には、遠景に大きな切り立った崖が大空を切り取るように、乾燥した荒野に佇んでいる。

砂上を走る軽装甲車の中で、さっきから対して変わらない車外の景色を眺めて、それからまた携帯に目を戻すミリアで。

そんな風に思い思いに過ごしていた4人の中で、ガイが急に口を開いた。

「そろそろ到着する。周囲に異常が発生している様子はないな。警戒システム、標準プロトコルで走らせているが引っかからない。」

「安全確認できるまで続けておいて」

「了解。」

ミリアはそう指示をして、顔を前に向けても車外は相変わらず砂漠と荒野の景色であって、人が住む村があるような様子はまだ見えない。

「それで質問だが、」

たまの話題提供は、今回はガイの番のようだ。

「どうぞ?」

「ぁー・・・、戦闘の可能性ってことは『ディッグ』でも見つけたということか?」

『ディッグ』は、この補外区のどこかを住処にする野盗のことだ。

「マックスさんの話に具体性は無かったけど、『ブルーレイク』の人達が救援を申し立てたのなら、その可能性が大。」

「内部抗争とかきな臭い話じゃないよな?」

「それなら見てこいとは言わないかな。危険だし」

「じゃあ救援か」

「ん、そう、救援かもね。」

「俺らだけで?」

「んー・・・。」

「ウソついているとかは?」

「ウソ?」

「ほら、俺たちを罠に誘い込んで、」

「何のために。」

「そりゃぁ・・・あれだ、ディッグがもう村を制圧してて、」

「ドラマの見過ぎでしょう」

「最近、そんな話なかったか?なぁ?リース、」

「・・・」

「リース、びびってんのか?」

「どうだろう・・・?」

自分の事を聞かれてるのに不思議そうなリースだ。

「まあ、今回は実際、はっきりしないんだろ?」

「なんだかややこしいみたいなんだよね。説明も要領を得ないし。まあ、行ってから話を詳しく聞こう。」

「へぇ・・」

「はぁ・・・?」

ケイジとリースが要領を得てないけど。

「まあ警戒しとくに越したことはないさ。そろそろ着く、何か見えてきたぞ」

運転席から肩越しに後ろへ声をかけたガイだ。

それに反応して、助手席で携帯の読み物を読んでいたミリアが顔を上げる。

次いで、ガイの目に入ったのがうつ伏せになっていたケイジが「ぬぁ?」と変な声を出して顔を上げる所だ。

「着いたっつうの」

そんなケイジの姿を尻目に、ミリアは携帯をポケットに仕舞い、助手席から前方に広がった、フロントガラスの端から端を越えて更に横へと伸びる長い黒いフェンスの様なものを、前方の光景に見て取っていた。

