ブリキのダンス
お題:なし
※今朝見た夢を起きて直ぐに文字起こししたものです。
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脇の下の辺りにニキビができた。歩く度にシャツと擦れてチクチクする。今日は大事な会議だと言うのに。
「えー、お手元の資料3ページを開いてください」
私の声掛けに合わせて、やる気のないブリキの兵隊がギクシャク音を立てる。
もう何年も使い倒してきたのだろう。彼らの瞳には一切生気が宿っていなかった。みな頭皮は散々な荒れ具合で、両目の宝石は煤で汚れている。きっと資料を見たところで、なんの感情もわかないのだろう。
「君、ここに誤字があるぞ」
ほら出た。中身とは全く関係ないところを指摘することで、少なくとも会議には参加しています風を装うやつだ。
「ありがとうございます、明日までに直しておきます」
私が深く頭を下げると、さびたブリキは拳を突き立てた。
「違う違う、俺が言っているのはそういう事じゃない。万全な準備があって初めて会議が成り立つということなんだ。お前はその準備が出来ていない。俺はそこを指摘しているんだ」
そういうお前だって、シャツにアイロンがかかっていないじゃないか。
私は再度頭を下げて、資料に目を落とした。グラフについての説明をしなければ。
相も変わらず、頭を下げる度にニキビが痛む。脇の下がシャツと擦れて、チクチクと、針を刺すような痛みが湧いてくる。
「まったく、君もまだ青いねぇ。入社何年目だい? そろそろしっかりしてくれないと。ところで、社員食堂についてだが、メニューの更新を先にしないかい」
先程まで寝ていたブリキが、私の解説を遮って指揮を執った。一番偉いポジションの男がこれでは、有意義な会議など回るはずがない。
なんやかんやで会議は踊り、予定時刻を二時間も過ぎた。時計が提示を指している。
「もうこんな時間か。弁当を注文しておこう。みんな、残りの仕事は今日中に終わらせろよ」
寝ていたブリキの言葉に、全員がゾロゾロとタイムカードを切る。私もその列に加わった。ニキビが痛む。チリチリ痛む。
誰かが弁当を注文してくれたようで、届くまでは各自休憩となった。私はロッカールームでシャツを脱いだ。適当に放り投げたシャツが、重い音を立てて地面に落ちる。少し体が軽くなった気がした。
私はそのまま、ロッカールームの鏡に脇を向けた。白く膿んだ肉の塊が、ゴボゴボとあぶくを立てている。まるでカニの口みたい。
そっと左手を添える。チクリと痛み、先端から白い固まりがプクリと出てきた。
私はそのまま、人差し指と親指でそいつを摘んでみることに。プツツ、プツツン。気持ちいいくらいに溢れ出てくる膿。子供の頃は、顔にできたニキビを潰すのが好きだったなぁと思い出した。
プツツ、プツツン。膿が溢れて、少し血が滲む。まだ社内からはタバコの匂いがする。まだ大丈夫。もっともっと。
私は指に力を込める。プチチ、ブチチン。脇から零れた白い固まりは、地面にぼとりと落ちた。
そいつは突然「チッ」と舌打ちしたかと思うと、まるで尺取虫のように体を波打ち走り出す。
「ちょっ、え? 待てよ!」
僕が慌ててそれを捕まえると、白い膿は口から歯車を吐き出した。まるで時計の材料みたいな、小さく精密な歯車。キィキィと金切り声を上げて、膿はのたうち回る。ジャラジャラと溢れ出す歯車に動揺しながら、僕はそいつを逃がしてやった。
「おーい、弁当が届いたぞー!」
ドアの向こうから声がする。僕はそれを無視して、再び脇の下に目をやった。
膿が逃げでた小さな穴に、銀の塊がキラリと光る。ゆっくり指で抑えてみたら、中からジャラララ、歯車が零れ落ちた。
「おい何してる。早く飯食って仕事しろ!」
ドアの向こうから怒鳴り声が聞こえて、僕は慌ててシャツを着た。
シャツはもう、重く無かった。
「すぐ行きます!」
私はドアノブを回しつつ、背中にできた小さなニキビの痛さに気づく。
チクチクチクチク、背中側に、小さなニキビ。
さて、今日のお弁当は何かな。私はドアを開けて、煙充満する世界へ足を踏み出した。
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