ノーカン様

お題:なし

※夢に見たものを起きてすぐに書き残したモノです。いわゆるゆめにっき。どうしてこんな夢を見るのか自分でも分からない。

――――――

大学生みたいな集まりで、皆ワイワイしてた。酒飲んだりおかし食べたり。パーティーではなく、合宿っぽい雰囲気だった。

そんな中、誰かが慌てて室内に入ってきた。そして叫ぶ。

「お前ら全部隠せ!ノーカン様が来た!」

俺たちは慌てて布団に隠れて寝たふりをした。

そこへ、触手をペタペタと地面に這わせるような音と同時にノーカン様が来た。

布団の隙間から覗き見ると、灰色のフードに似た服を着ている集団がいた。

皆目はなく、耳もなく、口もない。代わりに褐色の大きな鼻がフードの中から見えた。

大きな鼻がついた顔なんじゃない。顔そのものが鼻だった。

つやつやで少しイボのできた、毛穴の目立つ大きな鼻。それがすっぽりとフードを被っていた。そして足元には無数の血管に見える管。それが鞭のようにしなりながら床を這うように進んでいる。

なんだあれって思った。けどみんな当たり前みたいに寝たふりをしていた。

ノーカン様は、俺たちが寝る畳の間までやって来た。おかげで顔がよく拝める。

薄目を開けると、まるでゆであがったタコのような褐色の肌が目に入った。顔の顎辺りには大きな穴が二つ。鼻の穴だ。そこがひくひくとうごめいている。鼻毛のようなものはなかった。

しばらくすると、鼻の穴がパクパクと動いた。

「芋のフライを食べた者が居るだろう」

ズーンと響くような声だった。ノーカン様の風圧で、布団が全てめくられる。そしたら、皆で隠したおもちゃやお菓子の山が露になった。

「迷い子が居ますね。誰ですか?」

ノーカン様がそう問われる。表情は全く分からないが、どこか嬉しそうだった。

ふと、俺の背中をトンと誰かが推した。

「ほぉ、あなたですか。名前は?」

俺は迷い子というのが俺の事であるのだと察した。そして慌てて名を名乗る。そうしなきゃいけない気がした。

「そこにあるのはあなたのもので間違いありませんね?」

ノーカン様に言われて振り返った。確かに布団の上に積み上げられていたものは、全部俺の私物だった。子どもの頃楽しんだケータイゲーム機や、趣味で手放せないルービックキューブ、タンスの中に隠していた非常食の数々。全部俺のものだと思った。見覚えがあった。

「どれも見慣れたガラクタばかりです。残念ですがあなたも孤児として扱わせていただきます」

ノーカン様にそう言われ、俺は深く頭を下げた。そんな俺に見向きもしないまま、ノーカン様は続ける。

「明日の昼にて、この孤児小屋にいる者たちで晩餐を執り行います。形式は旅立つ鳥とさせていただきます」

その場が凍り付く感じがした。誰かが震えるているのが分かった。背後から歯をカチカチ鳴らす音が聞こえたからだ。にもかかわらず、ノーカン様は何事も無いかのように立ち去って行った。

俺は何が何だか分からないまま振り返った。俺が何かしでかしたのかと思った。しかし違ったらしい。俺の背中を押したリーダー核の男が謝罪と共に説明をしてくれた。

どうやらここはノーカン様たちが住む世界で、俺たち人間は寝ている間に間違えてこの世界に入り込んでしまうらしい。この世界には科学技術はなく、俺たちの世界にある宝物が俺たちと一緒に流れ着く。

ここに住むノーカン様達は、その技術を有難がりお菓子やおもちゃを没収し研究にいそしむのだとか。一方の俺たちは異世界の文化をもたらす住民として大切に扱われ孤児院で育てられるらしい。

しかし、月に一度ノーカン様達は儀式を行う。世界中にある孤児院の一番人数が多いところで儀式を行い、人数を調整するのだという。

「この世界にはそれほど資源がないから、俺たちを食わせ続けることはできないらしい。だから毎回儀式を執り行い、そこで無事に生き残れたものだけが大切に扱われる」

彼はそう言って震えていた。彼はここに来て三年が経つらしい。それまでの間に二回儀式を経験したのだとか。順番ずつ儀式を執り行う孤児院が決まっているのだと仮定したら、18軒ほどあるのだろうか。

儀式の数は様々だが、そのどれもが普通の人間にかなわないことだと言う。

見れば、彼の肌は青色に染まっており、耳はなく、額の真ん中には目がもう一つついていた。これも儀式の影響らしい。

「旅立つ鳥のやり方は、たぶん明日になればみんなわかる。けど順応できるかどうかは分からない。とりあえず今日はいったん寝よう」

彼に促され、俺たちは眠った。

翌日、彼の言う通りになった。俺たちはみんなして同じ夢を見ていたからだ。夢の中で俺たちはタイミングよく助走をつけて走り、テンポを合わせて跳躍した。体全身の力が抜けた感覚と同時に、背中から大きな翼が生えて空を飛ぶ。そんな夢だった。