車両が徐々に速度を落として停まった。

自動運転モードによる誘導が終了したようだ。

ガイは代わりにハンドルを手に取るが。

助手席のミリアは腰を浮かせて立ち上がり、それらの光景を良く見ようと前のめりになる。

乱雑に配置されたバリケードか、砂上には瓦礫や金網の塊のようなものが無秩序に散乱しているようだった。

戦後廃棄物を有効利用しているんだろう、まあそれらは結構ある光景だ。

「異状が発生しているようには見えないな」

「そうだね」

それよりも、その建造物に近づけば近づくほど巨大な、どこまでも長く続くその網目のフェンスは迫力がある。

砂漠に、『何かがいる』とその存在を、縄張りを強く主張しているようだ。

白い軽装甲車は徐行しながら、それら障害物を避けて侵入していく。

「無線が届く?」

「そうだな、アクセスできそうだ。今、村内と通信している。連絡用の規定チャンネルに通信と、識別信号をかけられるが、」

「まだいいや。向こうから通信が来たら応答して。伝える事は最低限でいいから、状況確認。」

「了解。」

ガイに伝えておいたミリアは・・・けれど、近づけば近づくほど、よくよく見てみるとその網目がぼろぼろに所々破けており、近づくにつれその粗さが目立ってくる。

遠目に黒く見えたのは、夕焼け色に染まってきているからとはいえ、錆ついているからだともわかる。

なにより、近くまで来ればフェンスの高さはそれほど高くない。

車がその柵の目の前まで来た時、柵の高さは車の鼻先ほど、つまりミリアの身長よりやや高いかくらいか。

それでも、そのフェンスの奥の方は障害物も多いし、よく見えない。

「バリケードが凄いみたいだね」

きょろきょろ見回すミリアがそう呟いていた。

「そうだな」

ガイも同意のようだ。

異常が起きているわけじゃないだろう、これがこんな場所では当たり前の光景だ。

「俺、こういう村に来たのは初めてなんだが。これ、どっから入るんだ?」

ガイが辺りを見回しても、フロントガラスの中からでは当然のように村を一望できない。

まあ、知識として補外区の村を知っていても、実際に来た事が無いのはみんなもだろう、とミリアは思っても心に留めておいたけど。

「地図に載ってないのか?」

ケイジが後ろから聞いてきた。

「出入口は無理だな。拠点内部は機密情報にあたる、」

「村も同じなのか。」

「そうね。漏洩するとまずいものばかりだし。私たちに権限はない。」

ミリアもそう答えながらだけど、窓の外を見回して入口を探しているようだ。

「なんで俺らが来たんだ?」

「さあ。」

ケイジの素朴な疑問にも淡白なミリアは、聞く耳を持つつもりも無いようだ。

「飛び越えて入っちまうか?」

ケイジが腕を伸ばして体のあちこちを、ぽきぽきと鳴らしている。

「行儀悪い。却下。周囲には何も引っかからないね?」

「異状なしだ。村内の管理中継機ともアクセスできた。完全に異常はない。一応、入村許可申請しておくか?」

「・・連絡は村にもいってるはず。もう少し様子を見たい。」

「う~っし、俺が見てくる」

そう言って、明らかに興味本位のケイジは、低い天井や座席を手で押さえながら中腰で、車のドアの前に歩いてく。

そのケイジの背中にミリアは声をかけた。

「ん-。注意はしてよ。どうなってるのかわからないんだから」

「わかってるって」

振り返らずに応えたケイジはそのまま車のドアを開けた。

ガシュっ、とドアの開く音と同時に車内とは違った温く暑苦しい空気が入ってくる。

「何かあったらすぐ走るからな。置いてかれるなよ」

「わぁかってるよ」

って、ガイの声にケイジはうるさそうに返事をしながら、車両のステップを降りて行った。


 砂の上に足を下ろしたケイジは気持ち新鮮な砂っぽい空気を吸い込んで、深く息を吐き出した。

焼くような熱射がとても熱い。

夕暮れだが、風は特に無く穏やかで、とても肌が焼ける。

ようやく長時間の座席から解放されたケイジだが、歩き出しても面白そうなものは特に見えない。

ケイジは降りる前から辺りを見回していたが、近くにはフェンスとそのフェンスの前で止まっている自分たちの軽装甲車があるだけだった。

手をかざしてみて眺めていると、立っている位置から見えるフェンスの向こう側には、やや離れた場所に民家らしき建物が幾つかある。

夕焼けに染まる敷地は薄暗い場所もあり、まだまだ広いようだが、そこに車両が行き着くにはこのフェンスの向こうに行かなくてはならない。

それに、遠くの遠く、このフェンスの先が繋がるような遥か向こうには巨大な岩の壁があって、村の敷地全体を遠くから見下ろしているようだった・・・。

自然にできたものなのかわからないが、その巨大な岩壁も村の一部のようだ。


目の前のフェンスの傍の地面には丁寧に有刺鉄線などが仕掛けられてるのが見えるし、村を守るための措置か、何も考えずに車が突っ込んだらタイヤがパンクするんだろう。

ケイジは歩き続けながらフェンスに沿って辺りをぐるっと見回していると、誰か、人影が・・・近づいてきていたのが目に入る。

その方向の奥には民家とはまた違った大型のテントが砂上にぽつんと張られているようだ。

この大型テントは、建物よりもフェンス近くに張られていて、瓦礫のようなものも見える。

ただそのテントをよく見れば、単純な布製ではなく、色々とごつい鉄板やら金属やらで補強していたり、設備らしきものも見える。

ただのその日を過ごすだけのものでもないようだ。


そんな場所からフェンスに近づいてきていた人影が、よく見える距離まで来ていた。

全身にローブを纏いフードも深く被った姿、砂漠の民にはよくある出で立ち、この村の住民だろうか。

こちらへまっすぐ一直線に歩いてくるその人物、近づいてきてわかったが、間違いなく小さい。

たぶんミリアよりも小柄で背が低いだろう。

・・子供かもしれない。

どう声をかけるかケイジが見つめていれば、フェンスに近づいてきたそいつはある程度離れたところで足を止めた。

しかし、警戒する様子を全く見せずに、被っていたフードをすっと後ろに下ろした。

同時に、ほつれた長い黒髪がローブの上にかかるのが見えた。

夕焼けの強い朱色に染まっているが、黒い目が光を溜める、褐色がかった肌の少女だとわかる。

とりあえず、危険は無さそうだった。

ケイジは、半ば無意識に握っていた右拳の力を抜いた。

そして、その少女はそのまま話しやすい距離までか近づいてくる。

足を止めた少女は、口を開いて声を出しているようだ。

だが、何を言っているのかまでは小さくて良く聞こえなかった。

「なに?なんだ?よく聞こえない」

ケイジはフェンスにもっと近づき身を乗り出すと、少女も近づいてきた。

ぼろぼろの網目フェンス一枚を挟んで、二人は相対した。

「貴方たちは、応援に来てくださった方々ですか?」

その黒目がくりくりと動く少女が、落ち着いた声でケイジの耳を擽った。

まだあどけなさがある、十代前半か半ば頃だろうか。

「ぁ~・・、そう、えーと『リリー・スピアーズ』から来た。」

「わざわざどうも、ありがとうございます」

朗らかに応えるその少女の瞳は穏やかに細まる。

こんな所にいるには不思議な、丁寧な物腰の少女だ。

はっきり言えば、年にそぐわないその仕草。

「ぁー、いえいえ。ここへはどうやって入るんすかね?」

「あ、そうですね。あちらの方へ真っ直ぐ行くと、入り口がありますから・・」

左手を上げて伸ばす仕草のいちいちの挙動が、目を惹き付けるというか。

それに、なかなか愛らしいその横顔は、目が合えば屈託無く目を細める。

ケイジは・・・なんとなく、もう少し見ていたかったが、誘われるままに少女の示す方向を見上げた。

