第39話 緊急事態
現在の時刻は午後2時。私は20層から帰還し、ダンジョンセンター裏口にある特別な場所から入る。
受付の人に私のダンジョンライセンスカードを見せ、ダンジョンランカー達しか入れない場所にすんなり入ると、少し特別な扱いを受けた気分になった。
私はそのままエレベーターで6階へ上がると、空いている個室に入り、須藤さんを呼ぶ為に備え付けの電話を掛ける。
暫くすると部屋にチャイムが鳴り、モニターに須藤さんの姿が映し出される。いつも通りのスーツの似合う女性である。
ドアのロックを外すと須藤さんがニコニコしながら入って来る。
「今日はお早いお帰りですね」
「そうですね。須藤さんは何か良い事あったんですか?」
「フフフ♪ 聞いてくれますか? 実はオークションに掛けたクラスチェンジオーブの価格が大変な事になってまして、後1時間もすれば落札される事になってます!」
須藤さんに渡したクラスチェンジオーブは、
クラスチェンジオーブ〈戦士〉×1
クラスチェンジオーブ〈騎士〉×1
クラスチェンジオーブ〈侍〉×1
クラスチェンジオーブ〈陰陽師〉
クラスチェンジオーブ〈モンスター使い〉×1
クラスチェンジオーブ〈魔法使い〉×1
6個のクラスチェンジオーブを渡していたので、オークションの結果が気になるところだね。
特に侍と陰陽師は未確認アイテムなので、高値が予想される。
「落札が確定する前に、十条様が持ち帰ったアイテムを預からせていただきます」
早く出せと言わんばかりに須藤さんからのプレッシャーを感じる中、私はリュックサックから、クラスチェンジオーブをひとつ取り出してテーブルに置き、ついでにいくつかのモンスターから得た素材も置く。
「流石! クラスチェンジオーブに様々な素材……じゅるり……金の成る木だわ」
最後の方が聞き取れなかったが、須藤さんはとても喜んでいる。そんなにダンジョンで手に入れたアイテムを見るのが好きなのかな? 不思議な人だ。
「このクラスチェンジオーブは聖騎士だそうですよ」
須藤さんは私の説明を聞くと突然、クラスチェンジオーブを手に取り天に掲げる。
勝手に使わないでね……凄いヒヤヒヤするんですけど。
「5億円……」
え…5億って言った? 聞き間違い……? まさか、これ1個で5億円の価値があるって言うの?
「す、須藤さん?」
「失礼しました」
須藤さん、涎が垂れてますよ。
須藤さんのリアクションを見るに、とても価値が高いクラスチェンジオーブなのだろう。
この聖騎士も売れれば、魔法少女専用クエストもクリアに近づくかもしれない。
「ところで素材はこれだけですか?」
「え? そ、それは……」
沢山有ります! 多過ぎてリュックに入り切りません……なんて言えない。
あの大量の素材とかどうしようか? 大量に持ち運べないのが、もどかしいなあ。
「もし宜しければ、十条様からお預かりしているスキルクリスタル〈アイテムボックス〉をご使用になりませんか? そうすれば今よりも沢山持ち帰れると思うのですが」
これは私も迷った。アイテムボックスでアイテム持ち運べば良いかなって。だけどルル様曰く、アイテムボックスはまじかる☆ボックスほどアイテムを収納できないらしい。多くて旅行鞄1個分だとか。
「確かにそうですが私はちょっと……」
「!? まさかアイテムボックスより収納できるスキルをお持ちですか? 何て言うスキルですか!?」
しまった……。妙に感の良い須藤さんだ。私が困る事を微妙に突いてくる。
まじかる☆ボックスの収納は無制限らしいが、魔法少女の間でしか使用できないので、ダンジョンの外での変身は極力避けたい。
`ここはアイテムボックスを使用して納品する量を増やすべきか……?
「ちょっと待って下さい。私の一存では決めかねるので」
「そうでうよね! 彼女とよく相談して下さいね。ウフフフ」
……やっぱり須藤さんは、私か別の人が魔法少女と思ってるのね。まぁ、魔法少女についてガツガツと詮索はしてこないので、上手く須藤さんを利用していこう。
須藤さんの笑顔に警戒していると、須藤さんが持って来た荷物の中から、ひとつの箱を取り出した。
その箱を開けて中身を取り出すと、白いスマートフォンが出てきた。
「こちらをどうぞ」
「これは?」
「昨日お話ししていた支給品のスマートフォンです。私の連絡先も入っているので、いつでも呼んで下さいね」
仕事が早すぎる……流石須藤さん……。
「あと、アイテムが売れた時用の口座を開設しました。これは十条様のダンジョンライセンスカードと連携しております、またこちらの書類にサインをしていただければ、法人カードもお作りしますので、宜しくお願いします」
法人カードとは、会社や個人事業主などの企業・法人に対して発行されるクレジットカードのことで、ダンジョンで収入を稼ぐ人は大半が個人事業主だ。
会社として運営しているクランもあるが、ハンターの7割は個人事業主だと思ってもよい。なのでハンターが法人カードを持っていてもおかしくはないのだ。
「審査も余裕で通ると思いますし、是非お申込み下さい」
押しが強い須藤さんから書類を受け取るとリュックに渋々しまい込む。
「あ! そろそろオークションの入札結果が出ますよ! 見に行きましょう」
「え…あ、ちょっと!」
須藤さんに手を引かれ、ダンジョンセンターの中にある広い部屋にやって来た。
そこには沢山のハンター達がおり、大きいモニターを注視していた。
《クラスチェンジオーブ〈侍〉は20億円で落札されました》
「「おー」」
会場がどよめく。
え…ちょっと待って。クラスチェンジオーブ〈侍〉って、私が須藤さんにオークション出す為に渡したやつじゃない?