この夢は全員が共通してみているものらしい。

俺たちは夢の中でノーカン様について話したり、飛び方を説明したり、時に茶化して笑ったりした。

ノーカン様の用いる儀式は、今回のように空を飛ぶものもあれば、海を泳いだり物を探したりと、形式がコロコロ変わるらしい。そしてその全てにおいて、成功することは形が変わることなのだとか。

俺は夢の中で何度も空を飛びながら思った。どうしてこんな場所に来てしまったのか全く心当たりはないけれど、生き残れるのなら別にどんな姿になってもいいかなと。実際背中に生えた白い翼は気に入っていた。ちょっと天使みたいで、中二心をくすぐるから。

翌日、俺たちは目が覚めると同時にノーカン様の部下と思しき人たちに連れられて外へ出た。

部下達は一言も話さなかった。ただ、ノーカン様とは違い肌の色は灰色だったし、顔は鼻じゃなかった。一人は触手まみれのもじゃもじゃ男。もう一人はぶよぶよのゼリーみたいな半透明に無数の目玉が泳いでいた。もう一人はつややかな肌に三つの口。その誰しもに共通点と呼べるものはなかった。いや、共通点と呼べるものは、全員頭一つに手が二つ、脚が二つ、まるで人間のようなシルエットだということか。

俺たちは海辺、いや浅い湖だろうか。そんな場所に連れてこられた。どうやって移動したのか覚えていない。気づいたらそこにいた。

湖は膝丈くらいの深さで、遠くにはビルが傾いて沈んでいた。まるで昔ここは都会だったかのような姿だ。東京で見た気がする101の数字を掲げた大きな建物が、湖からひょっこり生えていた。

「時を数えます。10秒。やり方は、鬼ごっこだと思ってくれればそれでいいですよ。10秒たてば追いかけます。わたしが満足するまで追いかけます。満足したら終わりとなります。以上」

ノーカン様はそう言うと数を数え始めた。俺たちは夢の中で練習した通り走り出す。地面に足がつく瞬間にばねではじき返す。青い波紋が跳躍を促しているように見えた。

俺は迷わず地面をけると両手を広げる。体が急に軽くなり、水面から両足が離れた。

「飛んでる」

俺は嬉しくなった。本当に俺の力だけで飛んでいる。自分の翼を見てみようと首を後ろに回したとき、俺は息をのんだ。

参加者の大半が、まだ湖の上を走っていた。

「なにやってんだお前ら! 早く飛べ!」

俺が声を張り上げるも、皆飛べそうにない。必死に涙を流しながらジャンプを繰り返している。背中の肉を引き裂くように白い翼が生えている。しかし顔が苦痛に歪んだ子供たちはみな、上手く走れず飛べずにいた。

俺は気づいた。湖がだんだん血で染まっていくのに。湖の中に鋭いガラスが落ちているのだ。裸足で湖に入った彼らの足をズタボロに引き裂いている。その痛みに耐えきれず、タイミングを合わせて跳躍できないのだ。

「じゅー」

ノーカン様の数え終わる声が聞こえたかと思うと、彼のフードがぽろっと取れた。いや。顔が伸びたのだ。赤褐色の顔がまるでグミのようにグンと伸び、さながらゾウの鼻にも似た動きでこちらを探っている。鼻先はまだ湖の中でのたうつ子供たちの腹部を貫いた。

俺があっけにとられる目の前で、一人、二人、三人と次々腹を貫かれていく。ノーカン様の、赤褐色の肌が、鮮血に染まっていく。

「なにやってんだ、ちゃんと飛べ」

親切にしてくれた男の声がした。俺に向けられた言葉だと察するより先に、俺の体はビルに衝突した。痛みにうめき声をあげる。

「馬鹿、後ろばかり見るから。早く飛べ」

俺はその言葉に慌てて起き上がると、斜めに傾いたビルの壁面を走ろうとした。しかし足が痛い。見れば俺の足も血だらけだった。さらに背中が痛い。肉が避けたような熱い痛みを感じる。その痛みに思わず目を閉じ歯を食いしばった。苦しい。

そう思った瞬間だった。俺の腹の感覚が一瞬消えた。下半身の痛みなどすっかり消え失せた。代わりに、腹を壊したときに似た熱い感覚が下腹部から混みあがってくる。

俺は自分の腹を見た。まるでタコの触手に似た赤褐色の肌が、俺の腹から生えていた。

ノーカン様の顔だ。

赤褐色の肌から、赤い血管に似た管がプチプチと音を立てて体内に侵入してくる。血や肉が吸われている感覚に襲われる。痛い。苦しい。激痛に堪えながら、俺は優しい男性に言葉を振り絞った。

「逃げて」

俺の意識は腹に突き立てられた管に吸い取られていく。だんだん視界が狭くなり、痛みが緩やかに消えていく。

最後に何も感じなくなって、俺は布団から飛び起きた。

全部夢だと気付いたのは、それから複数呼吸を繰り返しつつ周囲を見渡した後だった。腹に傷はついていなかった。

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