フェンスが絶え間なく続くその先には、なるほど、たぶん1つ高くなった建物にずれがあるのが見える。

「そこからお入りください」

「あれか、ありがと」

「いえいえ~」

急に朗らかな笑顔の少女だ。

つられたケイジも、口端を引きつらせるようにするが。

そう微笑み合う2人だ。

ケイジが後ろを振り向きかけても、まだ屈託無く微笑んで見送る少女なので・・・。

「まぁ、俺たちがな、来たから。なんかあっても大丈夫だぜ」

少女の方へ、もう1度向き直ったケイジを、ややきょとんとした顔で見ていた少女はその言葉に穏やかな笑みではなく、嬉しそうな笑みを湛えて見せた。

「はいっ」

ようやく年相応の笑顔が見れた、そんな気がした。

ケイジは口端を持ち上げたいつもの笑みを浮かべて、ようやく寝ぼけ眼が醒めてきた、少々悪い目つきで車の方へと戻っていった。



 砂地の上から軽装甲車のドアを開けて中へと入ったケイジを迎えた3人の視線、・・いや、リースだけは窓の外を見ていた。

「向こうにあるってよ、」

ケイジがドアをくぐりながら入ってくれば、ガイが声を掛けてくる。

「今の、村の娘か?」

「ぁー、そうみたいだ」

車中からもあの娘とのやり取りが見えていたらしい。

「おかえりぃ~」

ミリアも次いで出迎えの言葉をくれる、ドリンクのストローから口を離して。

「おう」、とケイジは応えるとほぼ同時にミリアの質問が足される。

「大丈夫そうだった?」

「・・あぁ。あっちの方から入れるみたいだ」

指を差すケイジは。

「そう、ガイよろしくー」

何かミリアのテンション上がってるな?と、ちょっとケイジは思ったが、気にせずいつもの後方座席へと動こうとする。

「りょうかい、ドアを閉めてくれよ」

そう言われて、半開きだったドアに気が付き、ケイジは手を伸ばして最後まで閉めた。

それを見届けて、ガイは軽装甲車のハンドルを切り始めた。

「うぉっと」、とケイジは声を漏らしつつ、少し揺れ始めた後方座席の前でどっかり座り込む。

その時に隣のリースと目が合ったが、リースは何気なく再び視線を前に戻す。

元々、愛嬌のある奴では無いので、別に気にせずにケイジはそのまま前方へ、これから向かう村の景色を眺め始めた。




 前方のフロントガラスの景色を見ていると、探検しているみたいだ。

年季の入った錆色の網とボロボロの木板のフェンスが視界の端に流れていく、その先にある、こぢんまりとしたコンクリートの建物が近づいてくる。

フェンスよりは高いが、ずっと続いていた網フェンスはそこで道を開き、車両が通れるくらいの幅を空けていた。

さっきの少女が言っていた入口とはここだろう、その横に車を停めたガイは。

・・・運転席のガイは何度か首を回し、・・・辺りを見回していたが。

「・・・だれも出てこねぇな」

と呟いた。

「ここ検問所だよな?」

「うーん・・、見てくる?」

ミリアが車から降りようと助手席から軽い腰を上げた。

「気を付けろよ。」

車中のガイからの返事を聞く前にもさっさと両手で踏ん張りドアを開け、熱気のもやる外へと出て行き、砂上に飛び降りた。

片手でドアを閉めたその振動が車に響いて、座席に深々と座っていたケイジはそれを目で追っていた。

何気なく身体を起こし腰を上げる。

ガイが肩越しに視線を寄越したが特に何も言わなかった。

ケイジがドアを開けた視界の中にミリアはおらず。

後ろ手にドアを閉めつつ顔を上げると、ミリアは既にその検問所らしきコンクリート造りの小屋の近くに歩いていっていた様で、こちらを見ていた。

ケイジは・・・のんびり歩いて、・・ミリアの後を追い横に並ぶ。

「まったく誰も見えない。なんだろ、おかしいな?」

ミリアは奇妙な状況に瞬いているようだ。

「メシでも食ってるんじゃね?」

「ケイジじゃあるまいし」

「なんでだよ」

2人並んで歩き出してるが、ミリアは周囲を注意して見回している。

ケイジは、気になった所を数か所、見つめているが・・・、その小屋、見るからに人気が無く、ぼろフェンスのおまけといった感じだ。

所々が欠けて壊れかけた廃屋の様相だ。

側に近づいていっても、見た目以上の簡単な構造だとわかる。


2人ともガラスも無い窓から中を覗き込んでみても、誰もおらず、簡素なぼろぼろの鉄パイプ椅子が1つあるだけだった。

というか、右横の壁一面が倒壊したのか破壊されたのか無くなっていて、風通しだけは良さそうだ。

「・・検問所でもなさそうだね・・・」

「もう無視して車、中に入ってもいいんじゃね?」

「うーん、そうするか・・、・・・?」

ミリアの語尾が変な風に上がったので、つい顔をしかめたケイジだ。

ミリアの視線がこちらの後方を見ているのに気づいて、ケイジも視線のその先を追う。

夕焼け色の、フェンスの内側の家屋が建つ方面から来る数人のローブを被った集団、5人くらいが近づいてくるのに目を留めた。

「・・小さいのもいるな」

「そう、ね・・」

ミリアは、無意識にゆっくりと腰のホルスターに手を、拳銃に置いていたが。

そう、彼らの中には明らかに等身が低い者もいる。

一番高いのでもミリアと同じかそれより少し高いくらいか。

そして、そのでこぼこな小さな集団がこちらに真っ直ぐ歩いてくる。

「・・子供か?」

「こども・・」

ケイジの疑問にも、ミリアは繰り返す・・・。

「ここにゃ小さいのしかいねぇのかよ・・・」

横のケイジは呆れたようだ。

その小さい集団は、2人の前に充分な距離を開けて立ち止まった。

「やい!お前ら!!」

若い男の大きな声が響いた。

声変わりしている最中の独特な響きだ。

ローブに隠れているが、たぶん、一番前に立つ彼の声だろう。

「何者っ!何しに来たーっ!」

良く通る青年の声。

「・・子供よね?」

「子供だな」

確認し合ったミリアとケイジは、彼らから目を離しはしないが。

「ここにゃこんなのしかいねぇのか・・・?」

ケイジは呆れたようだった。

ミリアは困っている様子で、少し思案したようだが。

「とりあえず・・、聞いてみるしかないよな・・」

ミリアが一歩前へ進み出る。

相手の1番前に立つ若者は身動きしなかったが、後ろの方、特に小さい子が身じろぎして、他の子の後ろに隠れたのはローブを着ていてもわかった。

「あの、私たちは呼ばれてきました。ここの偉い人たちに会えないですか。大事な話があるから。」

「・・・」

彼は黙ってこっちを見ていたが。

「うそっぽい!」

「うそ!」

と、後ろに控えている甲高い声が届いてくる。

若者が後ろを向いて、仲間となにやら話し始めていた。

よほど小さい子も混じっているのか。

「生意気だな」

ケイジがはっきり言ってた。

「ふーむ・・・」

ミリアは少し考えたが。

「ガイに言ってきて、このまま徒歩で入ろう。」

「いいのか?」

「危険はない、と思う。あの子たちは村の人間だよ、きっと。」

ケイジは向こうを見てたが、まあ歩き出す・・・。

2人が動いたのに気づいた最前の若者が大きな声を上げる。

「動くな!」

制止に気が付くミリアが振り返る、その傍でケイジが振り返った。

ケイジはにっと口元を歪めて笑う。

「からかってやるか・・?」

って、ケイジの声に、響きを聞いた。

ミリアが振り返り、やや前傾になるケイジが見えた。

「ちょ・・」

ミリアが何か声を出す前に、ケイジは・・屈んだ瞬間、一歩を、自分の背丈を飛び越えるほどの、距離を・・・既に、宙へ跳んでいた。

「ケイジ!」

その背中があの若者たちの方へ行くのをミリアは振り返って目で追う、一瞬で距離を詰めたのを――――ケイジが意識を注いでいたのは、目の前に立ちはだかる少年ども、びびって動けなくなっていたのは、目の前に行くまでによく見える。

