術士奇譚-②
建前としては客人であったが、表面を見れば捕虜の扱いであった。
連行した側としては、有無を言わさず従わせる必要があった。選び抜かれた精鋭達が、護衛と称して老人を囲み、馬車に押し込んで連れて行った先は、敵国との境界線にある要塞であった。
そこでは、
連絡官はまず口述問答から始め、
「ホッホッ、真実であるよ」
何がそれほどに面白みを感じるのか、老人はしきりと笑い声を漏らし、人を食ったような態度である。
連絡官は少々不快に思ったが、顔色には出さず、風説の一つひとつを挙げ、冷静にそれが事実であるかを確認していった。
田畑や野原を杖の先で触れると、次の朝には茶や
家畜を杖で撫でたところ、翌日には丸々と太り、数も増えたこと。
井戸に杖が触れた次の日は、酒や砂金が湧いたこと。
あるいは一夜で屋敷を建て、妙齢の女を
それら全てが老人の
要請の内容はこうである。
現在、彼らは隣国と戦争状態にあり、この要塞を境界として、
ひとつ、要塞内で疫病が
ひとつ、長引く戦いで武具が
ひとつ、物資が欠乏し、新たな作戦を起こせるほどの水や食料に事欠くこと。
要は、それらの解決を、この老人の妖力に期待しているのである。
話に聞くところでは、不毛な荒れ地もその杖で触れれば
しかし、老人は
「何故か」
「
「老公。志は立派であるが、承服いただけぬと我々も困る」
そののちも数日にわたり、手を変え品を変え様々に説得を試みたものの、老人は意外に頑固で、要求を断り続けた。恐怖心がないのか、脅迫してもにやにやしながら黙っている。
連絡官は本意ではなかったが、
まず、睡眠を与えぬようにした。捕虜を拷問するときの経験から、堅固な意志や正常な判断力を奪うには、眠らせないことが第一であると知っていたのだった。
無論、身体的苦痛も加えた。まず鞭で打ち、次いで爪を剥ぎ、歯を抜き、さらに石抱(いしだき。正座に座らせ後ろ手に縛り、膝に重量のある石を乗せて固定する刑・拷問方法)に処した。
その間、食事も与えず、水さえ飲ませなかった。
それら老人への責めようは苛酷を極め、7日目にはついに老人の肉体は骨と皮だけに衰え、正体のない
翌朝、連絡官が部下を連れて湿気の多い地下の監獄へ下りると、老人が固く縛っていたはずの縄をほどき、
にわかに信じがたい光景を前に、一同ぎょっとして呼吸さえも忘れた。
立て続いた責め苦に傷つきしぼみきった老人の体は以前の姿に戻り、剥いだはずの爪や抜いたはずの歯も揃っている。恐ろしい拷問を絶え間なく受けた後とは思えない、監獄に放り込まれる前の老人にすっかり戻ってしまっている。この数日の彼らの働きは無駄であったのだろうか。あらゆる手段でその偉大な力を引き出そうとした彼らばかりがじたばたとして、当の相手は平然と寝転がっている。
「そろそろそなた達の付き合いにも飽いた。お
剛胆な連絡官も、唖然として見送るほかなかった。今またこの老人を捕えて、拷問の続きをしたところで無意味であることを、理性よりも本能の部分で感じ取ったのであろう。ただ静かに見送って、その恨みを買わぬようにしたかった。
ちまちまと歩き去る老人が、最後、背中越しに言い残した。
「世話になった。少し退屈ではあったがの。礼をしたいが、やはり戦に手を貸すのは気が進まぬ。だが、孫娘どもならば興味を持つかもしれんな」
連絡官はしばらく立ち尽くし、老人の小さな後ろ姿が見えなくなってから、ようやく
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