第22話 世界は変わり始める

 私はダンジョンから出た後、疲労の為か意識が朦朧とし、ダンジョンセンターで換金せずに埼玉にある喫茶しぐれに帰った。


 夕食もそこそこに泥のように眠ると、いつの間にか朝になっていた。




 喉が渇き、水を飲む為にキッチンへ向かうと、咲さんが心配そうな顔で私の顔を覗く。




「穂華、体調大丈夫?」


「少し熱があるけど大丈夫です」


「日曜日はお店お休みだし、私達は寿史の実家に行ってくるから、ゆっくりしてるのよ」


「はーい」




 熱のせいか全身がだるい……。風邪かな?




 冷たい水をコップに注ぎ水を喉に通すと、生き返るような気分になる。


 ダンジョンから出てから調子が悪い。まさか毒の影響? いや毒耐性のスキルは取ったし大丈夫……なハズ……。


 しかし、スキルは取ったが不安要素もある。まず、魔法少女に変身しないとスキルが発動しないのでは? と思ったからだ。


 魔法少女になれば強くなるが、普段の私はLV1でスキルも無く最弱なのだ。


 かと言って部屋で変身する訳にもいかないし、ダンジョンに行く気力も体力も無い。


 もし毒耐性の効果が切れているなら、昨日の内に私は倒れているハズである。




 今は、ゆっくり休む事にしよう。と思ったが、ふとテレビから流れるニュースに、目を疑う内容が飛び込んで来た。




《――昨日の夕方、突然世界中のダンジョンに異変が発生し、ダンジョンの中で活動していたハンター達が、強制的に地上に転送される事件が起きました。当時の映像をご覧下さい。――こちら渋谷ダンジョンゲート前です! 見て下さい! 渋谷ダンジョンゲートから大勢のハンター達が転送されており、大変パニック状態に陥っております! IDA、国際ダンジョン管理局の発表によりますと、現在、世界中のダンジョンがメジャーアップデートを行っており、ダンジョンの中にいる全てのハンター達は、強制的にダンジョン外へ排除されている、との事です》




 な、何これ? 私がダンジョンから出た後に起こったの? でも何故? メジャーアップデートってなんだろう……。ルル様なら何か知ってるかな?




 私の不安をよそに、ニュースは続く。




《続きまして、DTubeのサイト上に投稿された動画が話題です。世界で初めてレイドダンジョンを攻略したと思われる人物が、その状況を動画に収め、DTubeに投稿した途端、僅か半日で1億再生されました。これについてダンジョン調査学会の増渕さん、この動画をご覧になって如何ですか?――》




 ニュースの司会と専門家が、ひとりの魔法少女と無数の蜘蛛や巨大な女郎蜘蛛との戦闘シーンを見ながら難しい話をしている。


 私の耳には彼らの会話は入って来ない。何故なら私の目には女郎蜘蛛と戦う魔法少女の私が映っているからだ。




「な、な、何でーーーーーー!」




 どうしようどうしよう……何で何で!? 何時何処で? 誰が? ……ルル様? い、嫌よこんなの! なんで私がテレビに映ってるの? DTubeで1億再生? はぁ? 世界中に観られてる! 終わった! 私のロハスな生活が終わったぁぁぁぁぁ……。




 恥ずかしさと絶望のあまり、意識が遠退く。




 駄目だふらふらする。


 取り敢えず寝よう……。




 熱がぶり返し、ふらつく足で布団に潜ると一瞬で深い眠りについた。




 ▽




「穂華、体調はどう?」




 咲さんの声が聞こえたので布団の中から私は返事をする。




「……いっぱい寝たので、だいぶ良くなりました」


「そう、お風呂に入れそうなら入ってもいいから」


「わかりました」






 朝からずっと寝ていたから、汗が気持ち悪い。お風呂入ろうかな。




 体温計で計ると平熱に戻っていたので、明日のバイトには出れるだろう。


 お風呂に入りにダイニングを横切ると、まひるちゃんがアニメの魔法少女を見ていた。今シーズン最新のやつだ。




「あ、ほのかおねーちゃん。おねつだいじょーぶ?」


「うん、大丈夫だよ〜、今からお風呂入って来るね」


「あ、穂華。下着買っておいたから」


「ありがとうございます。地味に困ってたんですよ」


「私の趣味で悪いけどね」


「いえ、助かります」




 ブラとショーツ上下セットを3着頂いた。無難なデザインと色なのでローテンションを組んで使い回せそうだ。もう少しお金に余裕が出たら服も欲しいなと考えながら、シャワーを浴びて汗を流す。