つうか、ケイジの跳躍する2歩目、充分離れていたはずのケイジが、足に力を入れるその瞬間から、そいつは上半身を前傾して動き始めていた――――懐に忍ばせた何かを取り出す動きも滑らか。

その一連の行動は明らかに、意志を持っている。

――――常識的な射程距離外の位置から一瞬の距離の間、目の前に立っている奴の反応だけがケイジの意識は向いていた――――。


『ケイジっ!!!―――――!!・・・・」


耳をつんざく鋭い声が届く――――

砂の上に着いてケイジの動きがゆらりと停止した瞬間に、ミリアの怒気を孕み掛けた声、それが後ろから発せられ響いてきた。

目の前の青年の身体がびくんっと震えるほどの、まさに耳をつんざいた鮮烈な衝撃のような――――。



「――――ピョンピョンっピョンピョンっ、無闇に跳ぶな!」

ケイジはその耳にくる声に口端を歪めながら、手のひらを前に出して見せる、青年へ何もしねぇよ、と体で表現して見せておく・・・ミリアに振り返る前の横目に、若者がローブの懐から取り出した物が目に引っかかった。

それは、見た目、只の手ごろな大きさの人を殴れそうな木の棒。

それは、ただのくすんだ木の棒にしか見えなかったが・・その形は玩具のライフルか。

・・さすがに警戒し過ぎたようだ。

「ケイジ!!」

後ろで怒っているミリアへ、ケイジは口端を引きつらせてた。

「わかったっって、いうほどわかってるって」

まだケイジから、普通なら歩いて5歩ほどの距離にいる若者たちを、流し見してから、にやっと口元を歪めた。

青年はそれを見て顔を歪めたようだが。

ケイジは小走りで近づくミリアの元へ、のんびり歩いていく。

「別に、何もしねぇって」

ミリアが何か言う前にケイジが言っていた。

「銃殺もんだからね」

「・・・・・・」

睨んでくるミリアに、ケイジは閉口してた。

「わかった?」

「・・俺らは軍部じゃねぇぞ?」

「命令は絶対です。返事は?」

「・・・へい」

「返事は『はい』」

「・・はい」

それきり何も反論しなくなったケイジは面白くなさそうだけど、それを尻目にミリアは若者たちの方を見る。

さっきの動き、ミリアにも遠目に見えていた。

一瞬でケイジが距離を詰めた際、あの青年の動きから近距離の接触を意識したものを感じ取った。

ケイジが一瞬の前傾の急加速から足踏み無く跳んだのと、一瞬で距離を跳んだ後に、目の前で急停止した身のこなしも明らかにおかしいのだが。

青年の後ろで何人かが後ろに仰け反って転んでいたが、彼だけは対応しようとしていた。

それは、訓練されている動きだったか―――――?


「こ、『コァン・テャルノァ・・・」

青年が、呟いた言葉が聞こえた・・なにかの言葉、彼ら独自の言語かもしれない。


「ごめんなさい、部下が勝手な行動をしました。危害を加えるつもりはありません。どうか気を悪くしないでください」

共通語はさっきから話しているし通じてると思う、たまにイントネーションが甘い声は小さな子からも聞こえるが。

「あ、あ悪魔、お前たちか・・!・・?」

だが、青年は目を見開いて、恐れているみたいだった。

後ろの小さな子たちも、怖がっている。

――――『悪魔』って・・宗教・信仰の言い回しだろうか・・?