須藤さんを見ると、顔がとろけるくらいだらしない顔をしていた。
「うふふ……0.01%が私の手当に……うふふ…うふふふ」
須藤さんが何やらボソボソと呟いてて怖い。この人大丈夫だろうか?
「しかも落札したのは、あの Chrome Tempest のチームですよ! お金持ってますね〜、エバンス氏超絶イケメンだし」
イケメンなのは私も認める。一度近くで見たが彼は人の美を超越した存在で、もはや雲の上の存在のように思える。
そうか……私が手に入れたクラスチェンジオーブを、もしかしたらマイク R.エバンスさんが使ってくれるかもしれない。
そう思うと、何だか私までテンションが上がってくる。
「他のオーブも高値で売れてますよ〜。陰陽師は8億円、モンスター使いは1億円、魔法使いは3000万円、騎士は300万円、戦士は100万円ですね。約30億円……うふふ……笑いが止まらないわ……」
ヤバい目つきになった須藤さんがとても怖かった。あまり関わらないでおこう……。
後日、落札されたクラスチェンジオーブのお金は、須藤さんが用意してくれた日本ハンター協会の口座に入金してくれるそうだ。
金銭感化がおかしくなりそうだけど、使う機会はなさそうだ。
ダンジョンセンターでの用事も済ませたので帰ろうとすると、何やら外が騒がしい。
私は少し気になり、大声で叫ぶ人の話す内容に耳を傾ける。
「魔法少女ほのりんさんいますか!? 緊急事態です、助けて下さい!」
離れた他の場所でも大声で叫ぶ人がいる。
「ほのりーん! いたらネット掲示板を見てくれ! 今助けが必要な子達がいるんだ! 誰でもいい、魔法少女と連絡を取れる人がいたら、ネット掲示板の魔法少女スレを見せてくれ!」
え? 何事? 関わるとヤバそうだし逃げよう……。
私は叫ぶ人達から距離を取るが、何だか胸騒ぎがする。……ネット掲示板だったよね。私の悪口が書かててたらやだなぁ……でも気になるし、少し見てみるか。
須藤さんから渡されたスマホを開き、問題のネット掲示板を開く。
「……何これ」
魔法少女のスレッドが大量にあるが、大半が緊急と書かれており、内容を確認すると、どれも私を挑発する発言と画像のリンク、そしてチャットアプリのIDが記載されていた。
私は恐る恐るは画像をタップすると、高校生だろうか制服を着た少年少女が薄暗い部屋にいるのが分かる。
あれ……この子達って、ダンジョンで会った城神高校の生徒さんじゃない? なんで?
掲示板の魔法少女の本スレに移動すると、事の経緯が何となく分かってきた。
要するに渋谷ナンバーズと呼ばれる不良グループが私をおびき出す為に、以前私と写真を撮った子達を拉致したのだ。
これがいたずらではなく、本当に拉致をしたのなら……許せない。
私の中で沸々と怒りの感情が湧き出てくる。
彼女達に怪我でもさせていたら絶対に許さない。
私は渋谷駅に向かっていた足を、渋谷ダンジョンゲートに向け走り出した。
ダンジョンゲート前に行くと、以前私がダンジョンゲートから疲労困憊で出た時に介抱してくれた男性職員がいた。私は急いで彼の元へ行く。
「すみません、ダンジョンゲートを先に使わせて下さい」
「君は確か……って駄目ですよ順番を守って下さい」
「お願いします! 緊急事態なんです!」
「君も先程から騒いでる人達の知り合い? 警備員も動き出してるし、騒いじゃ駄目だよ」
「で、でも!」
「ほらほら後ろに並んで、他の人に睨まれているよ」
私は辺りを見渡すと、ダンジョンゲートに並ぶ大勢のハンター達の冷たい視線に晒されていた。
その冷ややかな視線に手足が震え、息が苦しくなる。そして過呼吸になりそうになった瞬間、背後で私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「十条様!」
「……須藤さん?」
「どうしたのですか? 帰られたのでは?」
「お願いします、私……ダンジョンに入らないといけないんです!」
「須藤主任も言ってやって下さいよ。この子、順番も守らすにダンジョンに入ろうとするんですよ。ランカーや協会から専属契約を受けた人じゃないと優先権は無いんですから」
こいつ……急いでいるって言っているのに邪魔をして! これで須藤さんにも駄目って言われたら、彼女達を助けるのが遅れてしまうじゃない!
しかし、私の焦りと不安とは裏腹に須藤さんは凜とした佇まいで、係の男性職員に口を開く。
「入れて上げなさい」
「え?」
「入れて上げなさい、と私は言いました」
「ですが……」
「十条様は私の専属です。即ち日本ハンター協会が支援する人物です。さあ十条様、急いでいるのでしょう? 行ってらっしゃいませ」
須藤さんは深々と頭を下げる。
ひゃ〜須藤さんありがとうございます! この恩はいつか返しますー!
私は須藤さんに軽く会釈をすると、ダンジョンゲートに飛び込んだ。
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