第1話 飛び降り自殺……?

 2度目の桜の花が咲く季節になり、教室の場所が最上階になった。往復するのは大変だが、帰宅部の俺にとってはいい運動になる。それに階層が高いと余計な雑音を聞かなくて済む。


 誰もいない放課後の静かな教室で、今日も俺は本を嗜む。


 カバンからそれを取り出そうとした時、机を指す光に気付いた。

 ……そうか、この部屋のこの時帯は夕日が差し込むのか。


 カーテンを閉めるために俺は腰を上げた。


 窓の前に立つと部活動に勤しむ若人たちの声が聞こえた。彼らは彼らの青春があり、俺には俺の青春がある。価値観が違うだけで、それを理解してもらおうとは思わない。


 俺の青春は本の中の世界にあるだけだ。


「あれは確か……」


 窓枠のフレームに映る一つの違和感が目に付いた。俺はそれを確かめるべく窓を開ける。


 対面の白い校舎の上部で目立つ金髪の派手な髪型の少女。一瞬だがそいつと目が合った。


 後ろめたさを感じたのか、彼女は俺から目を逸らした。


「まさかあいつ――」


 俺はすぐにその状況を理解した。そして理解すると同時に声が出た。


「おい阿久津あくつ! 何を考えている、馬鹿な真似はよせ」


 彼女はどうやって侵入したか分からないが、立ち入り禁止の屋上にいて、外の金網に足を掛けようとしていたのだ。


 なぜ屋上は立ち入り禁止なのか? ……それは教室の窓に手摺りがついているのと同じ理由で、事故転落と飛び降り自殺を防止するためだ。


 俺の知らぬところで勝手に死ぬのは構わないが、最後の死に際を見せられるのは勘弁だ。


「お、大人の言うことなんて気にするな! お前はお前の人生を歩めばいい。だから一旦落ち着け」


 普段大声など出すことはないから、掠れ声が混ざる。


「………………」


 俺の必死の説得に彼女はフェンスから手を離した。


 顔を歪めて人差し指を唇に当てるジェスチャーをこちらに見せつける。おそらく「黙ってろ、お前には関係ない」とこちらに伝えようとしているのだろう。


 だが俺は説得を辞めない。一度関わってしまった以上、引くわけにはいかないのだ。


「命を粗末にするな阿久津! 今は辛くても、人生これからだ」  

「うるさあああい! ぶっ殺してやる」


 彼女は怒号をあげて俺のことを指差した。そしてフェンスに怒りをぶつけた蹴りを入れると、奥の方に消えて行った。


「なんなんだアイツは」


 なぜ最後に逆上したのかは分からないが、とにかく思い止まってくれたようだ。


 彼女の名は阿久津音々あくつねおん、俺と同じ高校2年生。遠くから見てもわかる派手な髪と油性マジックで目元を塗り潰したかのような濃いメイク。それに加えて素行も悪いので、俺の学年では悪い意味で有名人だ。


 年頃の娘とは言え情緒不安定過ぎる。大体の検討はつくが、あれだけで拗ねてしまうのはいかがなものかと思う。


 そう、俺は彼女が自暴自棄になった理由を知っている――

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