ケイジが驚かせ過ぎた・・いや、それだけじゃない気もしたが・・―――――

「あくま・・?いいえ、私たちは・・」

「ニぃ、」

と、小さい子がその若者の裾を引っ張る。

ん?と彼は耳を寄せつつ彼らと少し相談タイムに入ったようだった。

とりあえず・・・彼らが落ち着くなら、待つしかない。

無理に言って聞かせるよりは、相手が聞く準備ができてからが良い。

ミリアも振り返り、少しケイジと、それから後方の車中にいるはずのガイたちと目を合わせたりした。

ついでに、車中へは左肩を竦めて、ケイジの事を伝えて見せたりもしたのだが。

合図を出すまでガイたちは見守ってるだろう。

目を戻せば、と、目の前の青年が振り返ってこちらへ向き直る、また堂々と佇もうとしているようだ。


「何しに来た?」


「・・・えっと、」

・・おーい!」

と、村の方から誰かが走ってくる。

成年の男性のようで、ローブを着ていないシャツとズボンの、少し着古しているが日常の格好のようだ。

その男性は少年たちの前まで走ってくると、少し息を弾ませながらミリア達に声をかけてきた。

「貴方達はドームの方から来た人達ですか?」

「はい、そうです。領外補区警備のものです。」

「この子達が失礼しました?だとしたら、すいません」

「ぁぁ、いいえ・・」

「ほら、あっち行ってろドーアン。お前らも」

「こ、こいつらおかしいぞ!」

「村が呼んだ客人だよ。無礼なことはするな」

「で、でもさ、」

「『ヒミャコァン、ルタリバ・・っ』」

「『ゲシっシっ、ディシっクラルボっ』」

「き、聞いてって、ルッソ」

「この人達と用があるんだよ、ほら行ってろ」

しっしと散らす仕草をするルッソという彼だ。

言われて仕方なさそうに、ドーアンと呼ばれた青年とその後ろにいた小さいでこぼこの6人は村のどこかへ、しぶしぶ歩いていく。

「ほんと、変な事してたらすいません」

「あぁ、いいえ。特には何もなかったですので」

まあ、威嚇行動したのはこちらのケイジなのだけれど、そこは言わない方が良いだろう、とミリアは思った。

「こちらへどうぞ。村長方が待っておられます」

「はい、では」

ミリアは、くいくいっと後ろでずっと待っていた軽走行車に手でジェスチャーを送る。

それに反応したガイの軽装甲車がゆっくり動き始め、ブブンッと砂を踏んでこちらへと進みだす。

強烈な朱色の夕暮れに染まる軽装甲車のその凛々しが可愛くもある姿は、ミリアのお気に入りである。

「車、どこに停めればいいです?」

「あぁ、そのまま村に入る手前で一旦停めておいてください。後で誘導させます。」

「わかりました。」

歩き出すミリアとケイジは並んで、ようやく村の中に侵入することができたようだった。



 フェンスと村の境には、所々壊れた縁が一周ぐるっと敷地を回っている跡があるようだ。

外側にあるフェンスから200mほど離れてるのか、ぐるっと周るようなレール後の様なそれはこの村の目印、というよりは以前に作られた遺跡の名残か。

乾いた土を踏んでその境を跨いだミリアは手の合図で軽装甲車を止め、手で伝えて車中からリースとガイが夕焼けの景色に出てくる。

ケイジがその間、案内をしてくれている成年、ルッソと言ったか、彼に質問していた。

「さっきのあれは何だったんだ?」

「あぁ、あれはガキどもですよ。元気が良すぎてね、悪いことはしない奴らですが、何か失礼な事しませんでした?」

「ふ~ん・・、じゃ、あの先頭にいた、一番背の高いやつは?」

「あいつ、ガキ大将ですよ。ドーアンって言って、でもまぁそろそろ成人して、ええ」

「ん?」

「それより、お仲間は4人ですか?」

と、ルッソはケイジ達をちらっと見たようだ。

「ああ、そうだ」

「そうですか・・」

ルッソが目をやる向こうでは、そうしている間に寄ってきた残りの2人、ガイとリースの姿も見える。

ミリアが、次にルッソに聞いてみる。

「あれ検問所でしたか?見張りも誰もいなかったみたいですが」

「ええ・・、少し時間が悪かったもんで」

「時間が・・?」

「ええ、はい。」

「よ、さっきのは?」

ガイがケイジに聞きながら、アサルトライフル、『ジェスオウィル』をミリアに手渡してくれる。

軍部から警備部まで正式採用されていて、性能も信頼性も高い銃だ。

正直、使うような状況かはわからないけれど、用心に越したことはないだろう。

「ここのガキ達だと。」

ケイジが素っ気無く答えながら、リースから同じくアサルトライフルを手渡される。

「ほぉ、度胸あるな」

「あぁ、すいません。そんな事しましたか?どうか気を悪くしないでくださいよ」

「いえいえ、全然、大丈夫ですよ」

ミリアが慌ててぱたぱたと横に手を振る。

「そんな器の小さい奴なんてうちにいないもんでね」

ガイは人懐っこく笑って見せた。

「そうですか・・」

幾分、ほっとした様子の案内人、ルッソだ。

まあ、子供にケンカを売られたから仕事を放棄する、って駄々をこねる人はどうかと思いながらも、ミリアはアサルトライフルを肩に掛けてから、村の様子を見渡してた。

「必要ないかもしれないがな、」

「ううん、ありがと。」

と、ガイが言ったのでミリアは返したが、ルッソがこっちをちらっと見たようだったので、彼に聞こえるように言ったのかもしれない。

それに、ルッソ、彼がどうやら、こちらへ気を使って顔色を窺うような様子が、なにか気になるが・・・とりあえず、責任者から話を聞くべきだろう。



 その一軒は、村を見渡して数十件ある家屋の中でも、年季の入ったというか、所々色褪せた部分もある二階建てのどっしりとした家屋だった。

その家の前でミリアたち4人はその一軒を見上げていた。

どうやら村の中心近くにあるこの家屋は、どこの家とも少し離れており、1つぽつんとある。

ここまで歩いて村中を通ってきた様子からして、周囲の家屋は同じような形式のほぼ同年代に建てられたものが整列している。

「なんだこりゃ・・、」

って、ケイジが言っていたけれど。

村の家屋たちは一見、木造のようにも見えるが金属などで補強されている部分も見える古い建物が多い印象だ。

作りかけの家も一軒は見たが、砂風で色がくすむ村に新築の区別は金属板の補強があるかないかでしかほぼわからないだろう。

そうじっくり村中を見る時間も無かったが、実際に見た感じだと、この村は敷地も含めて相当大きい。

村の中を歩いている最中にも、ミリアが見回しながら、小さく「うゎ・・」と感嘆の声を洩らしていた。

夕暮れの遠目に見えただけだが、大きなプリズム色の傘が差された敷地、柵で囲まれ家畜のいる牧場らしき場所や、土を耕しているらしい畑のようなものなどがあるようだ。

他にも村人達が住む家々が村の敷地内に固まって点在しているが、軒を並べる家々も幾つかあり、村の景観の方針も有るような無いような、まばらのようだ。

ミリアが見回して、遠くを見ようとすればいろんな様相を見せてくれる村の景色で。

それらの隙間には緑色の低い草が生えている。

そう、草がちゃんと生えているのだ。

荒野で育む景観、開発し発展させていくための村として、心に微かに響く、その景観は。

ドーム育ちには信じられない光景であろう、荒地の中のオアシス。

そういった表現がぴったりであろう、ここは立派な村だ。

「すごいな。噂には聞いていたが・・」

ガイも驚いているようだ。

「俺も初めて来た、」

気が付けばそう言ってるケイジも、リースも周りを物珍しそうに見回している。

まあ、補外区をパトロールするようになってから日は浅いし、最初の頃は何もない砂漠を車中から見ているだけでも、ちょっと興奮してたケイジたちだったのはミリアも覚えている。

