Episode1-2

 少女に声を掛けようかと思い、手を肩に触れようとしたが、寸前で集はその手を止めてしまう。


「おい。どうかしたか」


「いや。何でもない」


 集の行動の一部始終を全て見ていなかった千尋は問いかけるが、集は何も言わなかった。


「ってか、あの人……」 

 

 視野をこちらへ向けたからだろうか。千尋もその少女の存在に気づいた。


「そう。そっくりだろ」


 また、その少女の存在が気になったのは集と千尋だけではなかったらしい。


「なあ。あの人さ……」


「あれ!エレーナにそっくりじゃない!?」


 一部からそんな言葉が聞こえてきた。

 言葉を交わし合っているのは周囲の新入隊員と思われる人たちだ。やはりアトラスで銀色の長い髪を見かけると、エレーナという存在に結びつく者が多少はいるのだろう。

 しかし本人の耳にも入っているだろうが、少女は気にも留めず行ってしまった。


 程なくして、集と千尋は入隊式の会場に到着した。

 会場は既に居る新入隊員と思われる人たちで賑わっている。

 およそ二〇〇人くらいが座れそうといった大きさの部屋だ。正面にはステージがあり、その上には大きなスクリーンがあった。大きな文字で『自由席となっています。空いている席に着席ください』と表示されている。


「思っていたより狭い会場なんだな」


「ああ。でもエントランスホールで言われたのを考えれば、ここ以外にも同じような会場が幾つかあるんだろうな」


 千尋の感想に集は答える。

 二人はエントランスホールで名前を名乗ると、入隊式を行う会場が何階のどの位置にあるのかを説明されていた。


「席は自由だってさ。でも俺ら割とギリギリに着いたからなあ……おっ、あそこ二人分空いてる! 座ろうぜ!」


 千尋の言葉に続いて、二人は空いていた席に座った。


 数分の後。


「アトラス代表取締役、月城正人つきしろまさと社長による訓示。全員起立!」


 スクリーンの傍に立っていた男が大声で言った。

 同時にその場の全員が起立し、静寂に包まれる。 


 そして一人の男がスクリーンに映った。


『今日ここに集まってくれた、イニシエーターとなりスペクターと戦うと決めた、高い志と勇気を持った諸君を、誇りに思う。三〇年前、スペクターは突如空から現れた。以来今日に至るまで、人々はその脅威に脅かされている。今はまだ、互いがただの同期といったような関係でしかないかもしれない。しかし、奴らと戦っていくには分け隔てなく、皆の力を合わせていかなければならない。奴らは不定期に出現する。だからこそ、その状況において君たちの力が人々を守ることに繋がる。半年間、イニシエーターとして戦場に立つために厳しい訓練を耐え抜いてきた諸君らならきっと大丈夫だろう。これから先、今日この瞬間の志を忘れず、任務にあたってほしい。今この瞬間から、君たちは……アトラスの一員だ!』


「おお!」


 月城の言葉とともに、会場全体が盛り上がる。


『では健闘を祈る』


 その一言と同時にスクリーンの映像は消えた。


「なあ集……頑張ろうな!」


「ああ!」


「静かに!」


 先ほどからスクリーンの傍にいた男が声高に言った。

 同時にアナウンスが流れる。


『今年度の新入隊員の入隊式はこれにて終了します。新入隊員の皆様お疲れさまでした。引き続き、新入隊員の皆様が今後の任務で使用するデバイス等の配布、またその他様々なことに関する説明会を行います。着席し、そのままお待ちください』


 程なくして、一人の女性がステージに現れた。

 黒髪ポニーテールに大きな胸、容姿も綺麗な女性である。

 

「霧島火織だ。よろしく……なんて言わなくても訓練時に既に会っている者も多いだろうから改めて自己紹介する必要もなさそうだな」


 霧島はあまり女らしくない口調で続ける。


「では早速始めようか。まずはこの腕につけるデバイスを全員に配る。配られたら右でも左でもいいから好きな方の手首に装着しろ」


 霧島の言葉と合わせて、新入隊員を囲むように立っていた男たちがデバイスを配り始める。 

 集と千尋もそれを手にする。

 黒色がベースになっており、一部だけ白色というシンプルなデザインだ。おそらくこの白色の部分を手の甲側にして装着するのだろう。


「めちゃくちゃ軽いな、これ」


「ああ。持ってる感覚がほんのわずかしかない」


 デバイスを手にした千尋はその軽さに驚いた。

 そのまま二人とも右腕に装着する。同時に、装着した部分に鋭い痛みを感じた。


「痛!」


 二人とも思わず声を漏らしてしまう。他の人も同じだった。


「なんだこれ!?」


 皆が同じような台詞を言っていた。


「突然の痛みに驚いたか? これは知覚共有装置プロセッサーという。装着主の神経にリンクしている。そのために一瞬痛みを感じるようになっている。今後はこれを用いて様々な情報の伝達を行う。出撃命令や訓練の指示、様々だろう。基本的には二四時間装着しておくように。奴らはいつ現れるか分からないからな。試しに白い部分に手をかざしてみろ」