 熱い湯船に浸かると、ルル様の事を思い出す。


 何故、渋谷レイドの女郎蜘蛛戦の動画をネット上に公開したのか? その意図が分からない。


 明日のバイトが終わったらダンジョンに行くのも良いが、メジャーアップデート? でハンターがダンジョンから締め出されたとニュースでやっていた事を思い出す。




「後で確認してみよ」




 湯船から上がり、身体に付着した水分を拭き取り、新品の下着を身に着ける。水通しをしていないが、私は気にならない。


 咲さんのお下がりのスウェットを着てリビングに戻ると、アニメを見ていたまひるちゃんは、ソファーの上で夢の世界に旅立っていた。可愛い……。


 まひるちゃんのほっぺたをぷにぷにしていると、咲さんが珈琲を片手に話しかけてきた。




「穂華もダンジョン行ってるんでしょ? 昨日は締め出されたの?」


「いえ、その前に帰りましたよ」


「そっかそっか。怪我人も出ているみたいだし、巻き込まれなくて良かったね」




 ……タイミングが良すぎる。もしかして私が渋谷レイドの女郎蜘蛛を倒したから? その事で怪我人が出たのなら私の責任だ……。




「日付が変わる頃には元に戻ったみたいだし、明日はダンジョンに行くの?」


「ダンジョン入れるんですか?」


「ニュースではそう言ってたわよ」




 どうやら混乱は数時間で収まったらしい。


 明日の体調次第ではダンジョン行く事も考えなくては。




 眠りについた、まひるちゃんを抱き、咲さんの部屋にる布団に寝かせる。お休みまひるちゃん。




 私も自分の部屋に戻り布団に入ると直ぐに、夢の世界に旅立った。




 ▽




 翌朝、体調も絶好調なのでバイトの制服に着替えると、開店の準備を始める。




 朝一でサラリーマン風の男性である、鈴木さんが来店した。


 鈴木さんは、玉子サンドセットのホットブレンドを注文をしたので、早速用意を始める。




「お待たせしました。玉子サンドウィッチセットです」


「ありがとう」




 珈琲を一口飲むと鈴木さんは満足そうな表情を見せる。




「珈琲の淹れ方が上手になったね。最初の頃と比べると雲泥の差だよ」




「えへへ、ありがとうございます」




 やった。褒められちゃった。






 その後、鈴木さんと魔法少女のニュースについて話し込む。どうやら娘さんがファンらしい。




 その魔法少女、私ですよ……なんて事は口が裂けても言えない。






「おはよう穂華」


「おはようございます」




 上の階から咲さんが降りて来たので挨拶を交わす。




「朝食出来てるから食べてきなさい」


「はーい」


「あ、そうそう昨日手紙が来てたからテーブルの上に置いたよ」


「ありがとうございます」 




 はて? 手紙? 日曜日に手紙なんて届くだろうか? そんな疑問を浮かべながら、私は2階に上がり朝食取りに向かった。




 咲さんの淹れた珈琲を飲みトーストを咀嚼していると、テーブルの上に1通の手紙が視界に入る。咲さんが言っていた手紙ってこれか。




「げっ、お父さんからか……」




 父親からの手紙を読むのを止め、テーブルに戻した。




 昨日は熱が出たのでダンジョンに行けなかったが、今日こそはバイトが終わり次第、ダンジョンに居るルル様にも会いに行こう。




 ▽




 渋谷ダンジョンセンターで、ダンジョンアタックの申請をしたら、何故か別室に案内されてしまった。担当の須藤さんに、私に暴行を働いた2人について質問された。


 彼らは私の目の前でデスボールに殺されてしまったのだが、私は面倒事に巻き込まれない為に、嘘を付いてしまった。少し罪悪感を感じたが、彼らは自業自得だと思う。




 さて、ダンジョンアタックの申請も済んだし、ダンジョンゲートに向おう。ルル様を問い詰めないと私の気が済まないのだ!




 私は渋谷ダンジョン3層を選び、ダンジョンゲートの中に入る。ゲートの先は人の気配もせず、静かな洞窟だった。




 人の気配は…無し。それでは変身!




「らんらんらぶはーと♡まじかる☆ドレスアップ!」




 相変わらずの派手な演出に恥ずかしくなるが、多少慣れてきた。出来ればもう少し変身の速度が早くなってほしい。






「まじかる☆が〜る♡ ストロベリーほのりん☆彡」




『魔法少女に変身しました』




 よし、変身完了。


 ルル様〜。ルル様出ておいで〜。




「ふう。やっと来たかほのりん」


「やっと来たか、じゃないよ! なんなのアレは!」


「俺様が編集した動画を見たか? 中々鬼気迫る迫力だっただろう」


「お願い! 恥ずかしいから動画を止めて、消して!」


「それはできない」


「な…なんで?」


「ほのりんを最高の魔法少女にする為だ。ほのりんをダンジョンランキング1位にさせ、ダンジョン深淵に辿り着いたり、悪の組織と戦ったりして知名度を上げるのだ」




 ルル様がおかしくなっちゃった……叩けば治るかな?




「悪の組織なんてないよ。私は時々困っている人を助けたりしながら、ロハスな生活を送りたいだけなんだよぉ……」


「俺様の情報によると、既に悪の組織が動いている。心せよ、近いうちにほのりんに接触してくるだろう」


「えぇぇ……」




 それは嫌だ。なんで魔法少女になれたからって、悪の組織と戦わないといけないのか。モンスターは兎も角、人間とは戦いたくない。




「悪の組織と戦い人々を救うのだ! そして、DTuberとして成り上がるのだ! フハハハ!」


「無理無理無理っ!」


「1日で1億再生、ギネスに認定されたぞ。既に動画サイトを通じてメディアからのオファーも来ている。さらにさらに、魔法少女の映画オファーまであるぞ、勿論主演だ!」




「無理ーーー!」




 やたらメディア露出を勧めてくるルル様に、私は困惑する。




 私はロハスな生活を送りたいの!


 映画なんか出演したら恥ずかしくて死んじゃいます!!




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