だから、こんな村や開拓地を訪れるのでさえもみんな今日は初めて尽くしだろう。


そんな4人の反応を見てる案内人のルッソは、嬉しそうに笑った。

「こんなに豊かな村は滅多に無いですよ。長い年月を、ここを、この村を我々は守ってきたんですから」

得意げに言う彼だ。

村ではいろんな困難があったんだろう。

素人でもわかるから、牧畜をするのでさえここでは最悪な環境だということは。

「ディッグからか?ここの?」

って、ケイジも少し食いついたようだ。

「え、ディッグ・・?そうですね、ディッグもあったようですね。勇敢に戦ったと聞きます。さて入りましょうか」

そう言ってルッソは目の前の扉のノブを取って開けた。

「連れてきましたよー」

「おそおぉいいっっ!!」

家の中から大きな声で怒鳴られた、みたいだった。



 「軒先でぺらぺらぺらぺらぺらぺらとっ!!待ちくたびれるってんじゃっ!」

「すいません・・」

ミリア達が家の扉を覗き込んでみれば、老年の男性が興奮していて、ルッソが平謝りしている。

「まあ、俺はいい、俺は。だがな、なあ!?ゲンよっ!?」

振り向いた彼に・・・、・・・・・奥の、こちらを見てる数人の中年の男性女性は、誰1人返事をせずに、ちょっとどきっとしたように周りを見るようで。

そわそわしているような彼らはそれから一斉に、奥で誰かが膝まづいている後ろ姿、大きな体格の男の背中を視線を集中させたようだった。

全く動かない後姿でわかるけど、筋肉質でその男の体格はとても良い。

しかし、一向に・・・、誰1人として動かない、というか、苦笑いを向けてくる者もいた。

「あと数分、いや数十秒早ければ・・・早ければ挨拶くらいはできたものをっ・・・!!」

「まあまあ村長、」

状況のわからないミリアたち4人は、事の成り行きを見ているしかないのだが。

「どうせゲンさんがお祈りに入ったらお話はできないんだし、」

「そうですよ、」

「そうだ、オルゲンさん抜きでやってましょうか」

奥にいたおじさん1人が冷静にそんな事を言って寄越す。

彼は鋭い目でそのお爺さんを睨み付けた、たぶん。

ちょっと薄暗い家の明かりの中でミリア達も様子を窺っていたが、入口からは、やたらテンションの高いおじさんの表情がちょっと赤いのが見えるくらいだ。

・・・しばしの沈黙だった・・・。

あれ?と、ミリアが思ってまた覗き込むと。

「・・・そうですな。」

お爺さんの初めての穏やかな声も聞こえた。

「いいのかよ・・」

反射的に呟いたようなケイジの声は他の仲間3人にも聞こえていたが、ミリアが家の中の様子を見つめたまま小さく頷く程度の反応しか示さなかった。

「今はちょっと間が悪かったんで、」

と、4人だけに聞こえるくらいの声で、傍の苦笑いのルッソは言って寄越してた。

さっきからの『間』が悪い、ってなんだろうか。

「さあさ、どうぞお客人方。わざわざ遠い所をようこそおいでくださった。」

「さぁ、座ってください」

温情的な笑顔を浮かべて男性女性の方々が、扉を入ってすぐの広間にあるその長い大きなテーブルの席を勧めてくる。

ミリア達4人は勧められるままに椅子に座って、その場の全員、1人除いて席に着いていった。

「・・この4名方だけでよろしいのかな?」

「はい、全員です。」

ルッソがミリア達の代わりにしっかり頷いていた。

「そうですか。ごほん、」

金属製のテーブルの前で一つ咳払いをした、さっき興奮していた男性だ。

「では、まず挨拶させて頂こう。私がこの村の長であるコントギュール・マダック。それから、村の『賢き』として補佐などをしているのがここに座った面々です。おっと、ルッソと彼は『賢き役目』ではないですが。えー、こちらからパドリック、ルヂュ、トラド。ああ、トラドは以前はドームの方に勤めていたのですがな。今はこうして立派にこの村で家庭を築き・・・」

先ほどから、薄々と感じてはいたが。

今、4人は確かに感じていた。

「お茶どうぞ~。あ、コーヒーの方がお好き?」

「あ、いえ・・どうも。」

ミリアは目の前に置かれたティーカップにお礼を言って。

この人たち、・・・なんて、のんびりとした方々なんだろうと・・・確信していた――――。



 ケイジは目の前の湯気の出ているティーカップを見つめながら、そのお喋りなマダックの話を華麗に聞き流していたが。

とりあえず口に手を添えて、隣のリースに小声で聞いてみていた。

「警護要請だろ・・?緊急的な感じじゃないのか・・・?」

「さぁ?」

リースは、ケイジを見て肩をすくめて見せてた。

よくわからんが、隣のミリア達も話を聞いて大人しくしている。


ミリアは彼らの話を聞きながら、少し思案していた。

連絡では警護目的の指示があった筈なのに、この村では切羽詰ってるどころか、村に入る前から平穏そのものだ。

なにかが起きて緊急事態へ動いた可能性も考えていたのだが。

むしろ、目の前で笑顔を浮かべて過ごしている彼らは、何の不安も抱えてなさそうな面持ちの方々である。

来る場所を間違ったのかも、と思い始めたミリアだが、先ずは確認が必要だろう。

「・・・チェンル、アシャカ。そうそう、あそこで祈っているのは・・まぁ、後で本人からの方がいいでしょう。」

マダックと名乗った彼は、ようやく一息ついて。

「よく来たな!歓迎するぜ『リリーからの使者』。酒でも飲むか?」

焼けた赤毛の褐色の男性、精悍な顔つきで、屈強な体躯を持っている彼が大口で言ってくれる。

ちょっと気になったのは、彼は村の人、と言うには周りの人とは雰囲気が違って見えることで。

「黙ってろい、アシャカ!酒を勧めるのは・・おっと、大事な事を聞き忘れていました。」

村長であるマダックが、ミリア達4人を真面目な顔で見渡す。

大事な事と言われて、ミリアも村長のマダックの顔をまっすぐ見つめ返した。

「リリー・スピアーズから要請で来られた方々ですな?」

「・・はい。そうです・・」

なんか、ミリアはなんか、一瞬言葉に詰まりそうになったが。

大事な事って、もっと緊急性のある話かと思ったんだけど、なんだろう、悲しいわけじゃないけれど・・・なんか、違う気がした。

そう、なんだかずれてるのだ。

だって、この人たち、全然困ってないのでは?