 言われた通りにすると、そこから目の前に大きな画面が展開された。

 そこには自分の顔写真に加え、階級であるE級、天谷集、イニシエーターと書かれていた。それだけではなく、手をかざせば他の画面に切り替わると思われるボタンらしきものも複数あった。


「そこには一人ひとりの個人情報が載っている。違う画面に切り替えれば出撃命令が出た際の出撃地点などが確認できる。ここからは画面に説明事項を映しながら説明していく……といっても既に知っている情報も多いだろうな」


 全員の画面が切り替わる。

 最初に移されたのは異形の形をした化物の画像だった。


「奴らはお前たち……いや、人類全員が知っている通りスペクターと呼ばれる化物だ。形は虫やヒト型など多岐にわたる。また奴らの体内にはコアニウムという鉱石が存在している。奴らは30年前、空に出現したゲートから現れた。以来今日に至るまで我々は奴らと戦っている。しかし初めから我々に奴らと渡り合う力があったわけではない。初めのうちは劣勢状態が続いた。しかし数年が経ったある時、常人には考えられないような身体能力、そして特殊能力を持った子供たちが現れた」


 画面が人の画像に切り替わる。


「彼らはイニシエーターと呼ばれた。そう、今のお前たちと同じ力を持った子供だ。世界中がその子供たちの研究に没頭した。そしてその力の秘密が、コアニウム鉱石を構成している粒子にあると判明した。研究者たちはその粒子をスぺム粒子と呼んだ。スぺム粒子が子供たちの遺伝子を書き換えていたことが分かったのだ」


 次にコアニウムの画像が表示された。その鉱石は赤く光り輝いている。


「そこからスぺム粒子を用いて、他の人間もイニシエーターとしての力を宿すことが可能になった。そして人類は人類居住地と呼ばれる、大きな壁で囲まれたエリアをあちこちに築いた。ここは日本の人類居住地の一つである東京エリアだ。日本にはこの東京を含め、五つのエリアがある。イニシエーターのおかげで戦闘だけでなく、こういった巨大な壁を築くこと可能になった。研究者は人為的にイニシエーターになることをイニシエーションと呼んだ。おそらくお前たちの大半も半年前にイニシエーションを受けているだろう。しかし現在になってもイニシエーションを受けずともイニシエーターの力を持つものが少なからず存在する。一部ではそういったイニシエーターをオリジンと呼んでいる。物心ついたとき、周囲とはかけ離れた身体能力などが原因でその力に気づくことがあるそうだ……と、まあここまではイニシエーターの歴史みたいなものだ」


 霧島は一息ついて喋り続ける。


「ここからは今後の任務等において必須事項となることについて説明していく」


 また画面が切り替わり、今度は先ほどまでとは打って変わって文字のみが表示された。


「まず出撃命令についてだ。出撃時にはプロセッサーから各々に指示が出される。指示を受けたものは、指定の場所に駆け付け任務の遂行にあたってほしい。またスペクターが出現した際、警戒レベルというものが推測される。これは現れたスペクターの階級クラスや数などに応じて推測されるものだ。エリア毎に異なるものが多いが、そのレベルとイニシエーター自身の階級に応じて出撃命令が下される」


 その階級と警戒レベルについて詳しく画面に掲載されていた。

 どうやら階級というのはスペクター、イニシエーターともに六段階に分けられているらしい。EからA、それに加えSまであるとのことだ。紛れもなくSが一番上である。それよりは下はアルファベット順になっている。

 警戒レベルのほうはもう少し単純で、数字で一から六で分けられているらしい。数字が大きくなるのに比例して、警戒レベルも高くなる。六になると人類居住地が失われるほどの危険性があると書かれていた。


「ちなみに警戒レベルが六になったのは初めて奴らが現れたときと、六年前の二度だ。六年前は人類居住地が二つ失われたな」


「なあ六年前って……」


 千尋が集に話しかける。


「そうだ。俺の両親……そしてエレーナがなくなった時だ。でも東京エリアは消えずに済んだ。それだけでもまだ良かったのかもしれない。こうして今……生きているしな」


「お前、凄いな」


 集の返答に千尋はそう言った。


「ちなみにお前たちが任務や訓練で使用する武器についてだが、後日行う訓練時に配給することになっている。隊服のみ先に配給というかたちになって申し訳ないが、もう少し待っていてくれ」


「集は何の武器にしたんだ?」


「剣だよ。千尋と同じって話この間もしただろ」


「あ、そうだった」


 笑いながら千尋は言った。

 事前に新入隊員はどのような武器を扱いたいかを聞かれていた。訓練時からそれ専用の物は扱っていたが、自前の物は無かったのだ。


「では今日の説明会はこれにて終了とする。お疲れ様」


 霧島の言葉と同時に、アナウンスが流れる。


『本日の行事はこれにて終了となります。新入隊員の皆様、お疲れ様でした』


「終ったあー」


「尻痛」


 緊張から解放されたからだろうか。周囲の人たちは皆一斉に互いに喋っていた。


「なあ集、このあとどうする?」


「俺は帰ろうかな。少し疲れたし」


「そうか。俺はちょっと残るわ。じゃ、また今度な」


「おう。じゃあまた」


 入り口付近で見かけた少女のことが気になったが、疲れていたので今日は帰ることにした。


 



  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る