「そうでしたか、いやーやはり、やはり。毎度手厚いご協力に感謝しています。さぞ長い道のりをお出でなさってくださって。」

「いえいえ、お仕事ですのでこれも・・」

そう、お仕事・・、お仕事だ。

やるべきことをちゃんと聞かないと。

「それで、事情を聞きたいのですけど・・、あ、こちら名乗っていませんでしたね」

ほぅっと一息を入れて、ミリアは自分の呼吸のリズムを整える。

そして、村長たち、テーブルを囲む村の彼らを見渡した。

「リリー・スピアーズから来ました、領外補区警備隊です。私がこの隊の隊長のファミリネァ・Cです。そして、こちらが副隊長のガイズ・ミラ」

紹介に合わせてガイが、片手を上げてにっと笑ってみせる。

「隊員、リース・オルダム」

合わせて、顔を俯いて逸らしたリースは、何故。

「と、同じく隊員のケイジ・アズマです」

軽く会釈するケイジ、というか背もたれに深く座ってて態度が悪そうだが。

「今回はこちら『ブルーレイク』からの救援要請のために来ました。早速、状況をお聞かせ願いたいんですが・・。」

「ほほぉ、貴女が隊長さんでしたか。これはこれは遠い所をお越しくださって。説明はもちろん必要ですね。ええ。・・ふむ、実を言いますと、状況に詳しいのは彼なのだが・・」

そう言って、彼が視線をやるのは未だに瞑想している様に祈り続ける男性の背中だ。

改めて見れば、鍛えられた筋肉を持つ大きな体格の男性が、さっきからずっと動かないのだ。

シャツの下からも盛り上がっているのがわかる上半身の筋肉は引き締まっており、常にトレーニングを欠かさない実戦向きの身体のようだ。

「警護の事は彼らに任せているのでな」

「彼ら・・?」

「ええ、我々、ここの開拓民と警護を任す彼らがこのブルーレイクを作っております。・・・おっと、ようやく終わったようだ」

マダック村長の視線を追う一同は、再びその奇妙な男の方を見た。

ミリアが見たのは、今まで身動き一つしなかった男が立ち上がろうとする瞬間だった。

「ふーーっ、今夜も主様は一頻りご機嫌が悪い・・・」

嘆息しながら独り言のように、振り返りながら言った彼のその言葉は、ミリアたちには何の事かわからなかったが、村長は高らかに笑い声をあげる。

「わっはっはっは、最近はそればかりを言うな。」

村長の言葉に肩をすくめて見せた男は、ミリアたちの存在に今気づいたようで、短く一撫でするように視線を流した。

「君らがお客人か」

それは、低く物静かな声だった。

「ああそうだ。お前が祈っている間に来たんだぞ。おおっと、紹介しよう。彼がダーナトゥ。この村の警護をしている集団の者、彼抜きでは話せないのですな。」

ダーナトゥと呼ばれた彼は、ミリア達から視線を外すことは無かった。

「ん、」

と目線でもダーナトゥを促すマダック村長だ。

「ダーナトゥ、『Cross Handerクロス・ハンダー』という傭兵団の一員だ。一団で村の警護をしている。」

ダーナトゥは低く落ち着いた声音で伝えると、それで終わりと、口を閉じた。

「とまぁ、その責任者に一番近い彼に来てもらってるわけです。」

責任者に一番近い・・?

「ちょっと待てや」

って突然、会話に入ってきたテーブルの席の赤毛の大きな男の人が、村長に驚きの表情をしている。

「なんだアシャカ?」

村長も驚いた顔だ?

「Cross Handerの頭領は俺だろうがっ!」

って、不満をぶつけてた。

なるほどとミリアも思う、そう引き締まった体つきをしている理由はやっぱりあったみたいだ。

「そう言ったろ。」

マダック村長が、きょとんって、心外みたいな顔をしているが。

浅黒く日焼けした肌は、日中の外を中心に動く人達だろう。

「言ったかぁあ?」

ミリアも、そんな風に言ってない気がするけど、というか、ダーナトゥさんが責任者なのかと思ったけど。

「けどな、ダーナの方が、説得力あるじゃん?」

「『あるじゃん?』じゃねぇっつうの。嘘を教えるな、嘘を。頭領は正真正銘、俺だ。なぁ?ダーナ」

「頭領ではないが・・」

「ちょっと待て、お前も嘘つくか」

「はっはっはっはー、ほれミロ」

「いや、頭領ではなくてな・・・」

「しごいてやる!明日からと言わず今日から!仕事回しまくっからへたへたになっちまえや!」

「小さい奴め、器量はもっとでかくなきゃいかん。だから部下に見限られるんだぞ。ワシなんかな・・」

「話を進めましょう」

ダーナトゥさんがはっきり言った、その言葉に周囲のテーブル席の人たちが頷いていた。

確かに、ダーナトゥさんは村会議に必要な人のようだ、というのをミリアも直感的に理解した。

あと、この3人は仲良しみたいだ。

「それもそうだな、ったく、アシャカのやつめ。ごほん。」

「おい。話をややこしくしやがって」

「なんだとぉ?」

「あのー・・すいません」

右手を目線の位置まで上げて控えめに主張したミリアが、その場の注目を集めることになった。

「つまり、このお二方がCross Handerの重役ですね?」

「そうです。こやつ、アシャカがCross Handerの首領で、このダーナがその右腕というわけです。」

頭領とか首領とか、呼称がばらついている気がするけど、それは置いていて。

「はぁ・・。なるほど、そのCross Handerがこの村を護衛していると。」

「そうです、そうです。この村をかなり昔から守ってもらってるんです。それでこちらが、ドームから来てくだすった・・えぇと」

「ぁ、はい。私はファミリネァ・Cです。領外補区警備隊の隊長をしています」

「ほう・・?」

ダーナトゥは多少の驚きの色を交えた目でミリアを見る。

たぶん、見た目の驚きだろう、そういう目には慣れている。

「そうそう、失礼。一度紹介してもらいましたのに」

「いいえ」

にっこりと笑みを見せるミリアだ。

ガイはちらっと横目で見た、ちゃんと作り笑いはできているようだ、と確認してたけれど。

「それよりも、単刀直入に。現状を聞きたいのですが」

「おお、頼む」

「悪いな、わざわざ来てもらったのに話を遠回しにして本質に近づけず」

そう言ったダーナトゥは、ちらりとアシャカと呼ばれた男に視線を送る。

すかさずアシャカはにやりと笑い。

「頼む。」

と言って寄越した。

ダーナトゥは一息つき、溜め息の様にも見えたが、そりゃダーナさんを先に紹介したいだろうな、とミリアも思ったけど。

ダーナさんは目を閉じて。

言葉を続けた。

「ここからは明瞭めいりょうに言う」

静かに目を開く彼が告げた言葉は。

「この村が狙われている。」



 空気が鋭くなった。

ミリアもそれは感じた。

ダーナトゥの顔をまっすぐ見つめていたが。

隊の仲間、ガイやケイジ達3人も変化を感じ取ったように、それぞれの目で周囲を確かめたようだ。

「恐らく、3つの集団が手を組んで襲ってくる。日時は不明。戦力不明。だが、集団が3つとなりうちの戦力が足りない。なので、救援要請を村長に進めてもらった。だが、期待外れだ。応援の数が少なすぎる。4人は少ない。悪く取らないでくれ。ただの不満だ。」

黙ってダーナトゥの目を見つめながら、彼の言葉を聞いていたミリアだ。

『不満』と発した時に、傍のケイジの眉がぴくりと動いたのはダーナトゥにしか気づかれなかったが・・・。

周りの人は様子を窺う・・・こちらの反応などを気にしているようだ。

・・・三息ほどの間を挟んで、思案をまとめたミリアは口を開いた。

「ありがとうございます。シンプルに言ってもらえて。現状は理解できました。ただ、不明な点がいくつか。」

表情を変えずにダーナトゥは、ミリアを見下ろしている。

「その情報、一体何処から手に入れたんですか?」

その言葉、見せ付けるように、一言一言を丁寧にミリアは紡ぎ出す。

ミリアは瞳をダーナトゥに捉えたまま、どんなサイン兆候も見逃さないつもりだ。

だが、ダーナトゥはふてぶてしいとも思えるほどに落ち着いた態度で答える。

「言う事はできない」

淡々と、その質問が来ることは当然わかっているようだった。

「どうしてもですか?」

「・・・」

ミリアは・・一応、首領らしいアシャカへ視線を移すが、彼もそのミリアの視線を受け止めたまま、肩を大仰に竦めた。

仕方ないといった風で、彼もうっかり口を滑らせることは無いだろう。

まあ、そりゃそうだろう。

こんなに穴だらけの情報を真正面からぶつけてくるのだから、向こうの立場からは何か理由があるのかは知らないが、これを突き通すのみという考えだろう。

そして、彼らはわかっているはずだ、こちらの返答を。

は警備隊であるミリアにはそれを正確に伝える義務がある。

充分に待ったと思う、ミリアはだから、息を吸った。

「沈黙、肯定と受け取ります。その上で、こちらの見解を正直に伝えます。」

ミリアは再度の一息を吸う、その間もその場の全員がミリアに注目していた。

「それだけの情報では、現場権限では緊急の応援は呼べません。これは規定で決まっています。情報の真偽は、情報源が明らかにできなければ判断材料にはできません。そもそも、我々は警護要請を受けて参りました。何かしらの事件、事故が発生していない上に、起こる見込みも無いのなら、これは虚偽申請としてあなた方に罰則が発生します。」

・・沈黙で、・・・ミリアの言葉を聞いていたその場の全員の中で、ダーナトゥが静かに口を開いた。

「・・賢明だな」

聞いて、ミリアはちょっと、口を閉じていた。

その言葉、当然だ、とやはりわかっていたようだ。

では、ミリアが疑問に思うのは、彼らがなぜそんなことをしたか、だ。

ダーナトゥがその黒い瞳で、ミリアを見つめ返していた。

その様子は・・・ミリアの続きの言葉を待っているようだった。

「・・当然ですが、本部にはありのままを報告します。いま私が話したことはあくまで私の見解ですが、どう判断されるかはわかりません。ですが、『ブルーレイク』には罰則が発生する可能性があります。それは心してください。そして、我々は本部から具体的な指示が来るまでの間、この村で待機するつもりです。村の皆さんが承諾してくれるなら、の話ですが」

――――ほっ・・・とする周囲の、『賢き役』と言っていた村の人たちの、様子をミリアは感じ取っていた・・・これは・・・。

「1つ聞いていいか?」

アシャカさんが、口を挟む。

「何でしょう?」

「君達は戦えるのか?」

それは・・・単刀直入に、戦力を尋ねてきたように聞こえた。

「・・我々は、パトロール、警備隊です。」

当然、それに見合う能力はある、と言いたいところだが・・彼が何を要求してくるのかわからないなら、軽々しく返答はしない方が良いか・・・。

「では、もし危機が迫った時、共に戦ってくれるのか」

「それは、」

・・それは、想定しにくい状況だが。

・・・何があるかわからない状況で、答えていい要求ではないのかもしれないけど。

・・でも。

「・・当然です」

村の人たちに危険が及ぶのなら、私たちの仕事の範疇であり、当然の義務だ。

その言葉を聞き、アシャカがそう口元を僅かに緩めたのを、ミリアは見ていた。

「ふむ・・今の所それで充分だ。マダック、問題無いだろ?」

「私としては、人数が多ければ多いほど安心なんだが、まぁ、警護は君たちに一任しておるし、信頼しとるよ」

村長は、気前よく、了承したようだ。

「ということだ。たったの数時間か、それとも数日後か、その時まで・・、ようこそ『ブルーレイク』へ」

アシャカはミリアに手を差し出す。

アシャカの差し出された太い手を、顔をきょとんとした顔でミリアは一度見比べたが。

「・・数日も居るかは、わかりませんよ?」

ミリアは、小さなその手で彼の手を握り返した。

「はい、よろしくお願いします。」

アシャカの背後でマダック村長が、にこやかな笑顔を浮かべる。

ミリアには、最初の印象とは全く違う風に映ったけど、小さく鼻を鳴らすように肩を竦めるしかなかった。

「ブルーレイクへようこそって、私の台詞じゃないかそれは・・」

などと、拗ねたようにぼやいていたマダック村長だけど、代表して言いたかった言葉なのかもしれないけど、この際、誰も触れないみたいだった。

「さて、先ずは客室へ案内しよう」

って。

「お、くつろげそうだな」

「それぐらい当然だろ」

って、ふてぶてしい隊の仲間のケイジたちに、ミリアは肩をすくめていたけど。

「お茶のお代わりどうだい?」

「お菓子食べる?ちょうどお昼に焼いたマドレーヌがあってねぇ」

って、急に、村のみなさんから、ちやほやされ始めたのは、大事な相談が良い感じに終わったからみたいだった。


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